お互い慣れた様子で話を進めていく二人だったものの、不意に主治医が


「それで、記憶転移の方はどうだい?」


 と聞いたところで静寂が訪れた。


「……ね、先生」

「どうしたんだい?」

「俺って、これからどうすればいいのかな」

「……どういう意味?」

「……会えたんだ。"優恵"に」

「え?」

「会えたんだよ。この心臓が教えてくれた、ドナーの幼なじみの優恵に」


 直哉の言葉に、主治医は目を見開いてから動きを止める。
ごくりとその喉が鳴る音が聞こえた。


「俺、この心臓から記憶を知るたびに、優恵っていう女の子に会いたくなった。龍臣が言い残したことを優恵に伝えたかった。それが、俺が龍臣のためにできる唯一の誠意だと思ったから。だから、ずっと探してた」

「うん、直哉くんはずっと言ってたね。だけどまさか本当に見つけるとは思わなかったな」

「俺も。だから、優恵に会えて龍臣のことを伝えたら、もう生きる目標を失ったような気がしたんだ」

「直哉くん……」


 この四年間、直哉は優恵と龍臣のことだけを考えていた。
龍臣の想いを伝えたい。その一心だった。
だけど、それが叶った今、直哉の心の中では何かが宙ぶらりんになったかのように感じていたのだ。


「実際、優恵に会えて龍臣のことを話して。なんか……よくわかんないけど、今寂しい気がする」


 心にぽっかりと穴があく。
よくそんな表現を聞くけれど、まさに今の直哉はそれだった。
死を覚悟していたのに突然生きることを許されて、その目標を決めた。

 それが叶ってしまった今、今度は何を目指して生きていけばいいのかがわからないのだ。


「だけど、俺は龍臣のおかげで生きてる。それに感謝してるから、この命を犠牲にすることなんてできない。でもどうしたらいいかがわからないんだ」


 直哉の言葉を聞いて、主治医は


「そんな、難しく考える必要はないよ」


 と小さく微笑んだ。


「生きることにそんな大それた理由なんていらない。目標がなくたって、やりたいことがなくたって大丈夫。何のために生きてるとか、これからどうすればいいとか。直哉くんくらいの歳の子なら、半分以上はそんな難しいこと考えてないと思うよ」

「……そう、かな」


 遠い記憶を思い出すように目を細める。


「……僕もね、直哉くんくらいの歳の頃はたくさん悩んだよ」

「え?」

「やりたいこともなくて、人生の目標もなければ将来の夢もない。遊ぶことが楽しくて、勉強とか進学とか、そういう現実からずっと目を逸らし続けてきて。もちろん学校の成績も酷いもんだったし、まさか自分が医学部に進むなんて考えたこともなかった」

「じゃあ、なんで」


 そんな人がどうして今医者をやっているのか。
直哉が聞き返すと、主治医は得意げに微笑んだ。