なんの真似だよ。初めはそう思った。数秒待った。何も起こらない。



「セナ……?」



 セナは起きない。まるで人間のように、ただ、そこに倒れたままだ。

 ひゅっ、と息が溢れた。

 セナ? なんで?



「セナ? ……セナ、」



 起きない。強請っても彼女の瞼は固く閉ざされたままだ。なんで。お前は機械だろ。起きろよ。

 そうして僕は気が付く。セナが寝ているところを見たことがない、ということに。セナはいつだって僕より早く起きていて、いつだって僕が消灯するのを確認してから部屋を出ていくから。

 セナの大きな瞳が閉じていることが、余計に怖くなった。



「セナ!」



 僕の声にかぶさるように「桜庭!?」と声がした。

 ハッとして振り向けば、そこには楸、古谷くん、松村くんの姿があった。3人ともセナが倒れているのを見て、慌てて僕らの周りに駆け寄ってくる。



「桜庭、おい!」

「僕、看護師さん呼んでくる……!」

「待て松村、おい句楽! 桜庭の担当は誰だ!」

「……え、古谷くん? なんで、僕さっきあんなに酷いことを言ったのに、」

「バカかお前は!」

「でも、別に君たちがセナを助ける理由なんて——」



 バチン! と頬を叩かれた。



「何言ってんだ、しっかりしろ! 桜庭が倒れてんだぞ! 喧嘩してるからとかカンケーねぇだろ! お前にしかわかんねーんだ!」



 目が、覚めた。



「……っ、小児科の菅田先生。僕の名前も出してくれて構わない」

「了解、菅田先生ね!」



 そう言った松村くんはナースステーションの方へ向かっていく。その間に楸はセナの体を仰向けにする。



「やっべ……これであってる?」

「わかんねぇ、でも、」



 楸の手は震えていた。当たり前だ。知り合いが目の前で倒れているのだ。僕は、古谷くんに叩かれた頬の内側をきゅっと噛み締めて、焦るふたりに手を貸しながら指示を出す。



「仰向けじゃない。横向き」

「穂積?」

「横向きにして、気道確保」

「——了解!」



 脳内の知識を必死で呼び起こす。昔の記憶が呼び覚まされて、頭痛が襲う。それでも、今思い出さなければセナが危ない。

 腹部を見て呼吸をチェックする。セナはAIだけれどできるだけ人間に似せて作られているから、基本的には同じように確認すればいいだろう。セナのお腹はかなり早い速度だけれど、均等に動いている。この状態だと心肺停止状態までは行ってない。

 そう判断を下した時、バタバタと廊下の向こう側から菅田先生と看護師さんたちが走ってきた。


「穂積くん、セナは?」

「いきなり倒れました。……僕が、かなりストレスをかけたから」

「そうか……」

「一応、呼吸正常です。かなり鼓動は早いけど」

「……穂積くんが見たのか?」

「はい」



 菅田先生は何かを推し量るように僕をじっと見つめて、それから安心させるようにニコッと笑った。



「正解だ。このままセナは穂積くんの病室に連れて行って、そこで様子を見ることにするね。おそらく負荷がかかってどこかにバグが生じたんだと思う。安静にしていればすぐに目を覚ますだろう」

「わかりました」



 菅田先生と僕が話している間に、セナは看護師たちに担架に乗せられて移動していく。



「このまま安静にしてれば大丈夫だって」



 菅田先生に聞いた容体を伝えたけれど、3人は静まり返ったままだった。

 そりゃそうだ。だって僕はあんなに酷いことを——。



「!?」



 古谷くんにいきなりガッと手を掴まれた。



「句楽、お前すげーな!」

「医療の知識もあるんだね……今度僕にも教えてよ」

「穂積ってまじ何もん?」



 口々に僕のことを褒めてくる3人。僕は、てっきりみんなが怒っているかと思っていた。



「……あれ? 穂積?」

「……怒ってないの……?」

「ああ、さっきの?」



 楸はくっと笑って、「そんなんで別に怒んねーよ」とそう言った。



「な、なんで……?」

「なんでって、そりゃ、なぁ」



 楸は松村くんと古谷くんを振り返ってもう一度「なぁ」と言う。松村くんは「そうだねぇ」と笑う。

 全然意味がわかってない僕に、古谷くんが「あのなぁ、句楽」と口を開く。



「俺らはさ、お前に何回も助けられてんの。そんな一回酷ぇこと言われたからはいじゃあ友達やめますーなんて薄情な間柄じゃねーのよ、もう」

「そうそう」

「そもそも、句楽くんがいなかったらこのバンドもここまで成長しなかったしね」



 松村くんもにひひと笑いながら僕に向かってそう呟く。



「……そう、なの? でも僕、ギターだけは弾けないって断って、みんなの思いを台無しに、」



 言いかけた言葉は途中で止まる。

 楸が、バシンと頭を叩いてきたから。