「……ねぇ、お父さん、お母さん」
「んー?」
「どうした?」
これを聞いたら、どうなってしまうのだろう。
そんな思いはあった。
だけど、もうこれ以上何も知らないふりなんてできないとも思った。
「……オミの臓器が移植されたって話、知ってた……?」
テレビに視線を向けながら震える声でそう呟くと、母親は一瞬にして身体を硬直させた。そしてロボットのようにゆっくり、ぎこちなく優恵の方を振り向く。
目の前では父親が食べていた煮物をぽろりとお皿に落とした。
その表情には驚愕という文字が浮かび上がっているかのようで、優恵はそれらを見て
「……知ってたんだね」
と苦笑いをしながらテレビに視線を戻す。
「優恵、それ、一体どこで……」
直哉と出会ってすぐの頃は聞けなかったこと。
それは、直哉の話を完全には信じられなかったということもあるし、優恵自身が信じたくなかった気持ちもあったのだろう。
今は直哉の話を全て信じているから、聞くことができた。
しかし、四年もの間黙っていられたのかと思うとそのショックは大きい。
「優恵、その話誰から聞いたの……?」
母親がテレビを止めて、慌てて走ってくる。
そして優恵の手をぎゅっと掴み、問いただした。
「……オミの、心臓を移植してもらったって人」
「……え……!?」
「移植してもらった人、って……そんなの」
告知もされていないんだから誰のものかなんてわかるはずない。
父親はそう言いたかったのだろう。
しかし、優恵の表情を見たら嘘をついているとは思えなかった。
「本当、なのか?」
「うん。私も最初は信じられなかったけどね。記憶転移って言って、どうもオミの記憶が心臓と一緒に移っちゃったんだって。それで、私のことも知ってて、探しにきた」
「記憶が、心臓と一緒に転移したって……?」
「そう。不思議だよね。でも海外とかでもそういう事例はあるらしいし、日本でもドラマとかで扱われたこともあるんだって」
全て直哉からの受け売りだが、優恵はちゃんと直哉の話を聞いておいて良かったと思った。
しかし、頷く父親とは対称的に母親は優恵の手を握り直す。
「優恵、それはどこの誰なの? お母さんとお父さんの知ってる人? 歳は? 性別は? 何してる人?」
「……お母さん、そんな急にたくさん聞かれたら怖いよ」
「っ、ごめんなさい。つい……」
母親が前のめりになってしまうのも無理はない。
自分の知らないところで、もしかしたら龍臣の心臓の持ち主だと語って誰かが娘に悪さをしようとしているかもしれない。そう思ったら平常心でいろと言われる方が無理だ。
この四年間、優恵の気持ちを一番に考えてきた二人にとって、直哉の存在は予想外のこと。
娘のために知っておかなければと思うのは当然のことだった。
優恵もそれをわかっているため、直哉のことを正直に伝えることにしたのだ。
「名前は佐倉 直哉くん。南高に通ってる同い年の男の子だよ。そこらの女の子より線が細い人」
(そういえば、さっき撮った写真があるんだった)
そう思って
「この人。この人がその直哉くん」
とスマホに表示した写真を見せると、二人はそれを食い入るように凝視した。