目の前から色が消える。気が付けば僕は、じっとセナを見つめたまま、ボソリと毒を吐いていた。
「お前が、AIじゃなければよかった」
「……っ」
セナが驚いたようにこちらを見た。その大きな瞳に映るのは、まるで能面。真っ白で今にも倒れそうな男がこちらを見返していた。
その男は、言う。まるで台本をそのまま読んでいるみたいな声色で、淡々と言う。
「そうやって怒るのも、学習の結果なんだろう? 僕のことを好きだとそう言ったその知能で導き出した、この場に一番ふさわしい解答なんだろう?」
止まらない。一度堰を切った怒りは、喉元を越えて溢れ出る。
「お前は、満足か? 僕のことを堕として、それで任務完了。ご褒美でも出るのかよ?」
「……ほづ」
「呼ぶな」
「え……?」
「その口で、僕の名を、呼ぶなよ」
“穂積”
悔しい。苦しい。
なのに、どうして。どうして、こんなに、涙が止まらないんだ。
「機械の、くせに」
「……」
「……つくられた人工知能のくせに」
「……」
「——愛してるなんて、人間みたいなこと……言うなよ!」
はぁ、と息が切れた。気がつけば泣いていた。もう何が何だかわからなかった。
「帰ろう、穂積くん」
菅田先生。僕はあなたも、もう、信じられない。どうして、放っておいてくれないんだ。
知っている。これが僕のわがままだってことくらいわかっている。それでも、今の僕には、何も分からない。
「先生は、僕らの、味方じゃなかったんですか」
「……僕は、ずっと君たちの味方だよ」
「じゃあ、何で。何で放っておいてくれなかったんですか」
「……」
菅田先生は苦しそうな顔をする。
何で。
セナも菅田先生も、どうしてそんなに、悲しそうな顔をするんだ。
こうして僕らの短い逃避行は終焉を迎えた。
菅田先生の運転する車で病院へ戻る。助手席にセナ、後部座席に僕。車の中は始終静寂だった。
流れていくテールランプをぼーっと見つめて、思う。終わってしまえばまるで夢みたいだった。
そうして、ああ、これが春の夜の夢か、とひとりで納得した。