「テスト受けられないなんて、追試になっちゃうじゃん。追試の方が大変らしいじゃん」
「……まぁ」
「桜庭さんて頭いいの?」
「……平均点くらいですかね、いつも」
セナはAIだから勉強なんてしないでも満点採れるくらいだけど、それだと怪しまれるから、問題の傾向から平均点を計算してきっちりそこを狙ってるんだけどね、と言いそうになって慌てて口をつぐむ。
「でも、今日1日暇だろうから、きっとその時間に勉強すると思います」
「そうだよな。空き時間結構あるもんな」
そう言った僕に答えたのはウルフカットのベーシスト、香山くん。古谷くん、松村くん、香山くんの3人は地元が同じらしくていつもこうして一緒に登下校している。昔から松村くんの家に集まって音楽をやっていたというのも、練習を始めてすぐに教えてもらった。
昇降口に辿り着いて下駄箱に手をかける。皆同じクラスだから名前順で横並びだ。
上履きを地面に置いて代わりに靴をしまいながら、古谷くんが首を傾げた。
「なんだよ香山、お前定期検診とか受けたことあるクチ?」
「あ、いや俺じゃなくて、姉貴がね」
「そう言えば、香山のお姉ちゃん容体どうなの?」
「……ふつう。今までと同じ」
「ならよかった……あ、よかったって言うのも、違うか」
焦ったように松村くんが目を瞬く。それを見て香山くんはふはっと笑ってそのアフロを軽く小突く。
「気にすんなよ。松村、ありがとな」
「あ、うん」
「じゃあ俺今日たしか日直だから職員室寄ってから行くわ」
「おー、髪縛ってけよー」
「余計なお世話―」
校則違反の綺麗なウルフカットを揺らして香山くんは廊下を左に向かう。僕らの教室は右側の階段を登ってすぐのところ。階段を登りながら「あーやっちゃったー」と松村くんが肩を落とす。
「香山の姉ちゃん、2年前からずっと植物状態なんだ」
そんな松村くんの肩に手を乗せながら古谷くんは何も知らない僕にそう教えてくれた。植物状態。それは確かに、検診の時に誰かがついてないとダメなやつだ。きっと何回か、香山くんがついていたことがあるんだろう。
「……そう」
「お前、原因聞かねーんだな」
「……別に」
理由なんて、人それぞれあるから。話したくない人もいるだろうし、かく言う自分も話せないことだらけだ。むしろ、みんなが知っている句楽穂積は僕の1割にも満たない。
下がってきたカバンの紐を肩にかけ直して、下を見たまま一歩遅れて階段を登る。
「詳しくは知らないけど、確か職場の事故とかだった気がするんだよな」
職場の事故。ということは、香山くんのお姉さんは2年前の時でもう働いていたということだ。
「だいぶ歳上ですごい美人なんだよね」
「そう。俺も小さい時会ったことあるけど綺麗な人なんだよなー」
二人の会話を聞きながら、階段を登り終える。「古谷おはー」と廊下を歩いていた女子に話しかけられたせいで古谷くんの会話が途切れる。そのままなんとなく無言になって、角を曲がった先にある教室のドアを開く。
「おはよー」
「松村、おはよー。句楽も」
「……おはよう」
あれ? 僕今、自分から挨拶した?
自然と朝の挨拶が口から出ていることに、はた、と気がついた。いつから教室に入る時に挨拶なんてするようになったんだっけ。思い出そうとしてももう覚えていない。そのくらい自然に、自分の中のルーティンに組み込まれたということだろう。
「……」
席に着く。今日はテストなので名簿順だから、いつもセナが座っている場所には違う人が座っている。
それでも隣を見るといつもセナが頭に浮かぶ。今ようやく挨拶できるようになっていたことに気がついたってセナに話したら笑われるんだろうな。揶揄われるかもしれない。
でも、たぶん。
セナは、とてもうれしそうに笑うんだろうな、と思った。
そして、その顔が見たくてきっと自分から話してしまうんだろうな、とも。