眠い。眠すぎる。くあぁ、と欠伸をしながら校門を通過した。

 ローファーがカツンと音を鳴らしたとき、ガバッと誰かが抱きついて来た。



「ッ、わ」

「おっす! 句楽、元気ぃ? あっれークマやばいじゃん!」



 声だけでわかる。古谷くんだ。

 彼は、あの日——僕がバンドを組むことを了承した日から、毎朝のようにこうして絡みにくるようになった。初めのうちは面倒だったけど今ではもう慣れてしまった。いや、一応言っておくが、絡まれることに慣れたわけではなく、無視をすることに慣れたのだ。隣を歩くセナも絡まれている僕を見てなんだか嬉しそうだし……なんて、放置していたら徐々にヒートアップして。



「あるぅひ! もりのなか! クマさんに! であぁった!」

「……」



 そして、今に至る。もはやこれは挨拶ではない。ウザ絡みだ。



「……朝からずいぶん元気だね君は。こちとら寝不足で死にそうなんですけど」

「なになに? まっさか徹夜でテスト勉強しちゃった感じ?」

「……いや、……まぁ、そんなとこ」



 本当はテスト勉強なんてほとんどしていない。今日の合わせのために必死で練習していた。ずっとヘッドホンをつけていたせいで、耳が痛い。

 恥ずかしくて言えるはずもないから絶対に教えてあげないけど。



「そういう君は随分余裕に見えますけど」

「おー! これでも一夜漬けだけどな!」

「……ぜんぜん余裕じゃなかった……」

「あれ、今日は桜庭さん、いないの?」



 そう声をかけて来たのはアフロのドラマー、松村くんだ。

 奇抜な髪型だから古谷くんタイプだと思っていたけれど、実際はそんなこともなく結構物静かな方だった。趣味は好きな漫画を読むこと。優しい彼は、僕なんかにもおすすめの漫画を貸してくれている。全然読めてないけど。こういうところなんだろうな、僕に友達がいない理由って。



「そう。今日はセナは定期検診があって」



 今日は1学期の期末考査最終日。午前中で学校が終わるので、その後初めてスタジオで合わせ練をしようということになっていた。今までは個人で好きなように音を鳴らして練習していた。

 僕は人と一緒にいるのが苦手なのと、いつ記憶の地雷に触れて頭痛になるかがわからなかったので、基本的には病院の一室で練習させてもらっていた。これも治療の一環だからと菅田先生がいいキーボードとヘッドセットを買ってくれたのだ。

 やっぱり練習を始めてすぐのうちは頭痛が襲ってくることもあった。だけれども、不思議と寝ればすぐに治った。

 そしてさらに、続けているうちに徐々に頭痛になる回数は減っていった。この1ヶ月半ほどで学校を休むほどの頭痛になったのは1回か2回、今までの僕に比べたら快挙だ。

 菅田先生も喜んでくれている。もちろん、セナも。



「定期検診か、というかよく知らなかったけど、桜庭さんもどこか悪いの?」

「……まぁ」



 僕と一緒に登下校していること、クラスが一緒なこと、その他もろもろ全部誤魔化すために中学の時から同じ“句楽穂積と桜庭セナは同じ病院に入院中の患者である”という理由を使っている。