「……大丈夫だから。もしも沈みそうになっても、必ず俺が引っ張り上げてやるから」


 それなのに突然、水面からキラキラと輝いている手のひらが伸びてきた。
それに恐る恐る手を伸ばすと、がっちりと掴まれて。


「俺が頼りないのはわかってる。ひょろいし、一生病院に通わないといけないし、勉強なんてしてこなかったから大して頭も良くない。龍臣みたいにスポーツができるわけじゃないし、友達だって数えるほどしかいない。だけど、優恵を好きな気持ちは誰にも負けない。龍臣にだって負けない。それだけは、自信がある」


 沈みかけていた身体が、その手に引かれて少しずつ、少しずつ上がっていって。

 絶望の海から抜け出した直後に目に映ったのは、


「俺は、優恵が好きだよ。俺は優恵と一緒にいたい。優恵の隣で、一緒に前を向いて歩いていきたい」


 愛おしい人の笑顔。


「優恵が望むなら、毎日でも何度もでも言う。優恵が不安になるなら、いつでもいくらでも抱きしめてやる」


 本当に、いいのだろうか。


「だから、教えて」


 わがままを言っても、いいのだろうか。


「優恵の本当の気持ち。教えて」


 この想いを、言葉にしてもいいのだろうか。


「大丈夫。俺が全部受け止めるから」

「──……わ、私……」

「うん」

「私、は……」

「うん、ゆっくりでいいよ」


 泣き過ぎてしまったからか、しゃっくりをするように言葉が途切れてうまく出てこない。
それなのに、直哉は根気強く優恵の背中をさすり、優恵を安心させるための笑顔を絶やさなかった。


「私は……私も、直哉くんと一緒にいたい」

「……っ、うん」

「直哉くんと一緒なら、私……前を向ける気がする」


 自分を許さなくていい。
そう言われて、なぜか心がほんの少し軽くなった。

 この四年間、優恵は自分を責め続けた。その結果、心は弱っていた。限界なんてとっくに過ぎていた。

 許さなくていいなんて言われたら、普通は逆に苦しくなるはずなのに。


「直哉くんは、私を否定しないでくれるから」


 この四年間の自分を否定しないでくれた。受け入れてくれた。


「直哉くんといると、私は笑顔でいられるから」

「うん」

「直哉くんといたら、もっと生きたいと思えるから」


 もっと、直哉とたくさんの景色を見たい。
いろいろなところに行きたい。また手を繋いで歩きたい。


「私は、ずっとオミのことが好きだった。だけど、最近はオミのことじゃなくて、直哉くんのことばっかり考えてる」

「……」

「直哉くんから連絡がくるのが楽しみだし、デートも楽しかった。家ではずっと写真見てたりもする。直哉くんと一緒に楽しみたいからゲームも練習してる。直哉くんのことを考えたらドキドキするし、次はいつ会えるかなって毎日思ってるの。気がついたら、頭の中がいつも直哉くんでいっぱいなの。……多分これって、好きってことなんだよね……?」


 その言葉に、直哉はごくりと唾を飲み込む。

 目の前で涙目でそんな可愛いことを言う優恵をたまらずに抱きしめた。


「……だけど、今まで通りオミのことだけを考えてれば、この気持ちに気付かずに済むと思った。そうすれば、自分が傷付かずに済むと思ってた」

「うん」

「……直哉くん。私、ずっと自分の気持ちから逃げてた。考えてもわからなかったんじゃない。考えたら答えが出るってわかってたから、その答えからずっと逃げてたの」


 その答えに気付いてしまったら、もう、後戻りできないとわかっていたから。


「直哉くんのことが好きだって認めちゃったら、自分のことがもっと嫌いになりそうだった。これ以上、自分のこと嫌いになりたくなかった」

「うん」

「だから、逃げてたの。……だけど、本当は私、直哉くんのことが好き。……好きです」


 そう呟いて、直哉に自分から抱きつく。


「……嬉しい。嬉しいよ。俺も優恵が好き。……俺と、付き合ってくれる?」

「うん……!」


 見つめ合うと、お互いの鼓動の音が聞こえてきそうなほどに心臓が激しく動いていた。

 そっと優恵の頬に手を当てる直哉。
そのままゆっくりと近付くと、優恵は顔を真っ赤にしながらぎゅっと目を閉じる。

 そんな姿がどうしようもなく可愛くて、たまらずぐいっと引き寄せながら、心のままにキスをした。

 たった一回、慣れない初めての不格好なキス。
それが、甘くて甘くて仕方なくて。

 もう一度顔を見合わせたら恥ずかしくなるから、衝動のままに抱きしめる。

 その華奢で細い身体は、少しでも力を入れたら折れてしまいそう。
それでも離したくなくて、直哉はキツく抱きしめた。