「確認したいんだけど、桜は本当に死んだよな」
向かいの二人は顔を見合わせる。「そうだよ。桜ちゃんは、亡くなった」きっぱりと颯介が言うのに、文也も頷いた。
「フミ、電話で言ってたけど。桜ちゃんから連絡があったって」
期待通り、颯介は馬鹿にするでもからかうでもなく、真剣な表情をしている。だから文也は、彼と何年も友人でいるし、これからもそうでありたいと願っている。
「この前の日曜、線香あげに行ったんだ」
颯介には電話で伝えていたが、改めて二人に事情を説明した。彼らは神妙な面持ちで聞いているが、やはり幽霊話は鵜呑みには出来ない。
「その画面、見てもいいかな」
薫子の言葉に、文也は操作したスマートフォンをテーブルの上に乗せた。画面には、桜との会話の履歴。彼らは顔を突き合わせてそれを覗き込み、指先でスクロールする。約六日間のやりとりがずらりと並ぶ。
「これ、存在してるよな。俺の幻覚じゃないよな」
「うん。幻覚じゃないよ」颯介の台詞に、文也はほっとする。「正直、最初に聞いた時は、フミの幻覚とか妄想とか、そういうのかと思ったけど」
「桜ちゃんの姿は、視えたりしないんだよね」
「視えないし、話しかけてるらしいんだけど、声も聞こえない。向こうには、こっちが見えてるし声も聞こえてるっていうけど」
「今は、桜ちゃんがどこにいるのかわかる?」
薫子の質問に、文也はスマートフォンの画面に指を滑らせた。
ふー:今、どこにいる?
送信ボタンを押す。三人が固唾を飲んで見守る中、返事が来た。
saku:ふーの隣。
仰天し、颯介と薫子は文也の横を見つめた。誰もいない空席。だがそこに、桜はいるという。
「な。ほんとに返事が来るだろ」
文也の言葉に、二人は画面と空席を交互に何度も見やり、信じられない事象に目を丸くしている。
saku:二人とも、久しぶり。ふーに付き合ってくれてありがとう。
その間にも、新たなメッセージを受信する。颯介はきょろきょろと店内を見回す。
「俺も思ったよ、誰かが桜の真似をしてるんじゃないかって。でも、そんなやつどこにもいないんだ」
「文也くんが、私たちを驚かそうとするわけないしね……」困惑しながらも冷静に努める薫子。
それから文也は直接隣に話しかけたが、その度に相手は機械を使って返事をした。その様子に、腕を組む颯介は「じゃあ」と切り出す。
「僕らの声も、聞こえてるの」
saku:聞こえてるし、見えてるよ。
「それなら、質問させてね。中学時代に、フミがテストで取った最低点は」
saku:英語の十四点。
「やめろ!」
思わず文也は声を上げた。桜と颯介しか知らないテストの点数。あれは折り畳んで部屋に隠し、親にも見せていないから、三人だけの秘密だった。「本当に、桜ちゃんだ」颯介は感心している。
「でもどうして、桜ちゃんはここにいるんだろう」薫子が不思議そうに首を傾げる。
「俺も見当つかなくてさ、なんでだと思う」
うーん、と二人は考え込む。「桜ちゃん、なにか思い当たることはある?」颯介は、誰もいない席に問いかけた。なんとも不可解な光景だが、テーブルの中央に置いたスマートフォンには返事がくる。
saku:私にも、わからない。途方に暮れてたら、ふーがお線香あげに来てくれて、その時、スマホがポケットに入ってるのに気が付いたの。
「俺、桜の家に行って、その時やっと桜が死んだってことに気づいたんだ。なんていうか、知ってたけど、心の底から理解したんだ」
「薫子さん、どう思う」放置していたアイスコーヒーを一口飲み、颯介は難しい顔で問いかけた。
「亡くなった人は、しばらく、あの世とこの世の境にいるんだって。四十九日が経ったら、次の世界に行くの。そして、仏様になるんだって」
でも、と彼女は続ける。「亡くなった人が四十九日までこうして連絡ができるなんて、そうそうあることじゃないと思うから。桜ちゃんには、なにか思い残しがあるんじゃないかな」
「思い残し……」文也は呟く。
「だからこっちの世界に引っ張られて、こうして私たちの近くにいて、思いを伝えてるんじゃないかな」
「思い残しって、何かあるのか」
saku:いーっぱいあるよ。
彼の問いかけに、すぐさま桜は返事をした。
saku:七夕祭り行きたかったし、夏休みも楽しみだったし、修学旅行とかも行ってみたかったし。
