「……え?」
「いわゆる心臓病ってやつ? 詳しいことは親が教えてくれなかったし知りたくもなかったから俺もよくわかんない。ただ子どもの頃から色々と手術したけどどうやらダメで。あとは移植しか道は残されてないって言われてた。俺と同年代のドナーなんて日本じゃ滅多にいないから、親は海外での手術も視野に入れてたっぽい。正直俺は諦めてたよ。何年もドナーを待って、その間に何回も発作起こして死にかけて。早く死んで楽になりたいって思ったこともたくさんあった。だけどそんな時に……」
「……」
「……中一の春に、日本でドナーが見つかった」
中一の春。
その言葉に優恵の肩が跳ねる。
「個人の特定がされないようになってるから、告知なんてされないよ。ドナーが見つかったってだけ知らされた。ほとんど諦めてたから断ろうかとも思ったけど、泣いて喜んでる親の顔見たら嫌なんて言えなくてさ。それで、移植したんだ」
優恵が向ける揺れる瞳に、直哉は困ったように笑いながらも話を続ける。
「手術が終わって、目が覚めて。変な感覚がした。身体も心も俺なんだけど、何かが違ったんだ。しばらくよくわかんなくてキツかった。だけど、徐々に気付いた」
「なにを……」
「心臓がドクンドクンって動くたびに、何か訴えかけてるような気がしてさ。それで、少しずつ頭に龍臣の記憶が浮かんでくるんだ」
「記憶……」
「そう。事故で脳死になる直前までの記憶。それが、俺の頭の中に浮かんできたり聞こえてきたりする」
「のう、し……?」
「あぁ。事故のこと調べたけど、結構ニュースにもなってたんだな。その時、龍臣は頭を電柱に打ちつけたことで亡くなったらしい。骨折とかの怪我はあったけど、奇跡的に内臓には損傷が無かった。だから脳死判定になって、臓器移植の話がいったんだ」
「そんな……」
「どんな経緯でドナーになったのかはわからない。龍臣が元々その登録をしていたのか、龍臣の両親がその場で決めたのか。それは知らないけど、その心臓が今俺の身体の中にある。全部、この心臓が教えてくれたんだ」
確かに直哉の言うことは、他人には知り得ないことだった。
しかし、優恵もまた知らないことばかり。
脳死判定?ドナー?臓器移植?
優恵の両親はそんなこと一言も言っていなかった。
それなのに、急にそんな話をされてどうやって信じろと言うのだろうか。
しかし、隣に住んでいて仲が良かっただけで、普通に考えれば家族でもないあくまでも他人の間柄。
しかも娘は事故の原因となっている。
そんな優恵の両親が、龍臣の死に関して詳しいことまで知っているわけがないのもまた事実。
優恵が無事だったことを一番に喜んでいて、優恵の心の回復に努めようとしていた両親。
もしその事実を知っていようとも、それを受け止められるかもわからない優恵に伝えるはずがないのだ。