その後、自室に戻ってセナと合流、食堂でご飯を食べてお風呂に入った。お風呂から出て自室に戻ってきたら、すでにセナがベッドを占領していた。



「そこ僕がいつも寝てるとこなんだけど」

「だからここにいるんだよ」

「……」



 そういうのがどれだけ僕に打撃を与えているか、そろそろセナは気づいた方がいい。



「よっと」



 隣のベッドに寝転がる。と、セナが何も言わずにこっちに移動してきた。上腕が触れ合う。



「えへへ」

「……もういいよ」



 だらだらと僕の横で寝転がるセナに今日あったことを話して聞かせる。



 これは僕らのルーティンだ。いつも一緒にいるセナにどう思ったかを伝えることで、セナは僕の感情を学習していく。それを治療に活かす。

 テストで平家物語が出たこと。友達と一緒にお昼を食べるのが妙にくすぐったかったこと。初めての合わせは信じられないくらい疲弊したこと。

 香山くんのお姉ちゃんがこの病院に入院していたこと。一緒にお見舞いに行って、その帰りに楸と呼ぶようになったこと。

 話している最中に、セナはうーんと首を捻った。



「なんか、わたしがいない方が、ホヅミいっぱい体験してない?」

「……たまたまだろ」

「香山くんとは何話したの?」

「いろいろ」

「ふーん、ホヅミと香山くんの男同士の話ってやつね」



 ごろんと寝返りを打ったせいでワンピースみたいに着ている大きなTシャツの裾が少しだけ捲れる。



「あーあ、ほら、捲れてんぞ」



 それをそっと戻していたら、唐突に「ホヅミは今日、楽しかった?」と聞かれた。



「……」



 答えられない。

 だって、一度楽しかったと思ってしまったら、それはいつか『春の夜の夢』になってしまうってことだろう?

 楽しいことは、いつか、終わってしまう。

 だから大人は『青春』なんて呼ぶんだろう?

 失うのはもう嫌なんだ。怖いんだ、とても。



『置いていかないで』



 心の中であの頃の僕が呼ぶ。大丈夫、置いてなんて、いかない。


 誤魔化すみたいに「まぁね」と言って、話題をすり替えた。



「ああ、そう言えば今日気づいたんだけど」

「ん?」

「僕さ、朝の挨拶とかしなかったじゃんずっと」

「うん、全然しなかったね」

「それがさぁ、今日気づいたんだけど。朝教室に入る時、自然とおはようって言ってたんだよね。多分古谷くんとかと毎朝一緒に教室に入るから必然的に誰かに挨拶されるってのが身についてきたってことだと思うんだけど」



 そう伝えたら、セナは「やっと気づいたの」と言いながらも、「ふふふ」とうれしそうに笑った。

 楸に話したことが蘇る。



“笑ってて欲しいなって、そう思う人ならいる”



 いるさ、僕にだって、それくらい。



「なぁ、セナ」

「んー?」

「お前はずっと、僕の傍にいるよな?」



 セナは面食らったようにその大きな瞳を見開いて、そうして、次の瞬間「なに、ホヅミ。もしかしてわたしがいなくて寂しくなっちゃったの?」とにやにやして僕に抱きついてきた。



「……そういうんじゃない、けど」



 僕が口ごもったら、セナは「よしよし」と言いながら僕の上に乗っかってきた。そうして、僕の頭の両側に腕をついて真正面から僕を見つめる。



「安心していいよ、ホヅミ。わたしはホヅミの治療用AIだよ。どこにも行かない」



 セナはいつだって、こうして僕を安心させる言葉を言う。当たり前だ。セナは治療用AIだ。僕の心をかき乱すことは基本的にはプログラムされていない。



「……ありがと、セナ」

「どういたしまして」

「そろそろ寝るよ」

「えー、もう少しここにいたいじゃーん」

「ぐぇっ、ちょ、セナ、いきなり腕の力抜くなよバカ」

「あははごめんごめん」



 柔らかなぬくもり。



『どこにもいかない』



 でもさ、セナ。

 それって、僕が治ったら、——君はいなくなっちゃうって、そういうことじゃないのか?



 春の夜の夢。



 だから僕は、もう、ずっと——この医療用AIに、恋をしていることを認められない。