「私……直哉くんに出会って、たくさんのことを教えてもらった。嬉しいも、楽しいも。忘れてたもの、全部思い出させてもらった」

「それは俺も同じ。俺も、優恵と出会うまで本当の意味で生きたいなんて思ったことなかった。自分はいずれ死ぬと思ってたから、どう生きていけばいいかわからなかったんだ」

「直哉くんも……?」

「そう。優恵のおかげで、走ることが怖くなくなった。心臓の音の変化に怯えることがなくなった。それって、俺にとってはかなり大きな一歩なんだ。……優恵のおかげでもっと生きたい、この身体と心臓を大切にしたいと思えた」


 自分が、誰かが生きるための意味に関わることができている。
それは、優恵にとって何物にも変え難いほどの幸福であり、また恐怖でもあった。

 一歩間違えれば、生きることを諦める意味にもなっていたかもしれないからだ。


「……私、幸せになる資格なんてないと思ってた」

「……うん」

「死んだ方がいいんだって、ずっと思ってた。それなのに、直哉くんに好きって言われて、今私のおかげだって言ってもらえて、幸せだと思ってる自分がいるの。まだ生きていたいって思ってる自分がいる」

「うん」

「オミを死なせておいて、私だけがのうのうと生きてて。私だけがこうやって幸せを感じられるなんて、生きたいと思うなんて、最低だってわかってる。だけど……嬉しかったの。幸せだと思ったの」

「優恵……」

「そんな自分が許せない。本当に、許せないっ……!」


 ポロポロとこぼれ落ちる涙は、優恵の服にシミを残す。
それを消すように、拳を握りしめてシミの上を何度も叩いた。

 太ももに走る痛み。
だけど、龍臣はもっともっと痛かったはずなんだ。もっと苦しかったはずなんだ。
そう思うとどんどん力が入っていく。

 それは何度も繰り返されて、一度、二度、三度、四度。どんどん力は強くなって、渇いた鈍い音が響く。

 そして五度目の拳が下されようとした時、直哉の手が優恵の拳を受け止めた。

 そのまま離すことなく、ゆっくりとその手を引く。

 ふわりと抱きしめた優恵の身体は、先ほどまで炎天下にいたはずなのに冷え切っているような気がした。


「優恵、大丈夫だよ」


 背中をトントンすると、タガが外れたように泣き始めた優恵。


「うん、たくさん泣いていいよ。今までつらかったよな。苦しかったよな」


 直哉の声にますます涙が止まらなくなった優恵は、直哉の肩に顔を埋める。

 この四年間、誰にも弱音を吐くこともせずに自分の感情を押し殺してきた。そうすることでしか自分を守れなかった。

 そんな長年胸に秘めていたものを全てぶちまけるかのように、ひたすら涙となってこぼれていく想い。


(俺が龍臣のことを伝えれば、優恵の気持ちは少しは軽くなると思ってた。だけど、もしかしたら逆に苦しめていたのかもしれない)


 直哉の肩はどんどん濡れていくけれど、直哉は決して離そうとはしなかった。