その日からずっと、僕らは箱庭みたいな小さな部屋ばかり借りて、小さなベッドにふたりで入って、くっついて寝た。
抱きしめ合っていても、とても狭かった。でもそれも最上級の幸せだった。
そうして僕らは旅を続けていた。
「ご飯どうする?」
「んー、ちょっと今日、パーツ調整したいかも」
「おっけ、そしたらなんか外で買ってくるね」
セナは週に二度ほど、身体のパーツ調整をしていた。パーツの調整の間、僕はいつも1時間か2時間ほど、その辺の繁華街で時間を潰していた。
今日はどこにいくか。そう思った時、昼間にセナが欲しがっていたワンピースのことが脳裏に浮かんだ。
もうすぐ、僕らが出会って8年になる。セナと初めて会ったのは、桜が舞い散る春のことだ。そろそろ桜も咲き始める。ちょうどいいかもしれない。
記念にあれを買って、セナにプレゼントしたらどうだろう。
我ながらとてもいい考えだと思った。
閉店時間を調べたらまだギリギリ間に合いそうだった。僕はもう一度バスに揺られてそのショッピングモールに向かって、セナの言っていたワンピースを手に入れた。
レジでお姉さんが「プレゼントですか?」と聞いてきた。
「……はい」
うなづく時に、少しだけ気恥ずかしかった。
そういうのも、思い出になるのかもしれないと、そう思った。
女物のブランドの袋を持っているのが恥ずかしくて、食料品を買うためのエコバッグにシワにならないようにそっと詰め替えた。お惣菜を買った時にはもう一枚ビニールをもらえばいい。
そうして僕は、ワンピースと食料と共にホテルに戻った。
「ただいま」
カードキーでドアを開ければ、セナはベッドの上から「おかえりー」と僕に向かって手を振った。
「ご飯買ってきたよ」
「わーい」
「セナって食料いらないっていうわりに食うのは好きだよな」
何ともなしにそう言えば、セナは少しだけ黙って、「……だってさぁ、味覚もちゃんと作られてるんだもん、おいしいものは食べたいでしょ?」と言い返してきた。
「はいはい」
「もーテキトーなんだから」
そう言いながらも、買ってきたお惣菜を並べるのを手伝ってくれる。
「お湯沸かしてくれる?」
「はーい」
冷蔵庫からミネラルウォーターを出したセナはケトルに入れてセットする。
セナが後ろを向いた瞬間に、さっとワンピースを取り出した。うん、ラッピングも綺麗なままだ。
「セナ」
「ん?」
くるりとこちらを向いたセナに、「これ」とワンピースを手渡した。
「え……?」
「セナに、プレゼント」
触った感覚でわかったのか、セナはラッピングを開けもせず、そのままぎゅうと抱きしめた。
「嬉しい、ありがとう穂積」
「……開けてみて」
「うん」
実際にワンピースを目にしたセナは、本当に嬉しそうに笑った。そうして、何度も「ありがとう穂積」とお礼を言ってきた。
そんなに喜んでくれるなら、もっと早くプレゼントすればよかった。そう思うくらいに、セナは嬉しそうだった。
「ねぇねぇ、ご飯食べたら、これ着てお散歩したいな」
「いいよ、どこらへん歩こうか」
「あのね、さっき調べてたんだけど、近くに川があるんだって。その辺はどうかと思って」
「了解」
幸せが溢れる。こんなに幸せでいいのかと、そう思う。
松村くんの言葉が蘇る。
“たったひとときでも、好き合っていられるなら、幸せじゃない?”
うん、確かに、幸せだ。
「どう、穂積」
白いワンピースに身を包んだセナは、お世辞抜きで本当に可愛かった。
「可愛い」
「嘘、穂積がそんな直球に誉めてくるなんて」
「だって可愛いもん」
「……逆に照れるんだけど」
今すぐ抱きしめたい気持ちを堪えて、僕らは近くの川の土手をゆっくりと歩いた。夜だけれど随分と気温もおだやかで、過ごしやすかった。
川原には桜の木がたくさん植えられていて、早いものだと少し花が咲いているものもあった。
「桜、咲いてるね」
「来週くらいには、満開じゃない?」
「じゃあさ、今度はお花見しようよ」
「いいけど」
「やった。穂積とお花見するときもこのワンピース着よーっと」
セナはぴょん、と喜ぶ。
「あ、そう言えば今日、三年生を送る会だったって」
「そう。演奏はうまくいったって?」
僕はポケットからスマートフォンを取り出して、送られてきた写真をセナに見せる。
「……大成功みたいね」
「そうだね。まぁ成功しないわけがないよね」
ロック画面に戻してポケットにしまい込む。余計な通知が来ないように、基本的には機内モードにしている。
もうすでに、菅田先生からの連絡は百を超えている。
ごめんなさい。菅田先生。
でも、今、この時だけでもいいから——見つかるまで、セナと一緒にいさせて欲しいんだ。