次の日。
僕らは3年生を送る会で演奏するための曲を練習していた。相変わらず松村くんの家のスタジオで、古谷くん、松村くん、早瀬、楸のメンバーで。
今度こそは全員で出るぞと誓ったあの日から、もう半年近く経過した。毎日が充実していると時の流れは早いものなんだと初めて知った。
今日はセナが定期検診の日だったから、ここには来ていない。
そして僕は、昨日の菅田先生の話が頭から離れず、心ここにあらずの状態だった。
きっと僕みたいな患者はこの世界にたくさんいて、セナはその人たちを救う存在だ。
僕だけが占領していいものじゃない。
それは、理解している。わかっている。
それでも、どうしても、好きなんだ。どうしても、離れたくないんだ。
どうしたらセナと一緒にいられるのか。
そればかり——考えていた。
「穂積」
「…………」
「おい穂積ってば!」
呼ばれてハッと意識を戻した。焦点が合った先には、古谷くんがいた。
「聞いてた?」
「あ、ごめん、聞いてなかった」
「だー、お前今日集中力なさすぎ!」
キーッという声までもマイクが拾って拡散するものだからすっごくうるさくなった。早瀬にバコンとはたかれた古谷くんに二重の意味を含めて「……ごめん」と謝る。
すると、思ってもみない方向からのフォローがあった。
「まあ、誰しも調子が出ない時ってあるよねー」
「……早瀬?」
「そうそう、お腹空いてる時とか特にね」
「そりゃお前だけだろ松村」
「ばれた?」
松村くんに突っ込む楸。
「てわけで」
楸がやれやれと言ったふうに、僕を見る。
「穂積、お前は今、俺たちの助けは必要か?」
「っ」
楸の鋭い視線の中に見えた優しい光に、息がつまる。ドクンドクンと心臓が鳴る。
「……何で?」
「句楽くん、悩んでいることがあるんだろう? 僕らでよければ、相談に乗るよ」
「……でも」
きっと困る。
こんな——こんな重たい内容なんだ。
それでも、彼らは笑う。
僕に、優しく笑うんだ。
「あたしたちだってさ、お前の役に立ちたいんだよ」
「遠慮すんな。助けてほしい時は、助けてって、そう一言、言やぁいいだけなんだ」
いいんだろうか。そうやって、差し伸べてくれた手のひらに、つかまってもいいんだろうか。
「……助けて、くれるの?」
「もちろんだよ」
「当たり前じゃん」
「穂積にはだいぶ助けてもらってるしな」
「なんでも言えよ、笑わねーから」
その言葉に、ギリギリで堪えていた感情が——溢れた。
「……僕さ、……セナのことが、好きなんだ」
初めて人に話した。きゅう、と胸が苦しくなった。
「おう。そんなんみてたらわかる」
「告白はしないの?」
「桜庭もまんざらでもねーと思うけど」
「……できないんだ」
「……どうして?」
「……彼女は、桜庭セナは——」
そして僕は、たくさんのことを話した。
今まで誰にも言ってこなかったこと。
父さんのこと。母さんのこと。音楽ができなくなった理由。
生きる意味を見失っていたこと。
そして——セナのこと。
全部話した。
ほんとうに、全部。
きっと話したらだめなこともたくさんあったんだと思う。それでも、僕らは、彼らを信じるってそう決めたんだ。
「……セナはAIだけどさ、すんごい、いい子なんだ。きっと僕が気持ちを伝えたら、悩んで苦しんじゃうと思う。僕を救わなきゃいけないことと、AIとしての使命感との板挟みになってさ。だから、」
だから、僕はずっと、セナに気持ちを伝えることができていない。
「セナには苦しんでほしくないんだ。それに、」
ここからは今までの僕だったら絶対に言わなかったことだ。けれども、このメンバーになら——話せること。
「……怖いんだ。セナが僕のことを何とも思っていなかったらどうしようって思うと。彼女の今までの行動が全部、僕の治療のためだけのものだったら、どうしようって、そう思っちゃって」