愛とはるかぜ




 そこで、ふと、顔を上げた。偶然話が途切れたから。ただそれだけだった。

 別にみんなの様子を確認しようとか、そんな意図はなかった。

 だけれども、顔を上げた先には、真剣な顔で僕の話を聞いているみんながいて。

 その表情に、胸が、苦しくなった。



「……句楽くん」



 松村くんは、泣いていた。



「お前今まで、頑張ったなぁ……」



 古谷くんも、目を潤ませていた。



「もっと早く言いなよ、そういうの……」



 早瀬なんかもう涙でぐちゃぐちゃだった。

 楸は俯いて、そのままそっと僕を抱きしめにきた。

 触れた部分に熱がともる。ツン、と鼻の奥が痛くなる。熱くなった目頭を誤魔化すみたいに俯いた。



「お前のこと、なんもわかってなかったわ、自分が恥ずかしい」

「そんなこと、ないよ」



 だって僕は君たちから、いろんな物をもらったんだ。

 胸を張って自信を持つ気持ち。強くあろうとする姿。自分を認める尊さ。夢をあきらめない気持ち。

 それがあったから、今、こうして、生きているんだ。

 と、古谷くんがずずっと鼻をすすって、マイク片手にガッツポーズを決めた。



「よっし! 俺らが穂積のためにひと肌脱ぐぞ!」

「え」

「おう!」

「まかせろ!」

「おー!」

「いやいやいやちょっと待って」



 何でそうなる。



「よし、手始めに、桜庭に電話だ」

「は!?」

「任せて!」

「待って早瀬!」



 慌ててスマホを持った早瀬を止める。



「何で止めるんだよ」

「何で電話するんだよ」

「桜庭呼び出して告白するために決まってんだろ」

「ねぇ僕の話聞いてた?」



 みんなはこくこくと縦にうなづく。マジかよ。聞いてたとしたら読解力なさすぎだろ。



「100歩譲って告白するにしても、僕にも心の準備とかあるじゃん」

「は? お前何言ってんの?」



 いや僕変なこと言った? 至極真っ当だと思うんですが。



「お前はさ、十分準備してるじゃん」

「え」

「だってそうだろ。桜庭の気持ちも考えてるし、お前自身の怖いって気持ちにもちゃんと目を向けてる。でも、その上で、好きだから考えちまうんだろ。それでも諦められねーから、告白したいって、そう思っちまうんだろ」




 楸の言葉は、じわりと僕の胸に直接届く。

 咲さんが好きな楸は、ずっとそうやって、生きてきたんだろうか。



「でも、もし、告白してうまく行っても、僕らはずっと一緒にいられるわけじゃない、」



 慌てて言葉を重ねる僕の肩に松村くんがそっと手を置いた。



「……いいじゃん、それでも」

「え?」

「たったひとときでも、……好き合っていられるんだ。それのどこが嫌なの?」



 松村くんの優しい瞳に、ぎゅうと心が痛む。彼の心中からでた言葉は僕の心をうがつ。



「むしろ、今のままタイムリミット迎えてもいいのかよ」

「……それは」

「大事な人がすぐ傍にいる時に、ちゃんと言えることは伝えろよ……なんて、お前も大事な人、亡くしてるからわかると思うけどさ」



 古谷くん。お父さんの代わりに、底抜けに明るい彼は、まるで太陽みたいに僕に向かって微笑む。



「一回ダメでも諦めんなよな、句楽」

「早瀬」

「あたしも諦めねーからさ」



 ぎゅう、と握られた拳。早瀬の心の決意。

 みんなの思いから出た本物の応援は、僕の心を揺らして、その背をぐいっと押してくれる。



「どっか知らないとこに逃げろよ、穂積」

「……え? でも」

「お前、ちゃんと自由にできる金あるじゃん。カードも持ってるし。今時、ホテルとかも全部ネットで取れるし、お前大人っぽいし、捜索願出されなかったら勝ちだぜ」

「そしたら、演奏は……?」

「どうにかなるよ、任せてって」



 今度はあたしもちゃんといるし、と早瀬は僕にピースサインをかます。



「学校はこっちでなんとかするから」



 何もない。
 見通しも、計画も、何も。

 それでも、彼らは僕の背を押す。

 自分も一緒に手を汚してまで、僕の背を押してくれるんだ。



「きっと、迷惑かけちゃう、よ」

「ばーか、今更だっつーの」

「そうそう。それよりも、句楽くんの恋路の方がずっと大切だよ」

「なんで、そんなに、」



 やばい、泣いてしまいそうだ。もうすでに心臓はバクバクと脈打って、世界は潤んで見える。



「だから、お前はもう、俺たちの、」




 ——友達、だろ。




「……ありがと、みんな……」

「わははは! 泣くなよ穂積!」

「セナちゃんとうまくいくといいね」

「うん……」



 みんな。ありがとう。
 本当に、ありがとう。







 僕は、みんなの思いを背負って、ついに、一歩を踏み出した。