「龍臣は、優恵を庇った時点で自分が死ぬことをわかってた。だけど、龍臣もドナーになることは多分想定外だったと思う」
「うん、そりゃあね」
「だからなのか、この心臓には強く龍臣の記憶や想いが詰まってる。多分、未練ってやつだ」
お互いの話を聞けば聞くほど、龍臣という人物がどれほど優しくどれほど優恵のことを想っていたのかがわかる。
「これは俺の推測だけど。きっと、龍臣は優恵のことが好きだった」
「っ、そう、なのかな」
「じゃなかったら、もっとたくさんの人との記憶が残っててもいいはずだろ。龍臣はな、笑っちゃうくらいに優恵のことしか考えてないんだよ。だから、きっとそうだと思う」
「……本当にそうだったらいいなあ。そうだったら、嬉しい。今知ってもどうすることもできないし、私が死なせてしまったっていう後悔も消えはしないけど。でも、嬉しい」
「……ってことは、やっぱり優恵も龍臣のこと」
「うん。私、オミのことが好きだった。大好きだった」
ずっと胸に秘めていた想いを、初めて誰かに打ち明けた。
「でも、それに気付いた時には、オミはもう……」
「っ……」
「失って、初めて自分の気持ちに気が付いた」
一緒にいるのが当たり前だった。
隣を見れば、いつでも龍臣がいる。そんな環境に、甘えすぎていたんだ。
だからこそ、気付くのが遅すぎた。
気付いた時には、隣には誰もいなかった。
龍臣の姿は、どこにもなかった。
苦しくて、悲しくて、後悔しかなくて、どうしようもなくて。
「だから、許せない」
「優恵……」
「大好きだったからこそ、自分が心底許せない」
あれ以来ヒールのある靴はトラウマで履けなくなってしまったし、正直信号を渡るのは今でも怖い。
けどそんなことはどうだっていい。
自分の好きな人を、自分のせいで失ってしまった。
小さなこだわりとプライドと。たったそれだけで、龍臣を失ってしまった。
その後悔は、いくら龍臣が直哉の身体を介して"自分を責めないで欲しい"と伝えることができても決して消えはしない。
龍臣を失った事実は変わらないのだから。
「私が私を許す日は、多分一生来ないや」
涙を隠してへらりと笑ってから、グラスの中のアイスティーをストローでくるくると混ぜる。
中の氷がカランと音を立てるたびに、優恵の心はなんだか寂しくなっていく気がした。
目の前で直哉が切なさに表情を歪めていることに気付いていながらも、その言葉に嘘は微塵もないと言い切れる。
「ありがとう。オミのこと教えてくれて。嬉しかった」
優恵は、その言葉を最後に無言になる。
そして、しばらくじっと窓の外を見つめていた。