その後、ウルフカット——ベース担当の香山楸(かやまひさぎ)、アフロ——ドラム担当の松村樹里(まつむらきり)と互いに自己紹介をして、練習日を決めたところでチャイムがなったので解散した。

 練習場所はアフロ、じゃなかった、松村くんの家がスタジオ併設の楽器屋さんらしくそのスタジオを貸してくれるらしい。4人は放課後に決起集会がてらご飯を食べにいくそうで、もちろん僕らも誘われたけれど全身全霊で遠慮した。

 ただでさえいつもは起こり得ないことが多数勃発したんだ、正直疲れてる。早く帰りたい。

 惰性で5、6限を乗り切ってようやく放課後になった。いつも通りバスに揺られて帰る。今日は本当にいろんなことがあった。



「ホヅミ、怒ってるの?」

「怒ってない」

「怒ってない人はそんなふうにぶっきらぼうじゃない」

「じゃあ怒ってる」



 僕がそういえば隣でセナはへらりと笑った。バスが右に曲がって、セナの肩が僕にぶつかる。衣替えが終わったばかりの半袖からのぞく白い腕はどうしてか最近の僕にはとても眩しく映る。目をそらす。そらした先はセナの顔。



「何その顔。むかつく」



 横並びじゃなかったらその頬をぐにゃぐにゃに摘んでやっているところだ。バスの並びに感謝しな。

 へらへらと笑いながらセナは嬉しそうに言った。



「わたしはホヅミがキーボード弾いているところが見たくて」

「……そんな簡単な理由で僕を売るんじゃない」



 唇を突き出しながら「えー」と言ったセナは、そのままちょっとだけ真剣な声色になった。



「……ホヅミは、一生に一度しかない高校2年生を謳歌した方が良いと思うんだよ」



 その言葉にハッとして顔を上げる。セナはじっと僕を見つめていた。視線が交じった時、セナはふわりと微笑む。心臓がドクンと音を立てて、見ていられなくなって目を逸らす。



「ね! ほら、華の17歳っていうでしょう? 青春だよ青春」

「……またどっか良くないサイトから情報仕入れただろ」

「え? 違うの?」



 青春。青い春。そう呼ばれるこの期間にひとは何をするのが正しいのだろう。どう在るのが正解なのだろう。

 僕は思うんだ。世の中の青春と名付けられた事物はすべて、それを過ぎた大人が勝手に決めたんだろうって。あの頃はよかったな、あの頃に戻りたいな、そんなふうに懐かしがって自分の記憶を宝物みたいに仕舞い込むための器でしかないって。

 記憶なんて、持っていたって何も良いことなんかないと言うのに。どれほど戻りたくても戻れないのだから。



「そんなことしなくたって僕にはセナがいるじゃん」



 何の気なしに口にした言葉だった。当たり前に僕の中にはずっとセナがいる。セナが隣にいない日々なんてまったく想像がつかない。恋人とか付き合うとか、恋とか愛とかそういうのは、きっとこの先の僕には無縁だ。



「……ホヅミ、それ、告白?」

「バッカお前、そういうんじゃない!」



 思わず大きい声を出してしまって、周りの乗客から白い目を向けられた。「すみません……」と小声で謝ってもう一度セナを睨む。セナは「ふふふ」とうれしそうに笑っていた。その笑顔に心臓がまたドクンと鳴った。

 もう一度言う。

 恋とか愛とかそういうのは、きっと、この先の僕には無縁だ。



「……」



 無縁、だよ。うん。

 色々あり過ぎて疲れたせいで、感情にバグが生じてるってことにした。

 そんなわけないよなぁ。セナならまだしも僕は人間だし。人間もバグるんだろうか。



「寝る。着いたら起こして」

「はーい」



 セナのまろやかな体温を左腕に感じながら、僕は目を閉じた。