saku:病気治して、遠出とかもしたかったな。果物食べたりして。お母さんとも出かけたかったし、部活なんかも興味あるし、友だちとも遊びたかったし。
「わかったわかった」
取り留めない桜の思い残しを遮り、ストローを咥えると冷えたカルピスに口をつける。「でもちょっと違うと思うぜ」
「やりたいこと、たくさんあったろうけど。現世に留まるぐらいに名残惜しいことが、なにかあるんだろうね」
「文也くんにだけ連絡ができるってことは、そこに関係があるのかも」
颯介たちの言葉に、ピンときた文也は手を打った。
「俺と結婚できなかったことだろ」
堂々とした台詞に正面の二人は目を丸くし、桜の返事も一瞬途絶える。
「俺と結婚するって言ってただろ。それができなくて後悔してんじゃないのか」
文也は真理だと思ったが、桜は「ばーか」と軽くあしらった。
saku:全然心残りじゃないし。
「だって、そう言ってたじゃんか」
saku:それぐらいの覚悟してってこと。今生き返ってもすぐに結婚なんて出来ないんだし、心残りなんかじゃないよ。
「桜ちゃんだなあ」颯介がしみじみと頷く。
「俺に関係あるんだったら、その話しかないだろ」
「もしかしたら、二人の波長が合って、それで繋がれてるのかもしれないね。桜ちゃんは信号を出してたけど、文也くんはそれに気づかなくて。でも桜ちゃんが亡くなったことを理解して、その信号を受け止められたのかも」
年上らしく場を取りなす薫子に、文也も文句をつぐんだ。「二人は、仲良しだから」そうもおまけして、ミルクを入れたアイスティーをストローで混ぜる。氷がグラスにぶつかり、カラカラと音を立てる。
「フミと桜ちゃんは、どうしたいの」
颯介が尋ねるのに、グラスを傾けかけた手を止めた。それは、相手が本当に桜の幽霊なら、放置しておきたい問題でもあった。
しかし、そういうわけにもいかない。
「……向こうに、いくべきなんだろうな」答えて、ストローを使わず、喉に直接カルピスを流し込む。「いつまでもあちこちさ迷ってるのは、きっと良くないと思う」自分と連絡を取り合えても、桜がいつまでもそんな浮遊霊のような存在でいるのは、心苦しい。
「桜ちゃんは」
少しして、桜も同じことを言った。
saku:私も、本当は、さよならしないといけないんだと思う。
saku:それで生まれ変わって、またみんなと会って生きるんだ!
桜は、幽霊になっても前向きでかっこいい。もはやこの相手が天方桜であることは、誰一人疑っていなかった。
「じゃあ、探さないとね。桜ちゃんの心残り」
薫子の台詞に、颯介も頷く。
「なんか、ごめん、巻き込んで」
「気にするなって。それに、フミのためっていうより、桜ちゃんのためだよ。僕らだって、彼女のことは大事なんだ」
文也は謝ったが、颯介は笑い、薫子も賛成した。天方桜を現世に留まらせる心残りを見つける。四人は今一度、約束を交わした。
向かいの二人は顔を見合わせる。「そうだよ。桜ちゃんは、亡くなった」きっぱりと颯介が言うのに、文也も頷いた。
「フミ、電話で言ってたけど。桜ちゃんから連絡があったって」
期待通り、颯介は馬鹿にするでもからかうでもなく、真剣な表情をしている。だから文也は、彼と何年も友人でいるし、これからもそうでありたいと願っている。
「この前の日曜、線香あげに行ったんだ」
颯介には電話で伝えていたが、改めて二人に事情を説明した。彼らは神妙な面持ちで聞いているが、やはり幽霊話は鵜呑みには出来ない。
「その画面、見てもいいかな」
薫子の言葉に、文也は操作したスマートフォンをテーブルの上に乗せた。画面には、桜との会話の履歴。彼らは顔を突き合わせてそれを覗き込み、指先でスクロールする。約六日間のやりとりがずらりと並ぶ。
「これ、存在してるよな。俺の幻覚じゃないよな」
「うん。幻覚じゃないよ」颯介の台詞に、文也はほっとする。「正直、最初に聞いた時は、フミの幻覚とか妄想とか、そういうのかと思ったけど」
「桜ちゃんの姿は、視えたりしないんだよね」
「視えないし、話しかけてるらしいんだけど、声も聞こえない。向こうには、こっちが見えてるし声も聞こえてるっていうけど」
「今は、桜ちゃんがどこにいるのかわかる?」
薫子の質問に、文也はスマートフォンの画面に指を滑らせた。
ふー:今、どこにいる?
