家に帰り、自分の部屋で鞄を開けて、ガーベラを見つけた。プリントを優先して、これを渡すのを忘れていた。
 花瓶はないかと母親に尋ねたが、今使っている分しかないと言う。仕方なく、空きのペットボトルに水を入れて、花を挿し、窓辺に置いた。黄色の花は、相変わらず元気に咲き誇っている。
 宿題そっちのけでスマートフォンを操り、腎臓移植について調べた。亡くなった人から提供を受ける場合、律子の言った通り平均で待ち時間は十五年。臓器を提供する側、つまりドナーは、生体移植の場合、六親等以内の親族しかなれない。そしてドナーは二十歳以上である必要がある。
 夕食を食べ、風呂に入り、六畳間に戻ってきた時、通知に気が付いた。勉強机の椅子に腰掛け、確認する。
 それは、桜からだった。
 saku:今日は、本当にごめんなさい。
 三十分前に届いたメッセージ。これを送った彼女の心情を思うと辛くなる。
 返事の言葉を考えている最中、目の前で次のメッセージが届いた。
 saku:私、どうしても見られたくなかったの。ふーは、気にしないってわかってるよ。でも、恥ずかしくて、悲しくって、見てほしくないって思ったの。
 saku:でも、せっかく来てくれたんだから、本当は会いたくって。なんでこんな顔になるんだろうって、悔しくって。心がぐしゃぐしゃになって。
 違う、と文也は呻いた。悪いのは桜じゃない。桜は何一つ悪くない。こんな懺悔なんてする必要はない。
 saku:会えないって連絡しようと思った。けど、もしかしたら、時間が経てば良くなるかもって思って、連絡しませんでした。しとけばよかった。ごめんなさい。
 悲しさで胸が詰まり、唇を噛んだ。桜は会いたいと思ってくれていた。それでも顔を合わせられない気持ちと葛藤し、苦しんで、声を荒げてしまったのだ。
 文字を打ち込み、送信する。
 ふー:桜は、何も悪くないよ。俺が考えなしだったんだ。本当にごめん。
 少しして、桜からも返事がある。
 saku:ふーの方こそ、悪くないよ。いつも感謝してるよ。私なんかを心配してくれて、ありがとう。
 苦しさで息がしづらくなり、文也は項垂れた。どうしてこんなに優しいんだ。どうして病気は、こんなにも優しい桜を虐めるんだ。
 ふー:俺は、桜が大好きだよ。けど、もし嫌だと思うことがあったら、いつでも教えて欲しい。もっと桜の気持ち、考えるようにするから。それでもわからないことは、遠慮なく言って欲しい。
 saku:わかった。ありがとう。
 saku:ふーは本当に、私のことが大好きなんだね。
 ようやく可愛らしい絵文字が文末についた。ほんの少しだけ、彼女は調子を取り戻している。ほっとして、指を滑らせる。
 ふー:さっきさ、いいこと思いついたんだ。
 saku:いいことって、なに?
 ふー:次に会った時、教えるよ。
 この考えを聞いて、桜は一体、どんな顔をするだろうか。
 顔を上げると、背中を押すようなガーベラの姿が窓辺に見えた。