セナを失ってどうにかなってしまうかと思ったけれど、僕の身体は8年前みたいにはならなかった。
きっとそれは、春休み中に代わるがわる僕のところに来てはいろんな話をしたり、僕のことを連れ出したり、一緒に音楽をやってくれたみんなのおかげだったんだと思う。
「文化祭とかの映像を観てさ、声かけてくれた事務所があったんだ」
「穂積、お前も一緒に音楽やろうぜ」
「プロになれるかもなんだって!」
頑なに何があったのか話そうとしない僕を、みんなは黙って受け入れてくれた。全く関係ない話をひたすらにしてくれた。感謝してもしきれない。
学校へははるみさんが毎日連絡してくれていた。定期考査は受けられなかったけれど、どうにかレポートや別の課題で成績を出してくれるように何度も言ってくれたらしい。
はるみさんは、帰ってきたその日の夜にボロボロの僕をみて、泣き出しそうな表情でパシンと僕の頬を打った。そうして、そのまま、両腕で僕を抱きしめた。
「……心配したんだからね」
「ごめん、なさい」
はるみさんの腕の中で小さく謝れば、彼女は涙に濡れた声で僕にこう言った。
「私が勝手にやってただけかもしれない。でも、一応これでも、母親代わりをしてきたつもりだったの。辛い時に、何もわからなくてごめんなさい。気づいてあげられてなくて、ほんとうに、……ごめんね、穂積くん」
はるみさんが謝ることじゃない。
だってこれは、僕が勝手にしたことで。
だけれども、どうしてか、僕もまた涙が溢れて止まらなくなった。
「……穂積くん、頑張ったね」
「……」
「セナちゃんのことだけど、彼女も何か理由があったと思うの。だから、あんまり……責めないであげてね」
わかってる。そんなの、僕が一番わかってる。
口ではあんなふうに悪態をついてしまったけれど、セナが僕を遠ざけた理由が絶対にある。それを菅田先生も知っていて、だから二人はあんなに悲しそうな顔をしたんだろう。
「セナ……」
思わずこぼれた名前に、はるみさんの腕の力が強くなる。
「……泣いていいよ。今はちゃんと、悲しんでいい時だよ」
「……ッ、う」
抱きしめてくれたはるみさんの腕の中はとてもあたたかくて、次々と涙が溢れてくる。
「どうして、セナは僕についてきたんですか」
「……」
「どうせ……どうせこんなことになるくらいだったら、初めから断ってくれればよかったんだ」
「……うん、そうだね。でもさ、きっと……セナちゃんも一緒にいたかったんじゃないかな」
「……っ、う、でも、そしたら何でっ」
「辛いね。ごめんね、何もできなくて」
はるみさんの手のひらは、あたたかい。同時に思い出すのはまろやかな体温。
こんなふうになってまでも、僕は——セナのことを思い出してばかりいる。忘れるには一緒にいる期間が長すぎた。そこら中にセナの気配がするんだ。