「ただいまー」

「優恵、おかえり」


 エレベーターを降りて自宅に入ると、母親が顔を覗かせて


「何かあったの?」

「ううん、なんでもない」

「そう。テストが終わったからってあんまり遅くまで出歩いちゃだめよ?」


 と優恵を嗜める。


「うん、ごめんなさい」

「まぁ、連絡くれてたから良しとするけど。晩ご飯は?」

「食べたい。お昼遅かったからちょっとしか食べてないんだ」

「わかったわ。じゃあ用意してるからまず手洗ってらっしゃい」

「はーい」


 荷物を部屋に置きに行き、毛だらけの服にコロコロをしてから部屋着に着替えて手を洗ってからリビングに戻る。

 すると父親も帰ってきて、二人で食卓を囲むことに。


「ちょっと少なめにしておいたけど、これくらいでいい?」

「うん。ありがとお母さん」

「お父さんはいつも通りね」

「あぁ。ありがとう」


 用意してもらった夕食を食べながら、母親が見ているテレビに顔を向ける。


「優恵、手止まってるぞ」

「……うん」


 それは数年前の医療ドラマの再放送を録画していたものらしく、偶然なのかなんなのか、ちょうど臓器移植の話をしていた。

 ドラマのセリフはもちろん医療用語ばかりで難しくてよくわからない。
だけど、その緊迫した空気と高度な技術、そしてたくさんの人の手によってドナーから患者さんへと命が繋がれていっているのが見える。

 今直哉くんが生きているのは、こうやってたくさんの人が必死に直哉くんを救おうとしてくれたからなのだと思った。


(……オミもこうやって、臓器を提供したんだよね……)


 あくまでも今見ているものは医療ドラマであり、おそらく実際の手術とは似て非なるものがあるのだろう。
だけど、おそらく直哉が今生きていることは奇跡に近い。

 それが、龍臣の心臓によって生み出された奇跡だという事実、そこで記憶が転移したという嘘みたいな事実。そしてその直哉が優恵を探しに優恵の前に姿を現したこと。
出会えて、信じて、そして今も繋がっている。
その全てが奇跡なんだ。

 龍臣がドナーになる意志を持っていたのか、龍臣の両親がそうしたのかは直哉もわからないと言っていた。

 龍臣からそんな話を聞いたこともない。
だけど、臓器を提供してそれを移植するということは、並大抵の覚悟ではできないことだということはわかる。

 きっと、龍臣の両親は怖くてたまらなかったはずだ。
ただでさえ、突然最愛の息子を失ってしまった。それだけでも苦しくてたまらないのに、加えて臓器提供まで。

 一体どんな想いで決意をしたのかと考えると、とても平常心ではいられない。

 確かに優恵の記憶の中にいる龍臣は、昔から人に優しかった。頼られるのが好きで、人の助けになることが好きだった。
だからと言って、今龍臣が自分の心臓が提供されたことを知ったらどう思うのか、それは誰にもわからないのだ。


(龍臣は多分、それでも怒りはしない。むしろ自分の心臓が人の命を救ったと知ったら、誇らしげな顔をする気がする)


 それも優恵の想像にすぎないものの、優恵はそう信じたかった。
そうじゃないと、龍臣と同じように優しい直哉が、酷く気にしてしまいそうだから。