「でも、仮に移植した話が本当だとしても……心臓に記憶なんて……バカじゃないの? そんなの、ありえないって誰でも知ってるよ。記憶を司ってるのは心臓じゃなくて、脳でしょ……?」

「俺もそう思ってた。だけど、実際に心臓移植で記憶が転移したっていう事例もあるらしいんだ。まぁ、医者には都市伝説レベルって言われたしそれが本当かどうかはわからないけど。でも、あり得ない話じゃない」

「そんな……」


 聞いたこともない話に、優恵は言葉を失う。
まさか、そんなことがあり得るだなんて。


「龍臣の記憶は目に見えるわけじゃない。ただ、龍臣の声が聞こえたり会話が聞こえたり。ぶわっと記憶が浮かんできたりするだけ。だから、俺は龍臣の顔も知らないし正直どんな奴かも知らない。だけど、龍臣には大切な幼なじみがいたってことだけは知ってる」

「それって……」

「そう。優恵のこと。龍臣の記憶には、必ず優恵がいた。もちろん優恵の顔も俺は知らなかったよ。だけど、昔からずっと優恵と一緒にいたっていうのはわかった。それで昨日が龍臣の命日だったから、事故現場に行けばその優恵に会えるんじゃないかと思った。それで、昨日あの交差点に行ったんだ」


 直哉は優恵の手を取り、そっと自分の胸に当てる。
優恵は、硬直しつつもその心臓の鼓動に少しずつ意識を深めていった。


(……これが、オミの心臓の音だって言うの?)


 にわかには信じ難い話だ。
しかし、聞けば聞くほど本当のことなんじゃないかと思えてくる自分もいた。
だけど、確信が持てなくて。


「……やっぱり信じられない」

「……うん。俺が優恵の立場でもそう言うと思う」

「じゃあなんで……」


 信じてもらえないとわかっていて、どうしてそんな話をしたのか。
手を離した直哉は、真っ直ぐに優恵を見つめた。


「他の誰に笑われたっていい。馬鹿にされてもいい。だけど、優恵にだけはどうしても信じてもらいたいから」

「え?」

「龍臣が最期に伝えたかったこと、龍臣の想い。どれだけ優恵のことを想っていたのかを、伝えたかったから」

「なに、それ」

「龍臣が、俺に訴えかけてくるんだ。優恵を探せって。優恵に会いたいって。優恵に伝えなきゃいけないことがあるって。龍臣が、心臓が、そう言ってる気がするんだ」

「っ……」


 思わず縋るように直哉のブレザーの袖を掴んだ優恵に、直哉は笑う。


「……何言ってんだって思うだろう。でも嘘じゃない。それだけは言える。今はまだ信じられなくてもいいよ。だけど、これだけは覚えておいて。龍臣は、優恵のことを一ミリも恨んだりしてない」


 その笑顔にどんな意味が込められているのか、昨日出会ったばかりの優恵にはわかるはずもないのに。


「恨んでない。嫌ってもいない。ただ、今でも優恵のことを大切に想ってる」


──どうしてだろう。

 その言葉が、すっと胸に入り込んできて。

 久しく渇ききっていた優恵の瞳から、一粒の雫がこぼれ落ちていった。