誰かが僕の名前を呼んだ気がして、うっすらを目を開いた。カーテンの隙間から差し込む光が瞼の上をくすぐる。かけ布団の上に出た腕がひんやりと冷たい。

 ああ、5月になったとはいえまだ朝は肌寒い——そう思いながら寝ぼけた頭で枕の上に右腕を伸ばす。触れたスマートフォンの無機質な感触に、いつも通り自分の顔の前に引っ張って、時間を確認しようとした。



「……あ?」



 ゆるゆると覚醒してきた意識のすみで、何かが違うと思う。そう、スマホってこんなに細長くない。これはスマホじゃない。

 じゃあ今僕が掴んでいるのは何だ?



「……」



 一度手を離そうとして指に入れた力を緩めたけれど、その細長いものはぎゅっと絡みついて離れない。そう、まるで意志でもあるような——

 と、その時。



「ホヅミってばずいぶん積極的」

「ッ」

「そんなに熱烈に指握られても、困ってしまうワ」



 
 すぐそばから声がした。知っている声色に、ようやく体の力が抜ける。




「おまえか……セナ」

「ホヅミ、おはよう」




 ずっと昔から変わらない小さな身体。艶やかな髪。陶器のように白い肌。大きな瞳。

 アイドルみたいに可愛らしい彼女は、名前を、セナという。




「……ねぇ、別にもう起こしにこなくていいって言ったよね。何でここにいるの」



 噛み殺しきれなかったあくびをこぼしながら、僕はセナに向かって尋ねる。セナは僕の幼馴染でたまにこうして部屋に入ってきていることがある。昔は良かったけれど僕だってもう高校2年生、年頃のボーイなんだ。寝起きはちょっと困ってしまう。別に寝起きを見られるのが恥ずかしいとかじゃない。え? ならどうにかしろって? いやいや、どうにもならないことだってあるじゃん。ほら、生理現象とかさ。

 ところがセナは、僕のセリフを聞いた途端、頬をぷくっと膨らませて僕を上から睨みつけてきた。



「なに、その顔」

「ホヅミ忘れたの?」

「何が」


 要領を得ない僕に向かって盛大なため息をこぼしたセナは、僕の右手から指を離してそのまま僕のスマホを手に取る。と思ったらずいっと僕に画面を見せてきた。



「……何」

「これ見て何も思わないの」

「え、別に」



 7時5分前。毎朝7時10分に起きている僕にしては早起きだ。このままだと遅刻の心配もない。



「いつもより早起きしたじゃんか」

「……日付見て」

「日付?」



 5月8日、土曜日。目で見た情報を直接口に出そうとした——



「!?」

「やっと気づいた」

「え、何で!?」



 僕の記憶では、今日は7日の金曜日だったはず。
 おいおいおい。どういうことだ。まさかタイムスリップ?



「そんなわけない」



 セナが剣呑な顔で言う。ヤベ、口に出てた。



「ホヅミ、また発作起こしたんだよ。それで1日以上寝てた」

「…………まじか」



 くそ、もうすでに出席日数ぎりぎりだっていうのに。今は5月、まだまだ先は長い。だから春は嫌なんだ。不安定な天気のせいで頭痛の回数も多い気がする。

 うなりともなんとも言えない悪態をついてもう一度布団に寝転がる。あー、最悪だ。

 それもこれも、この身体が抱えている”爆弾”のせいだ。