「うん……うん。そう、久しぶりに会いたいなって思ってさ……え? 何、楸、今海外なの? 次の公演は? えっ、パリ!? マジかよ、僕今日本なんだけど」

「じゃあ次帰る時は連絡するわ。てかさぁ、早くお前も俺と一緒に音楽やろうぜ」

「んー、そうだなぁ、考えとくよ」

「ったく! これだから句楽先生は!」

「まぁまぁ。そう言うなって」

「古谷と早瀬と待ってるからな!」

「うん。じゃあ、またね」



 電話を切る。楸の口が若干悪いところはもうずっと、高校の時から変わらない。

 僕のことを、気にかけてくれるところも、だ。



「さて」



 そろそろ仕事に戻るか、と公園のベンチから立ち上がる。最近はNPO団体関係で海外勤務が多いから、ここに来るのも半年ぶりになってしまった。

 見上げた先には、満開の桜。



 奇しくも、桜の咲く時期にばかり——この公園を、訪れている気がする。



 セナ。久しぶり。



“もう、忘れちゃったのかと思ったよ!”



 むっとしたように頬を膨らませる姿が脳裏に浮かんで、僕も大概だな、と思った。



「……もう10年か」



 あれから色々あった。10年間、たくさんの選択をした。音楽の道じゃなくて医療の道へ進んだこと。小児科を選んだこと。NPO団体に所属したこと。

 自分の選んだことのせいで自分が苦しんできたことだってある。



「…………」



 それでも、間違いだったとはひとつも思わない。

 もちろん、セナとずっと一緒にいようと決意したあの日の選択も。

 だって、もしもひとつだって欠けていたら、今の僕はいない。

 地獄みたいな日々を過ごしていた「僕」の選択が、今に繋がってる。



 楽しかったな。あの頃。
 利害関係もなく、ただ真っ直ぐで。



 それを思い出すと、少しだけ気恥ずかしくもなる。

 でも、それがどこか、心地よいんだ。

 たしかにあの頃の僕らは、青春していた。だから僕は、生きていける。



 ありがとな、セナ。



“どういたしまして”



 また来るよ、そう言って背を向けたとき。




「ッ」



 ぶわっと桜の花を舞い上げた春風が、僕の頬を撫でて通り過ぎていった。

 まるで、セナが撫でてくれたみたいに感じて、思わず振り返る。















“がんばれ、穂積”














 ああ。

 がんばるよ、セナ。

 セナがつないでくれたこの命、セナの分まで、精一杯生きるよ。

 だから、だからさ。
 ちょっとだけさ、そっちで、待ってて。

 精一杯生きたら、その後、ぜったいに、逢いにいくから。









 答えはない。

 ただ、やさしい春風がもう一度、僕を撫でて——空の彼方へ消えていった。


















愛とはるかぜ/完