優恵の涙が一度落ち着いた頃。
「……優恵」
直哉が優恵の顔を覗き込む。
涙でぐちゃぐちゃな顔を見て、指でそっと撫でる。優恵に向ける微笑みは、どこまでも優しい。
「優恵は今まで、すごく苦しんできた。死にたいと思うこともたくさんあったかもしれない。だけど、今こうして生きていて俺の目の前にいてくれる。俺は、それが何よりも嬉しいよ」
「なおや、くん」
「だって、優恵がいなかったら、俺は龍臣のことを知らせる相手にも出会えずに生きる意味を失って路頭に迷っていただけだと思うから」
優恵に会うことだけを考えていた直哉にとって、優恵がいない想定はしていなかった。
絶対に優恵に会う。それだけを考えていた直哉にとって、優恵がいなかったとしたらどうなっていたか。
「多分、それこそ俺は龍臣が繋げてくれた命を無駄にしていたかもしれない」
切な気に笑う直哉に、優恵の瞳は揺れる。
「優恵が幸せになっちゃいけないなんて、誰が決めた? 確かに龍臣のことは、優恵にきっかけがあったかもしれない。それは反省すべきことだ。だけど、実際に事故を起こしたのは車の運転手だろう? 優恵はきっかけにすぎないんだよ。それに、優恵がそうやってずっと自分を責めて後悔して、死にたいってずっと思ってたら、龍臣はどう思う?」
「オミ、が……?」
「そう。もし俺が龍臣だったとしたら、多分今の優恵を見たらショックを受けると思う」
「……うん」
「でもそれは龍臣だけじゃない。俺も同じだよ。俺は龍臣に命を繋げてもらって、優恵に救われた。それなのに優恵がそんなことを思ってたら、俺はやっぱりあのまま死んでた方が良かったんじゃないかって思っちゃう」
「それはっ……!」
それは違う。だけど、龍臣が死んでしまうのも違うんだ。
そう考えて、優恵は頭の中がいっぱいいっぱいになってしまい、また涙があふれる。
つらいのは自分だけじゃない。苦しいのも自分だけじゃない。
悲劇のヒロインぶりたくなんてない。
だけど、心がしんどい。
何が正しくて何が間違いだったのか、何を反省すべきで何を悲観すべきなのか。
もう、わけがわからない。
「わかんないだろ。だって全部違うんだから。だけどそれと同時に、全部間違いじゃないんだ。正解なんてないんだよ。結果的に、龍臣は事故で死んでしまって、それがきっかけで俺は命を救われた。もし優恵と龍臣が事故に遭わなかったら、多分俺はまだ病院から出られてなかったし、もしかしたらもう死んでたかもしれないんだ」
「っ……」
「それが、事実で現実なんだよ」
事実で現実。
それは、運命だったとも言えるのかもしれない。
どちらにしても、残酷だ。
「正直、それを認めるのってつらいよ。苦しいよ。だけど、俺たちは前に進まなきゃいけないんだ」
「っ、うん」
「立ち止まったっていい。後ろを振り返ったっていい。どれだけ時間がかかったっていい。だけど、ゆっくりでも一歩ずつでもいいから前に進んでいかなきゃいけない。俺たちは絶望するんじゃなくて、後悔も反省も、これからの生きる力に変えていかなきゃいけないんだ」
「っ、なおや、くんっ」
「自分を許してやれなんて言わない。だけど、そのままじゃ優恵が死んじゃう。優恵の心が死んじゃうんだ。だから、少しくらい自分を抱きしめてやってくれよ。これ以上自分を追い詰めないでくれよ。頼むから、自分を殺さないでくれ……」
ずっと、海のように深い絶望の中に沈んでいた。
空なんて見えなくて、少しでも気を抜いたら深い海の底に飲み込まれてしまいそうだった。
苦しくて、怖くて、でももう何も感じなくて。
目を閉じて、全てを諦めていた。