「この写真は? 動物園に行ったの?」
「あ……うん。今日直哉くんに誘われてテスト終わりに行ってきたんだ」
その言葉に二人は一瞬肩を跳ねさせたものの、その写真は直哉が見るからに嬉しそうにうさぎを抱っこしている写真。
その弾けるような笑顔を見たら、とても嘘をついて優恵に悪さをしようとしているなんて思えなかった。
「……そう。そうだったの」
それしかかける言葉が見つからず黙り込む母親に、優恵は写真を見ながら呟いた。
「最初はそんなはずないって思ってた。心臓に記憶が残るなんて聞いたこともなかった。そもそもオミの臓器か提供されたなんて話も知らないし、オミが脳死だったって知ったのもその時が初めて。だけど、直哉くんは私とオミしか知らないような会話まで知ってた」
「それで、信じることにしたのか」
「うん。直哉くんにとってはオミはもう身体の一部で、オミの記憶と一緒に生きてる。今日もさっきここまで送ってもらったんだけど、この辺初めてなのに覚えてるって言ってた。このマンション見て、泣きそうになってた」
「そうか……」
「……二人は、知ってたの?」
二人の沈黙を、優恵は肯定と捉えた。
知っていたなら言って欲しかった。正直そんな思いは消えないけれど、優恵は両親が自分のことを心から心配して大切に思ってくれているのも知っているから何も言えない。
優恵のために黙っていたのだろうと、わかるから。
それでも。
(……知らなかったの、やっぱり私だけだったんだなあ……)
龍臣の幼なじみで、好きな人で、お隣さんで。
小さい頃からずっと一緒にいて、お互いのことで知らないことなんてほとんどなかった。
それくらい仲が良かったはずなのに、自分だけが知らされていなかったことが悔しかった。
(私が原因だもん。言えるわけないってわかるのに。わかってるのに、こんなに悔しいなんて)
思わず笑ってしまう優恵を、母親はそっと抱きしめた。
「優恵。ずっと黙っててごめんね。でも、お父さんもお母さんも優恵を騙そうと思って黙ってたわけじゃないの」
「……うん。知ってるよ。ちゃんとわかってるから」
「優恵……」
その目には諦めのような切なさが混じっていて、それを見て母親は胸が痛む。
しかし上手い言葉が出てこなくて、ただもう一度抱きしめることしかできなかった。
そんな中、父親が
「優恵」
と口を開く。
「……優恵、今まで黙っててごめん。だけど、優恵もわかってると思うけど、これは優恵の心を守るためだった」
「……うん」
「でも、もう全部知ったんだな」
「うん。直哉くんがほとんど教えてくれたよ」
「そうか。じゃあ、その直哉くんにもお礼をしないと」
「え?」
優恵が聞き返すと、父親は小さく微笑んでから母親ごと優恵を抱きしめる。
「……優恵、今度都合がいい時、直哉くんをうちに連れてきてくれないか?」
「……直哉くんを?」
「あぁ。お父さんとお母さんが知っていることを、全部話そうと思う。優恵にはもちろん、龍臣くんの心臓を持っている直哉くんにも」
「お父さん……」
「そうだな、今度の日曜なんてどうかな。うちで昼ごはんを一緒に食べながら、ゆっくり話そう」
「そうね。お母さん、ご馳走作るわ」
身体を離して優恵に微笑みかける二人。
優恵はそれを見て、目を涙を滲ませながら頷く。
「ありがとう。お父さん、お母さん」
そう笑って、今度は優恵から二人の胸に飛び込んだ。