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「直哉、はよ」
「おはよー」
「今日も無気力だなー。体調はどうだ?」
「うん、普通」
「そっか、そりゃ何よりだな」
翌日。
直哉が登校すると、友人の颯がいつも通り直哉の体調を聞いてくる。
颯は直哉の近所に住んでいる同級生で、小学校にも全然通えなかった直哉にプリントを届けに来てくれたり、たまに勉強を教えてくれたりと何かと世話を焼いてくれた友達だ。
当時はもうすぐ死ぬ人間に優しくして何がしたいんだ、なんて思っていた直哉だったが、移植手術をして命が助かった時に親以上に泣いて喜んでくれた颯を見て驚いた。
中学に復帰してからも、小学生時代の勉強が追いつかない直哉に根気強く色々と教えてくれて受験対策まで一緒に駆け抜けてくれた、直哉にとっては感謝してもしきれない一番大切な友達なのだ。
親友なんて言葉を当てはめるのは照れくさいけれど、敢えてこの関係に名前をつけるとしたら、親友以外に当てはまるものは存在しないだろうと思う。
そんな二人は高校でも常に一緒にいて、颯は今でも直哉の体調をいつも気にかけてくれている。
直哉が普通と言えば笑い、少しでも不調を口にすればすぐに保健室に連れて行ってくれる頼れる存在。
龍臣の記憶のことも、それのおかげで優恵と出会ったことも、そして優恵のことが好きだと気がついたことも、直哉は颯に全て打ち明けるほどに信頼している。
颯がいなければ今の直哉はもっと性格が歪んでいたかもしれないし、高校受験に合格していたかどうかも怪しいくらいだ。
それくらい、直哉は颯に感謝している。
「そういえば、どうだった? "優恵の家庭訪問"は」
「おい、優恵って呼び捨てにするな」
「いいじゃんそれくらい。俺があげたチケットのおかげでデートもできたんだしさあ! もっと感謝してほしいくらいですよ」
「……」
あの動物園のチケットは、実は颯にもらったものだった。
「怖い怖い。わかったからそんな睨むなよ。ごめんって。呼び捨てにはしないから。優恵ちゃんね」
ジトっとした目で睨む直哉に、颯は降参というように両手を上げた。
「……まぁ、楽しかったよ」
「そう。他には?」
「……なんか、吹っ切れた気がする」
「吹っ切れた?」
「うん。優恵の両親から龍臣と優恵の事故の後のことを聞いたんだ。俺に移植されるまでのこととか、龍臣の両親のこと。それを聞いて、苦しかった。だけど、なんか今までモヤモヤしてたものが吹っ切れた気がした」
なんで不健康だった自分が生きていて、健康そのものだったはずの龍臣が死んでしまったのかとか。
自分が龍臣の心臓をもらってまで生きている価値はあったのだろうか、とか。
龍臣の家族に恨まれていたりするのだろうか、とか。
この四年間、幾度となく頭の中をよぎり、じわじわと広がっていた靄。
人伝いには違いないけれど、今回のことでなんだかその靄が薄くなったような気がしていた。
龍臣の両親は、龍臣の臓器によって誰かが救われることを望んでいた。
きっと、龍臣ならそうするから、と。
それを聞いて、
(俺は、生きていてもいいんだ。龍臣から、命を繋いでもらったんだ)
そう思った。
「そっか。良かった」
颯は太陽のように明るく笑うと、直哉の肩を抱き寄せて
「じゃああとは優恵ちゃんをゲットするだけだな!」
と直哉に耳打ちする。
しかし
「ちょっと、優恵をものみたいに言うなよ」
肩に回った手を華麗にどかす直哉。
「お前……大丈夫? 優恵ちゃんにドン引きされたりしてない?」
「なんで?」
「なんか……独占欲っていうの? 強くない?」
「え? そう?」
「少なくとも俺は今直哉の新しい一面を知ってちょっと引いてる」
「フザケンナ」
「ははっ! 冗談だよ」
そんなじゃれあいとも呼べるようなやりとりをしながら、二人は教室に向かった。