いつもと同じだった。
数日後、僕らは小さな箱庭みたいな次のホテルに入った。出発してから2週間以上が経過していた。僕らはもう、元いた場所からかなり離れていた。ここだったら4、5日連泊しても大丈夫だろうという場所だった。
近くに有名な桜の名所がある場所だった。ちょうど桜は見頃だった。
セナがパーツ調整をするからと言って、僕は食料調達に出かけた。
全くいつもと変わらない。
だから、いつも通り、ベッドの上から「おかえり」と言ってくれるものだと、そう思っていた。けれども、カードキーで扉を開けた僕を待っていたのは、セナだけじゃなかった。
「……おかえり、穂積くん」
目を見張った。心臓がドクンと大きく脈打った。
「……菅田先生……」
そこには、じっとこっちを見据える菅田先生と——ベッドの端に腰掛けて俯いているセナがいた。
どうして。
どうして、ばれたんだ?
だって、菅田先生に連絡なんて、一度も——、
「……ごめん」
「……え? ……セナ?」
信じられなかった。ごくりと喉が鳴った。僕のものか、それともセナのものか。
「ごめんってことは……セナが、この場所のこと、言ったの?」
「……」
「そんなの、嘘だろ?」
だって、セナは言ってくれた。僕とずっと一緒にいたいと、そう言ってくれたじゃないか。
「何で、セナっ」
俯いているセナに駆け寄った。顔を覗き込む。
「セナ」
「……穂積。わたしはね、AIだよ」
「ッ」
なぁ、教えてくれよ、セナ。お前がAIだっていうならさ。ほんとうに僕を遠ざけたいと思ってるならさ。
なんでお前は、そんなふうに笑うんだ。そんなにも——切なそうに、笑うんだよ。
セナの表情に何も言えなくなった僕は、ただ、彼女の前で項垂れるしかなかった。そんな僕を見て、セナはベッドから立ち上がる。
視線が、混じる。
「穂積。AIはね、人間を助けるものなの」
「……セナ?」
「だから……助けを必要としていない人間の傍にいたら、ダメなんだよ」
プツン。
僕の頭の中で、何かが、切れたみたいな音がした。
「またそうやって、お前も僕を置いていくのかよ」
「……違うよ。聞いてよ、穂積」
嫌だ。聞きたくない。
嘘だったのか?
愛してるって、そう言ったのは。ずっと一緒にいて欲しいって、そう言ったのは。
愛しているなら、なぜ、そばに置いてくれないんだろう。愛しているなら、どうして、ひとりぼっちにするんだろう。
なぁ、セナ。
「答えろよ……セナ」
「——愛してる、からだよ!」
今までじっと黙って僕の言葉を聞いていたセナが突然、叫んだ。
「愛して、あいしてる、から……だから、」
げほげほとセナが咳き込む。変だ。彼女はただの機械のはずなのに、何で咳なんてしているんだろう。
「……セナ。あまり大きな声を出すんじゃない。身体に触るだろう」
「……そうでした。ごめんなさい」
「体液組成のpHは安定しているのか? バソプレシンは? 受容体は?」
「……最近、測ってないからわからないです」
目の前でなされている会話の意味は、ほとんどわからない。
当たり前だ。
僕が彼女について知っていることなんて、ほとんどないのだから。