「時間忘れて楽しんじゃったな」
「うん。服も毛だらけだ」
「な? 着替えてきて正解だっただろ?」
「うん」
制服だったらより目立っていただろう動物の毛を指で摘みながら、時計を見つめる。
「もう十五時だね。お昼か晩ご飯かわかんないや」
「軽く食べるくらいにしようか」
「うん」
今見てきたばかりの動物たちの話をしながら、サンドウィッチのセットを注文して食べる。
適度にお腹が満たされたところで大きな動物たちも見に行き、あっという間に夕暮れの時間。
「家まで送る」
「いや、いいよ」
「だめ。こんな時間まで連れ回しちゃったし」
「別に嫌々ついてきたわけじゃないから……」
その言葉に直哉は嬉しさを噛み締めながらも
「いや、それでもだめ。何言われても送ってくから」
(……本当に、気にしなくていいのに……)
お互いの最寄駅まで帰ってくると、直哉は頑なに送ると言って聞かなかった。
夕暮れの時間とは言え、まだ外は全然明るい。
この時間なら一人で歩いていても特に問題はなさそう。
優恵はそう思うのだが、直哉は心配でたまらない。
「そもそもテストで疲れてるはずなのにこんな時間まで連れ回しちゃってごめん」
「ううん。……楽しかったから気にしないで」
"楽しかった"
その言葉が聞けただけで、直哉は飛び上がるほどに嬉しい。
他愛無い話をしながら、優恵の自宅までの道のりを歩く。
すると、
「……あ、俺、この道わかる」
と不意に直哉が辺りを見回し始めた。
「こっち側来たことあるの?」
「いや、ほとんど無い。あったとしても全然覚えてないくらい。だけど、なんか懐かしい感じがする」
もしかしたら、これも龍臣の心臓の記憶なのかもしれない。
直哉はその場に立ち止まり、考え込む。
「確か向こうに古い自販機があって……、そっちにコンビニ、本屋にたい焼き屋……」
「そうそう。すごいね。……それもオミの記憶ってことなの?」
「はっきりとはわからない。だけど、多分そうなんじゃないかな……」
本能的なものなのだろうか。
直哉はしばらく物珍しそうに、だけど確かにどこか懐かしそうに辺りを見回しながら歩く。
(なんか……すごい変な感じ。知らないのに、知ってる。確かに覚えてる)
気が付けば優恵の自宅マンションに辿り着いており、直哉はそのマンションをそっと見上げた。
「……直哉くん?」
そのまま固まっているため、優恵が声をかけると。
「……っ、ダメだ、俺……色々混ざっちゃって、ダメかも……」
直哉は力なくその場に座り込んでしまう。
だけど、その目にはうっすらと涙が滲んでいた。
「直哉くん……」
直哉はグッと心臓のあたりを掴み、深呼吸を重ねる。
優恵はどうしたらいいかがわからず、動揺しつつもその背中をさすることしかできない。
(俺は直哉だ。龍臣じゃない。だけど、直哉の記憶と龍臣の記憶が変に混ざる……ここは、優恵の家だ。俺の家じゃない。確かに龍臣は住んでいたかもしれないけど、それは俺じゃない)
頭の中で直哉自身の記憶と龍臣の記憶が混在している。
この四年間で幾分かそれには慣れたつもりだったけれど、元々住んでいた場所だからなのか、心臓が激しく動いていた。