桜は悲鳴を上げてスカートをおさえる。坂道を下り終え、ゆっくりと止まりながら文也は問いかけた。
「どう。楽しかった?」
「楽しいわけないでしょ、ばか!」
「遊園地にありそうじゃん」
「車椅子は別物!」
 文也はそこまで速度を上げたつもりはなかったが、桜の怒りぶりに「ごめんなさい、もうしません」と謝罪する。のんびりと坂を下ってきた颯介と薫子がやって来る。
「フミはやっぱりばかだなあ」
 颯介の言葉にぐうの音も出ず、その後は大人しく車椅子を押した。
 初めから、あまり遠出をする計画は立てていなかった。元々疲れやすい桜をあちこち振り回す気はないし、どこかでハンバーガーを食べるわけにもいかない。桜は気にしないでと言うだろうが、わざわざ彼女が一緒にいる時にそんな店に行く必要はない。
 だから海岸に向かうことにした。文也と桜は海の近い高校に進学したというのに、未だにその海へ行ったことがなかった。いつもの通学路は味気ないが、目的地が変わり同行する友人が増えると、非日常感に胸が高鳴る。
「おー! 海だ!」
 やがて文也は歓声を上げた。道の先に海が広がっている。水平線は遠く、白い波が立つ。潮のにおいが次第に強くなり、耳を澄ますとゆったりとした波音が聞こえる。
 歩道は先へ長く続き、道に沿って海も続いている。四人はしばらく、歩道から海を眺めていた。
「いいのか、歩いても」
「うん。少しぐらい。ずっと座ってたら、足もむくんじゃうから」
 やがて桜が車椅子から下りて立ち上がった。彼女のワンピースの裾は、足首までの長さがある。そうして彼女は足のむくみを隠していた。しかしいつもの靴は窮屈なのか、少し季節の早いサンダルを履いている。その白いサンダルにも、黄色のヒマワリを模した小さな飾りがついていて、そのワンポイントが実に可愛らしい。
 歩道から三段の階段を下り、砂浜を少しだけ散歩する。
「あっ、見て、桜ちゃん。魚がいる!」
「ほんとだ!」
 薫子の言葉に、桜も磯を覗き込んだ。岩場には数匹の魚が見える。「あれ、なんだろう」
「カシパンだね。ウニの仲間だよ」桜が指さす方向には、片手に収まるほどの茶色い円盤があった。表面に五か所、細長い穴が空いている。
「生き物なの?」薫子が不思議そうな顔をした。
「うん。すごく綺麗な骨格をしてるんだ。身体の中に星が刻まれてるんだよ」
「そーすけ、よくそんなこと知ってるな」
「颯介くんは、物知りだもんね」桜は周りを見渡した。「その星、見てみたいな。落ちてないかな」
「どうかな。僕も写真でしか見たことはないけど」
 四人は歩きながら各々貝殻を探した。御浜海岸にはゴミも少なく、小さくとも綺麗な貝殻が無数に落ちている。まるで宝探しをしているようだ。とりわけ桜ははしゃぎ、「子どもみたいだね」なんて言っていた。
 しばらくして元の場所に戻り、段に腰掛け戦利品を小山にして見定める。残念ながらカシパンの星は見つからなかったが、桜は指先で小さな一枚を摘み上げ、てのひらに乗せた。
「これ、すごく綺麗!」
 爪より少し大きく、透明感のある美しい桜色の貝殻。
「綺麗だね。誰が拾ったの」
 薫子の台詞に三人が顔を見合わせる。「あー、俺だよ」文也が手を上げると、彼らはそろって呆気にとられる。
「ふーが、こんなに綺麗なの見つけたの」
「なんだよそれ、どーいう意味だよ」
「多分、桜貝だね。珍しい貝だよ。幸せを呼ぶっていわれてる」
 颯介の情緒的な説明に目を輝かせ、桜は嬉しそうにそれを陽にかざした。
「桜ちゃん、それ、持って帰ったら?」
「うん、きっといいことがあるよ」
 薫子と颯介が口を合わせる。「いいの」と桜が聞くともちろんと返事をした。「ふーも、私が貰っちゃってもいいの」
「いいよ」正直文也は、それをどこで拾ったのかもよく記憶していなかった。目を引く物を集めていて、偶然見つけたのだ。しかし桜は、「ありがとう!」と満面の笑みを見せる。
「大事にするね」桜貝を、小さな両手でそっと包んだ。