その日の夜。

 いつも通りお風呂を上がって部屋にもどると、そこにはいつも通りのセナがいた。



「おかえり穂積」

「……セナ、話が、ある」

「んー? なになに」

「ちょっと、こっち、きて」



 そう呼べば、セナは「穂積がくればいいじゃない」と言いながらも読んでいた雑誌を閉じて僕が座っているベッドの横に、ちょこんと腰掛けた。

 だから僕は、セナの前に立ち上がる。目線を合わせるために、膝立ちになる。

 そうして、じっとセナを見つめる。



「? 穂積?」



 どうしたの、と言いかけたセナに——提案した。



「セナ、逃げよう」

「え?」



 目を瞬くセナ。



「穂積?」

「この間の定期検診で、菅田先生に言われたんだ。もう完治も夢じゃないって」

「……っ」



 その一言でセナは僕の言いたいことを理解したように、目を見張った。



「セナは、“アイ・ターミナルケア”の治療用AIで、僕はその被験者でしかない」

「……うん」

「でも、僕——どうしても、セナと一緒に、いたいんだ」

「…………」



 セナはじっと僕を見つめている。泣き出しそうに瞳が潤んでいる。



「セナ。僕はずっと、セナのことが、好きです」



 ようやく言えた。

 一度言ったら、感情が溢れるように流れ出す。



「ずっと、ずっと好きだった。いつからなんてそんなのわからないくらい、ずっとセナのことが好きだった」



 セナは、きゅっと唇を噛み締めて、その長い睫毛を伏せた。瞳は影になって見えない。



「諦めようと思った。だってセナはAIで、僕はただの患者だ。……でも、無理なんだ。セナのいない未来なんて、考えられないんだ」

「で、でも、わたし——」

「セナは最初に言ったよな。僕が、自分で自分のこと好きでいられるように、そうするのがわたしの仕事ですって」



 僕の剣幕に押されるように、セナは目を丸くしたままひゅっと息を呑んで——そうして、そのままこくん、と小さくうなづいた。



「僕は今まで、誰かのことを、そうして、自分自身を貶して生きて来た」




 でも、それじゃ——ダメなんだ。





「僕は、それじゃ、僕のことを好きになんてなれなかった。当たり前だよな、だって自分で何かを決めたことなんてなかったんだから。いつだって誰かのせいにして」

「ほづ、」

「でも」



 セナ。



「セナが、みんなが、教えてくれたんだ。生きていくことはちゃんと、楽しいものだって」



 小学生だった僕が塞ぎ込んでしまっていたとき、学校に連れ出してくれたのはセナだった。偏頭痛が悪化してあまり学校に通えなかった中学のとき、高校進学を諦めそうな僕の傍で応援し続けてくれたのもセナだった。両親へのトラウマを乗り越えさせてくれたのも、友達と呼べるひとができたのも、



 全部、セナがいたから——。



「セナ」



 セナの手を取った。驚いたようにびくんと震えた白い手のひら。あたためるように包み込む。そうしてそのまま、ぎゅっと握りしめた。



「僕は、セナとの未来を選びたいんだ」

「……」

「セナと一緒にいることを——選ぶよ」