それから僕らは、夏休み中、毎日のように松村くんの家のスタジオに集まった。

 あーでもないこーでもないと言いながら練習をしたりコンビニに行ったり、そしてたまにファミレスで息抜きをしたりした。

 僕とセナはそんな日常は初めてで、目がまわるくらい忙しかった。それでも、頭のどこかに明日が来るのが楽しみになっている自分がいた。

 あんなに「楽しむ」ことが怖かったのに、気がつけば、僕は当たり前のように毎日を「楽しい」と思って過ごしていた。まるで気づいたら朝の挨拶をしていた時のように。

 相変わらず、生きている意味はわからない。

 今でもたまに、心の中の10歳の僕が思い出したように頭痛を引き起こす。でも、前みたいに「楽しい」と思うことを止めてはこない。それはきっと普通に近づいたということで、トラウマから少しだけ脱出したということなんだろう。

 僕が完全に普通になったとしたら——10歳の僕は、消えてしまうんだろうか。



「それにしてもあっついねー、止まらない地球温暖化って感じ」

「そうだね……」



 もうあと少しで9月だというのに、気温はすでに30度を超えているだろう、じりじりと焦がすような太陽光。あちらこちらで蝉が鳴いている。



「どうしたら地球温暖化ってとまるんだろ……」と言いながらタオルで汗を拭く松村くん。ちなみにタオルはフェイスタオルじゃなくてほぼバスタオルみたいなサイズのでっかいやつだ。それでももう拭き取れないほどの汗をかいている。

 どうして僕が松村くんと二人でコンビニまでの道を歩いているのかというと。

 コンビニにお昼ご飯を買いに行く役目を仰せつかっているからだ。ちなみに決め方は男気じゃんけんだ。



「そのアフロさ、暑くないの?」



 松村くんは年中アフロヘアだった。だから僕は、彼の存在だけは去年から知っていた。どうしてアフロヘアにしているのかは今まで聞いたことがなかったけれど、意外と過ごしやすいとかなのか?

 そう思って尋ねてみたけれど、松村くんは僕が言葉を言い終わる前に「暑い」と一刀両断した。



「……切らないの?」

「うーん」



 松村くんは少しだけ迷うように瞳を揺らして、「ま、句楽くんだったら、話してもいいか」とひとりうなづいた。



「小学校の頃に、この髪型を褒めてくれた人がいるんだ。似合ってるからそのままでいなよって」

「へえ」

「あのさ、今からする話……ちょっと重いんだけど、僕はもう別になんとも思ってないから、深刻に受け止めないでね」



 そう前置きをした松村くんは、にっこり笑ってまた汗を拭いた。



「僕さ、小学校の頃、お父さんの勤めてた会社が倒産しちゃって、すっごい貧乏になっちゃって。美容院行くお金もなくてさ」

「……」



 思ったより深刻な話だった。気にしないでと言っていたから大丈夫だろうけれど、なんだか最近こういう話を聞くことが多い気がする。そんなことを思う僕の隣で松村くんは話を続ける。



「めっちゃくちゃ天パだから、ほっとくとこうやってアフロみたいになっちゃうんだけどね」

「うん」

「小学生のアフロなんてさ、格好の餌食じゃん? しかも僕こんな性格だから、当時はたくさんからかわれちゃって」

「それを止めてくれたの?」

「……ううん」

「え?」



 話の流れ的にはそれを止めてくれた子がいた……みたいな方向かと思ったのだけれど、どうやらそうではないらしい。



「いじめとまではいかなかったけど、そうなっちゃいそうだって先生が思ったんだろうね、クラスで集会みたいになったんだ。松村くんの髪型をからかうことは良くないことです、やめましょう、みたいな」

「あー……」



 正義感の強い先生がよくやるやつだ。自分がクラスの子を守ったという満足感が欲しいだけ。そうやって注目の的にされた子がその先、更にいじめられるとも知らずに。



「その先生も別に僕のことを守ろうとしてやってくれたことだから、悪気はないと思うんだけど」

「……悪気がないのが、けっきょく一番悪だと……思う」



『       』



 ずきん。頭の芯が痛んだ。