「まさかこんな気持ちになるなんて思ってなかったから、俺が一番戸惑ってる」
「……そうか」
「龍臣の心臓を持ちながら、龍臣の好きな人を好きになるなんて。……俺の方が龍臣に恨まれそうだな……」
"好き"
その気持ちを言葉にすると、ストンと胸に気持ちが落ちていく。
クレープを食べた時の優恵の笑顔が、忘れられない。
綺麗で可愛い。その言葉がぴったりなあの笑顔。
それを見て、一瞬にして心を奪われてしまった。
(……もう一度見たいと思うのは、贅沢だろうか)
涙も綺麗で、笑顔も綺麗で。
(俺が守りたいと思うのは、傲慢だろうか)
全部が完璧に見えて、それなのに本当は脆いあの子を。
(俺みたいな人間に守りたいなんて言われて、迷惑じゃないだろうか)
守りたいだなんて。言葉にしてもいいのだろうか。
「人が人を好きになる気持ちは、理屈じゃない。その龍臣くんが何を思おうと、今その子のそばにいるのは龍臣くんじゃない。直哉くんじゃないか」
「それは、そうだけど」
「確かに直哉くんはその心臓のおかげで今こうして元気に生きている。たくさんの人の手を借りて、たくさんの涙と悲しみの上に今立っている。でも直哉くんが言った通り君は龍臣くんじゃないし、決して龍臣くんにはなれない。だから、龍臣くんに申し訳ないからとか、自分の気持ちを否定する必要なんてないんだよ」
「……」
「君は君らしく、自分の気持ちに素直になればいい。もちろん、それを相手に押し付けるのは違うけどね。その心臓のおかげで今を生きていることに悲観する必要はない。君がすることは感謝だ。感謝しながら、自分が後悔しない選択をすればいいんだ。僕は心から直哉くんを応援してるよ」
「……わかった」
後悔しない選択。
直哉はその言葉を噛み締めて、顔を上げる。
主治医は、直哉の表情を見て安心したように微笑んだ。
「じゃあ、また一年後に」
「はい」
「何か気になることがあったらいつでも来ていいからね」
「……はい。ありがとうございました」
「こちらこそ。元気な顔を見せてくれてありがとう」
主治医に片手をあげてから診察室を出る。
その足で入院していた病棟に向かい、お世話になった看護師にも挨拶をしてから病院を出た。
(俺にとっての、後悔しない選択)
それは何か、帰り道を歩きながらずっと考えていた。