“香山の姉ちゃんはずっと植物状態なんだ”
「お姉さんに会いにきたの?」
「そ。コンビニで姉貴の好きなお菓子見つけたから」
さっきコンビニでお菓子コーナー見てたのはそのためだったのか。
「なぁ、一緒に来る?」
「え?」
僕の返事を待たずに、彼は来館者の札を受け取って慣れたように歩いていく。僕も遅れないようにと香山くんの横に並んで歩く。不思議だ、いつも過ごしている空間に学校の人がいる。
エレベーターの上のボタンを押した彼は、ふう、とため息をついて「今日、あっちーな」と今更のように言った。
「いつもコンビニ行くとお菓子コーナーチェックするの?」
「するよ」
エレベーターのドアが開く。乗っていた人がみんな降りていく。代わりに乗ったのは僕らだけだった。時間を見れば17:30、もうすぐ面会時間は終了だ。
エレベーターの示す階数は5階。女性の入院患者フロアだ。無言のまま階数だけが上がっていく。
チーン、と音がしてエレベーターが開く。目の前のナースセンターで名簿に記入する香山くんの後ろでそっと待つ。そんな僕を目ざとく見つけたナースエイドのおばちゃんが「あら穂積くんじゃない、最近洗濯物でてないわよ」と余計なことを言って去っていく。
「お待たせ」
「……うん」
「お前洗濯もんはちゃんと毎日出さなきゃだめだろ」
「聞こえてたのか」
ははっと笑いながら廊下を歩く香山くんに着いていく。カツン、カツン、とローファーが鳴る。それが止まったのは504号室。個室の部屋だ。
「咲さん、入るよ」
そう声をかけて、香山くんは病室へ入る。「お邪魔します……」と僕も彼を追って部屋の中に足を踏み入れた。
こじんまりとした部屋だった。僕の使っている部屋の3分の2くらいの広さ。使われた形跡のない洗面台が妙に物悲しい。
窓から入る夕陽に照らされ、病室は橙色に染まっていた。真ん中にある白いベッドの上には、静かに眠る女の人がいた。
「そこ、座っていいよ」
「あ、ありがと……」
来客用の椅子を指し示して、香山くんは自分も反対側の丸椅子に腰掛けた。
「やっほー、咲さん。調子はどう?」
まるで返事が聞こえているみたいに、香山くんはお姉さんに話しかける。