それからしばらくして、優恵は目を覚ました。
同時に、優恵の両親は龍臣の両親の元へ向かった。


「……帰ってほしい」


 そう言われるのは覚悟の上。


「謝っても許されることじゃないってわかってる。だけど、他に方法が思いつかなかった。……娘を助けてくれて、ありがとう。そのせいで……本当に、ごめんなさい……ごめんなさい……」

「申し訳、ありませんでした……」


 深く頭を下げる二人に、龍臣の両親は涙を堪えながら目を逸らした。

 龍臣が優恵のことを大切に想っていたのは知っていた。
だからこそ、龍臣が自分の意志で優恵を守ったこともわかっていた。

 しかし、最愛の息子を失ったことによる絶望は計り知れない。


「……結果的に優恵ちゃんを助けたから龍臣が……。だけど私たちは、優恵ちゃんを恨みたくない。助けなきゃよかったのに、なんて、思いたくないの。……だからもう、帰って」

「……謝ったらそちらはすっきりして終わりかもしれない。だけど……。悪い、帰ってください」


 すっきりするわけがなかった。謝って終わりなわけがなかった。
これから訪れるであろう別の意味での絶望に、二人は向き合っていかなければと頭を下げる。
そして部屋を出ようとした時。


「……龍臣の、臓器を提供することにした……」


 ふと聞こえた声に、


「……え?」


 部屋から出ていこうとする足を止めた。


「自分を犠牲にしてまで、優恵ちゃんを守った。そんな龍臣の勇気を誇りに思う。どんなに怖かっただろう。どんなに痛かっただろう。想像しただけで、その痛みも恐怖も私たちが全部背負うから、生きて戻ってきて欲しいと思う。だけど、もうダメなんだって。まだこんなに温かいのに、脳が死んでるんだって……。もう目を覚まさないんだって。私たちの声も聞こえないんだって。でも、そんなの認めちゃったら、本当に死んじゃうじゃない……。跡形も無く消えちゃう。そんなの耐えられない。……だから、少しでも龍臣が生きた証を残したい。龍臣の身体をこれ以上傷つけたくはなかったけど、でも、世界のどこかで龍臣の臓器で助かる人がいるならっ……。多分、龍臣ならそうすると思うから」

「……」

「だから、提供することにした」


 そう宣言した龍臣の母親は、涙でボロボロになった顔を二人に向けて、きっと睨みつける。


「……だから、龍臣が守った命、絶対に無駄にしないって誓って」

「……っ」

「優恵ちゃんを、守り抜いて」

「……はい」

「そして、二度と。……私たちの前に、現れないでっ……」

「……わかり、ました」


 その言葉が、龍臣の両親と交わした最後の言葉だった。