気づけば、朝になっていた。
電気を点けたまま、知らないうちに眠っていたらしい。布団の上で伸びをして、大きく欠伸をする。そして文也は、思い出した。
頭の横に転がっていたスマートフォンを見つける。昨夜のことは、夢だったに違いない。桜に会いたいと望んでいたから、理想的な夢を見ていたのだ。死んだ人間が機械を使って話しかけてくるなんて、そんな話あるわけがない。
妥当な理屈を肯定するために、リンクから桜のアイコンに触れた。
数時間前までのやり取りが、全て残っていた。
saku:起きた?
電車に乗っていると、そんなメッセージが届いた。家を出る前、文也は自室で何度か桜の名前を呼んでみた。キッチンの母に聞かれるとついに頭がおかしくなったと思われそうだから、声を潜めて。しかしその時、返事はなかった。
だが今現在、通学途中の電車内で、機械は新たな文言を受信する。
saku:もう学校に行ってるかな。遅刻しちゃだめだよ。
ふー:今、どこにいるんだ。
saku:私の家。お母さんが心配で、帰ってみたの。けど、私のこと、お母さんはわからないみたい。
この桜は手元に自分のスマートフォンだけを持っていて、その中にはリンクしか入っておらず、更に文也の名前しか登録されていないという。夕べはいろいろと話をしたが、相手は本物の桜だとしか、文也には思えなくなっていた。猫のココの記憶をはじめ、そうでなければ辻褄の合わない話がいくらでも出てくるのだ。
それとも遂に、自分の頭はおかしくなったのか。桜が死んでしまった現実を受け入れられず、架空の桜を作って話をしている。この画面も幻なのかもしれない。
確かめなければならない。これは桜のふりをした偽物か、それとも桜の幽霊か、はたまた作り上げた幻か。
あのお守りは、スマートフォンにしっかり結び付けている。それを指先ですくい、強く握りしめた。
昨日は散々泣いたうえに夜更かしをしたおかげで、授業中もうっかり眠ってしまいそうになる。あれは本当に、桜の幽霊なのか。もしそうなら、彼女は今どこにいるのか、スマホは新たにメッセージを受け取っているのではないか。考えるのも、そういったことばかりで、気が気ではない。
ふー:今、どこにいる?
試しに、昼休みに朝と同じ文言を送信してみる。相手はすぐに返信する。
saku:通学路、散歩してるよ。この時間に外を歩けるのって、なんか新鮮だね。
平日の昼間の散歩を楽しんでいるらしい。そんな無邪気なところが、いっそう桜を感じさせる。
混乱して思考があやふやなせいか、文也はうっかり口走ってしまった。
「桜って、本当に死んだよな」
正面で購買のパンにかぶりついていた虎太郎は、口を半開きにしたまま目をぱちくりさせている。それを飲み込むと、気まずそうに言った。
「……文也、大丈夫?」
その顔を見て、しまったと思う。「いや、その……」器用な言い訳が思いつかない。
桜を知らない虎太郎に、彼女の幽霊から連絡があったなどと話すのは気が引ける。変な気を遣わせて困らせるのは本意ではないし、第一そこまで親しい仲ではない。
「疲れてんだって」虎太郎は苦笑した。「もうすぐ夏休みだし、ちゃんと休んどけよ」
曖昧に文也は頷いた。季節はすっかり夏になっていた。
電気を点けたまま、知らないうちに眠っていたらしい。布団の上で伸びをして、大きく欠伸をする。そして文也は、思い出した。
頭の横に転がっていたスマートフォンを見つける。昨夜のことは、夢だったに違いない。桜に会いたいと望んでいたから、理想的な夢を見ていたのだ。死んだ人間が機械を使って話しかけてくるなんて、そんな話あるわけがない。
妥当な理屈を肯定するために、リンクから桜のアイコンに触れた。
数時間前までのやり取りが、全て残っていた。
saku:起きた?
電車に乗っていると、そんなメッセージが届いた。家を出る前、文也は自室で何度か桜の名前を呼んでみた。キッチンの母に聞かれるとついに頭がおかしくなったと思われそうだから、声を潜めて。しかしその時、返事はなかった。
だが今現在、通学途中の電車内で、機械は新たな文言を受信する。
saku:もう学校に行ってるかな。遅刻しちゃだめだよ。
ふー:今、どこにいるんだ。
saku:私の家。お母さんが心配で、帰ってみたの。けど、私のこと、お母さんはわからないみたい。
この桜は手元に自分のスマートフォンだけを持っていて、その中にはリンクしか入っておらず、更に文也の名前しか登録されていないという。夕べはいろいろと話をしたが、相手は本物の桜だとしか、文也には思えなくなっていた。猫のココの記憶をはじめ、そうでなければ辻褄の合わない話がいくらでも出てくるのだ。
それとも遂に、自分の頭はおかしくなったのか。桜が死んでしまった現実を受け入れられず、架空の桜を作って話をしている。この画面も幻なのかもしれない。
確かめなければならない。これは桜のふりをした偽物か、それとも桜の幽霊か、はたまた作り上げた幻か。
あのお守りは、スマートフォンにしっかり結び付けている。それを指先ですくい、強く握りしめた。
昨日は散々泣いたうえに夜更かしをしたおかげで、授業中もうっかり眠ってしまいそうになる。あれは本当に、桜の幽霊なのか。もしそうなら、彼女は今どこにいるのか、スマホは新たにメッセージを受け取っているのではないか。考えるのも、そういったことばかりで、気が気ではない。
ふー:今、どこにいる?
試しに、昼休みに朝と同じ文言を送信してみる。相手はすぐに返信する。
saku:通学路、散歩してるよ。この時間に外を歩けるのって、なんか新鮮だね。
平日の昼間の散歩を楽しんでいるらしい。そんな無邪気なところが、いっそう桜を感じさせる。
混乱して思考があやふやなせいか、文也はうっかり口走ってしまった。
「桜って、本当に死んだよな」
正面で購買のパンにかぶりついていた虎太郎は、口を半開きにしたまま目をぱちくりさせている。それを飲み込むと、気まずそうに言った。
「……文也、大丈夫?」
その顔を見て、しまったと思う。「いや、その……」器用な言い訳が思いつかない。
桜を知らない虎太郎に、彼女の幽霊から連絡があったなどと話すのは気が引ける。変な気を遣わせて困らせるのは本意ではないし、第一そこまで親しい仲ではない。
「疲れてんだって」虎太郎は苦笑した。「もうすぐ夏休みだし、ちゃんと休んどけよ」
曖昧に文也は頷いた。季節はすっかり夏になっていた。