送信ボタンを押す。三人が固唾を飲んで見守る中、返事が来た。
saku:ふーの隣。
仰天し、颯介と薫子は文也の横を見つめた。誰もいない空席。だがそこに、桜はいるという。
「な。ほんとに返事が来るだろ」
文也の言葉に、二人は画面と空席を交互に何度も見やり、信じられない事象に目を丸くしている。
saku:二人とも、久しぶり。ふーに付き合ってくれてありがとう。
その間にも、新たなメッセージを受信する。颯介はきょろきょろと店内を見回す。
「俺も思ったよ、誰かが桜の真似をしてるんじゃないかって。でも、そんなやつどこにもいないんだ」
「文也くんが、私たちを驚かそうとするわけないしね……」困惑しながらも冷静に努める薫子。
それから文也は直接隣に話しかけたが、その度に相手は機械を使って返事をした。その様子に、腕を組む颯介は「じゃあ」と切り出す。
「僕らの声も、聞こえてるの」
saku:聞こえてるし、見えてるよ。
「それなら、質問させてね。中学時代に、フミがテストで取った最低点は」
saku:英語の十四点。
「やめろ!」
思わず文也は声を上げた。桜と颯介しか知らないテストの点数。あれは折り畳んで部屋に隠し、親にも見せていないから、三人だけの秘密だった。「本当に、桜ちゃんだ」颯介は感心している。
「でもどうして、桜ちゃんはここにいるんだろう」薫子が不思議そうに首を傾げる。
「俺も見当つかなくてさ、なんでだと思う」
うーん、と二人は考え込む。「桜ちゃん、なにか思い当たることはある?」颯介は、誰もいない席に問いかけた。なんとも不可解な光景だが、テーブルの中央に置いたスマートフォンには返事がくる。
saku:私にも、わからない。途方に暮れてたら、ふーがお線香あげに来てくれて、その時、スマホがポケットに入ってるのに気が付いたの。
「俺、桜の家に行って、その時やっと桜が死んだってことに気づいたんだ。なんていうか、知ってたけど、心の底から理解したんだ」
「薫子さん、どう思う」放置していたアイスコーヒーを一口飲み、颯介は難しい顔で問いかけた。
「亡くなった人は、しばらく、あの世とこの世の境にいるんだって。四十九日が経ったら、次の世界に行くの。そして、仏様になるんだって」
でも、と彼女は続ける。「亡くなった人が四十九日までこうして連絡ができるなんて、そうそうあることじゃないと思うから。桜ちゃんには、なにか思い残しがあるんじゃないかな」
「思い残し……」文也は呟く。
「だからこっちの世界に引っ張られて、こうして私たちの近くにいて、思いを伝えてるんじゃないかな」
「思い残しって、何かあるのか」
saku:いーっぱいあるよ。
彼の問いかけに、すぐさま桜は返事をした。
saku:七夕祭り行きたかったし、夏休みも楽しみだったし、修学旅行とかも行ってみたかったし。
saku:病気治して、遠出とかもしたかったな。果物食べたりして。お母さんとも出かけたかったし、部活なんかも興味あるし、友だちとも遊びたかったし。
「わかったわかった」
取り留めない桜の思い残しを遮り、ストローを咥えると冷えたカルピスに口をつける。「でもちょっと違うと思うぜ」
「やりたいこと、たくさんあったろうけど。現世に留まるぐらいに名残惜しいことが、なにかあるんだろうね」
「文也くんにだけ連絡ができるってことは、そこに関係があるのかも」
颯介たちの言葉に、ピンときた文也は手を打った。
「俺と結婚できなかったことだろ」
堂々とした台詞に正面の二人は目を丸くし、桜の返事も一瞬途絶える。
「俺と結婚するって言ってただろ。それができなくて後悔してんじゃないのか」
文也は真理だと思ったが、桜は「ばーか」と軽くあしらった。
saku:全然心残りじゃないし。
「だって、そう言ってたじゃんか」
saku:それぐらいの覚悟してってこと。今生き返ってもすぐに結婚なんて出来ないんだし、心残りなんかじゃないよ。
「桜ちゃんだなあ」颯介がしみじみと頷く。
「俺に関係あるんだったら、その話しかないだろ」
「もしかしたら、二人の波長が合って、それで繋がれてるのかもしれないね。桜ちゃんは信号を出してたけど、文也くんはそれに気づかなくて。でも桜ちゃんが亡くなったことを理解して、その信号を受け止められたのかも」
年上らしく場を取りなす薫子に、文也も文句をつぐんだ。「二人は、仲良しだから」そうもおまけして、ミルクを入れたアイスティーをストローで混ぜる。氷がグラスにぶつかり、カラカラと音を立てる。
「フミと桜ちゃんは、どうしたいの」
颯介が尋ねるのに、グラスを傾けかけた手を止めた。それは、相手が本当に桜の幽霊なら、放置しておきたい問題でもあった。
しかし、そういうわけにもいかない。
「……向こうに、いくべきなんだろうな」答えて、ストローを使わず、喉に直接カルピスを流し込む。「いつまでもあちこちさ迷ってるのは、きっと良くないと思う」自分と連絡を取り合えても、桜がいつまでもそんな浮遊霊のような存在でいるのは、心苦しい。
「桜ちゃんは」
少しして、桜も同じことを言った。
saku:私も、本当は、さよならしないといけないんだと思う。
saku:それで生まれ変わって、またみんなと会って生きるんだ!
桜は、幽霊になっても前向きでかっこいい。もはやこの相手が天方桜であることは、誰一人疑っていなかった。
「じゃあ、探さないとね。桜ちゃんの心残り」
薫子の台詞に、颯介も頷く。
「なんか、ごめん、巻き込んで」
「気にするなって。それに、フミのためっていうより、桜ちゃんのためだよ。僕らだって、彼女のことは大事なんだ」
文也は謝ったが、颯介は笑い、薫子も賛成した。天方桜を現世に留まらせる心残りを見つける。四人は今一度、約束を交わした。