『私が私を許す日は、多分一生来ないや』


 数日経った後でも、直哉は優恵のその悲痛な笑顔を忘れることができない。

 本当は泣きたくて仕方ないはずなのに、必死にそれを隠しているのはわかっていた。
へらりとしていて締まりが無くて、それなのにその笑顔の奥には海より深い悲しみが渦巻いているようで。

 見ている方が泣きたくなってしまうような笑顔だった。


(優恵のことを、もっと知りたい。だけど、知れば知るほど優恵の心の闇に触れる気がする)


 つい先ほど偶然出会った優恵を思い出しながら、直哉は病院の待合スペースで深いため息を吐く。
どうしてあんなところにいたのか。それはわからないし聞いても教えてくれるとは思えなかった。


(もしかしたら、龍臣のことを思い出していたのかもしれない)


 直哉が声をかけた時に一瞬息を呑んだように見えた優恵。
直哉は、それを見過ごしてはいなかった。


(だからって、それを聞くのは野暮だよな)


 思わず苦笑いがこぼれる。

 優恵の様子を見て放っておけなくてしばらく公園に一緒にいた。
そのため予約時間ギリギリになってしまったけれど後悔はなかった。

 むしろ、あのまま一人で置いてきてしまった優恵のことが気になって仕方ない。


"ここにいたら風邪引くよ"

 そう言葉を掛けてきたものの、大丈夫だろうか。
制服を着ていたけれど、あの様子を見るに学校には行かないだろうというのは容易に想像できた。
今頃無事に家に帰ってくれていればいいのだが。


「佐倉さーん。佐倉 直哉さーん」


 数分して名前を呼ばれて顔を上げ、


「……はい」


 返事をしてから診察室に入る。


「やぁ直哉くん。久しぶりだね」

「……お久しぶりです」


 そこには、幼少期の手術から移植までを担当してくれた主治医の姿があった。


「どうだい? 調子は」

「まぁ、それなりに。普通かな」

「ははっ、直哉くんの普通は僕らの最善だからね。元気そうでなりよりだ」


 今日は直哉の定期健診の日。

 心臓を移植して周りの人と同じような生活ができるようになったとは言え、定期的な健診はかかせない。


「薬も今日追加分出しておくからね」

「はい」


 移植した心臓を身体が異物と判断しないための免疫抑制剤は、これから先も一生世話になるものだ。
そのため人よりも風邪を引くだけで重症化しやすく、予防のためのマスクは欠かせない。

 優恵といる時はできるだけ素顔で話したくてマスクを取ることもあるけれど、普段は常に顔の半分を隠しているし人と近づくこともしない。