「その後、父さんは亡くなってしまった患者さんをね、解剖したんだ」
「……勝手に?」
「もちろん、現地のスタッフと一緒にだよ。日本にいた代表にも了承をとってからの解剖だった」
父さんが、解剖という手段を取らなかったのには理由があった。父さんも解剖することでしか原因を探れなくなっているのは知っていた。だって僕にもわかるくらいだ、当時すでに医者だった父さんがわからないはずがない。
それを僕の発言が後押ししてしまった。
「父さんの判断のおかげで、原因があらかた突き止められた。対処の方法もわかって、その後は随分たくさんの人が助かったらしいよ」
そうして、それから1ヶ月後。
「父さんと母さんから連絡が入ったんだ。明日こっちを発つから、もう少しだけ待っててねって」
テレビ電話だった。現地に売ってる謎のお守りやら、変な飲み物やら、いろんなお土産を僕に見せた後、本当に嬉しそうな顔をして『もうすぐ会えるね』とそう言った。僕は父さんと母さんが帰ってきたら自由にゲームできなくなるなぁ、なんて呑気なことを考えていた。
それでも、ふたりの憔悴しきっていた顔は少しだけ艶が戻っていて、それを見て安心したのを覚えている。
『あの日穂積が解剖したらって言ってくれたから、たくさんの人を救えたよ』
『それは、よかった』
少しだけ誇らしかった。僕だって、ちゃんとふたりの役に立てるんだってそう思った。
『じゃあ後は、ちゃんと無事に帰ってきてよ?』
そんな憎まれ口を叩けば、ふたりは楽しそうに笑った。
『いつもごめんな、穂積』
『だいすきよ、穂積』
ふたりはいつも通りだった。
また、数日後には会えると信じて疑わなかった。
それなのに。
それなのに——、
「穂積……?」
セナに名を呼ばれて、ハッとした。どくどくと心臓が大きく脈打っていた。セナを見れば、彼女は心配げにこちらを見つめていた。
「ごめん、大丈夫」
「無理しなくて、いいよ」
セナは、申し訳なさそうにそう言った。
「ううん、セナに、聞いて欲しいんだ」
ごくり、と喉が鳴った。セナは僕の手をしっかり握った。その感触を確かめながら、僕は言葉を続ける。
「父さんと母さんは、——その夜、襲われたんだ」
ぴくりとセナが動く。
「え……?」
「犯人はもちろんすぐに捕まったよ。誰だったと思う?」
「……まさか、」
AIのセナにはそれだけですでに見当がついているのだろう。ぎゅうと手のひらを握りしめられる。僕も、握り返す。
「そう——患者の、家族だよ」
父さんも母さんも、一生懸命にただ命を守ろうとしていただけなのに。
原因を探って、それに対応する薬を作って、これ以上その伝染病を流行らせないようにと、——まだ小学生だった僕を日本に残してまで、現地の人たちを救おうとしていたのに。
「父さんと母さんは、現地の人に殺された。懸命に命を守ろうとしていた相手に、殺されたんだ」
父さんと母さんを殺したのは、解剖させてもらった患者の家族だった。その国では亡骸を傷つけることは禁忌だった。神に背く行為だった。死者への冒涜だった。
患者の家族は、すぐにその国のしきたりで裁かれた。僕が全てを知る頃には、もう、何も残っていなかった。
誰も悪くない。
父さんはみんなを救うために、その地域の近畿だと知りながらも、解剖した。
患者の家族は患者のために父さんと母さんを殺した。
国が違う。文化が違う。信じているもの、正義が違う。
それだけのことだ。
恨む相手なんて——誰も、いなくて。
苦しかった。やりきれなかった。
やり場のない憤りをぶつける先に僕が選んだのは、父さんと母さん、そして、医療という職業だった。
すぐに帰るって、約束したくせに。
また一緒に歌おうって、そう言ったくせに。
「僕は、父さんが嫌いだ。母さんも嫌いだ。医者という職業なんて、もっと嫌いだ。たのしかったことなんて全部忘れてしまえたらいいのにって思っていた」
「……」
「忘れるべきだって、そう言い聞かせて、ずっと——生きてきた」
本当の原因から、目を背けて。
自分のせいであるという現実から、逃げてきた。
「本当に許せないのは、自分だった」
僕のあの一言が、これだけの惨事を引き起こしただなんて、信じたくなかったし受け入れられなかった。
それでも、事実、そうなのだ。
『解剖したら?』
あの言葉が、父さんと母さんを死に追いやった理由。
「父さんと母さんを殺したのは——……僕だ」