「当時、好きな人ができたんだ」

「好きな人?」

「そう。今思えば初恋だった。その人はすごく頭が良くて、凛としててね。可愛いよりかっこいいっていう言葉が当てはまりそうな女の子だった。その子は医学部志望だって噂で聞いてて、もちろん成績は常に学年トップだった。その子とどうにか仲良くなりたくてね。友達伝いに好きなタイプを聞いてもらったら、"私と同じくらい頭がいい人"って言われて……」

「それで、医学部に?」

「そう。それを聞いてから、何かに取り憑かれたように必死に勉強して。それでどうにか医学部に合格したんだ」

「すごい……」

「まぁ、でも俺じゃ到底彼女のレベルには追いつけなくてさ。彼女は都内の私立大学の医学部で、俺は地方の国立の医学部が限界。結局頑張って医学部には入ったけど、彼女に告白することもできずに終わったよ」


 それがきっかけで医学部に合格したということは、地頭も良かったのだろう。
現にこうして今心臓外科医として第一線で活躍しているのを見ると、直哉はこの人も只者ではないとしか思えなかった。


「多分、俺のこと励ましてくれてると思うんだけどさ。スケールっていうかレベルが高すぎてちょっと逆に萎縮しちゃう」

「え、あれ、違った? 同じ感じだと思ったんだけど」

「そもそも先生は元々健康でしょ。俺とはスタートラインが違うんだよ。一緒にされちゃたまったもんじゃない」

「そうか、そうだな。ごめん。でも、そんな風にある日突然目標が見つかることもある。だから、今そんなに悩む必要は無いよ。直哉くんは直哉くんのやりたいことを、じっくり考えていけばいいんだ。だって、今はもう、君はなんでもできるんだから」

「……ありがとう先生」


 検査結果は特に異常が無く、直哉は一安心した。
身体は、この心臓をまだ受け入れてくれている。


「じゃあ次はまた一年後」

「……はい」

「ん? どうかしたかい?」

「いや……」


(……好きな人、か)


「ねぇ、先生」

「うん?」

「……俺、龍臣に謝らなくちゃいけない」

「……何を?」

「俺は龍臣の心臓を持ってるってだけで、龍臣じゃない。どう頑張っても龍臣にはなれない。だから本当は、優恵に龍臣のことを伝えたらもう関わらない方がいいんだと思う。自分の人生を生きていくべきなんだと思う。優恵に会うまではそう思ってた。だけど、……まだ、それは嫌だと思ったんだ」


 優恵は龍臣にとって命に変えても守りたい大切な人で。それくらい大好きな人で。
優恵もまた、龍臣を心から慕っている。
もう姿形が無くても、龍臣という人間を愛しているのがよくわかる。

 それなのに、そんな優恵に想像していなかった気持ちを抱いてしまうなんて。