昼休み。僕は朝の話の続きをするからと古谷くんに連れられて、空き教室にやって来ていた。僕を取り囲むように4人。彼らは口々に「頼む!」と僕に頭を下げて来た。右から順番にぱっつんボブ、陽キャオブ陽キャ(古谷くん)、ウルフカット、アフロ。

 ああもう視界がうるさい。
 けれども、うるさいのは視界だけじゃなかった。お願いの内容の厚かましさと、そして、僕の心臓。

 とにかく今僕ができるのは、さっさとこの場所から逃げ出すことだ。そう決意して、久しぶりに脳みその中から他人に向けての語彙を引っ張り出す。



「……一度状況を整理するけれど」

「おう」

「……つまり、まとめると、僕にキーボードを担当して欲しいってことであってますか」

「そう! その通り!」

「断る」

「いや〜句楽なら二つ返事で受け入れてくれると思ってたわ……って、えええええ!?」



 うるさい。古谷くんは陽キャ代表みたいな返事をかましてきた。ノリツッコミ選手権があったら優勝間違いなしだ。今度機会があったら将来の夢を聞いてみよう。そんな機会は未来永劫ないだろうけれど。



「そんなぁ」

「いや、そもそもなんで僕が鍵盤楽器できること知ってるんですか」



 うちの学校では、文化祭の1日目と2日目の間に中夜祭というものがある。各クラス1グループずつ出演団体を決めて、どの団体が1番心に残るパフォーマンスをできるかを競うものだ。パフォーマンスの内容はなんでもいい。それこそ、コントでも、漫才でも、バンドでも、ダンスでも。



「だから、金曜日にうちのクラスでその話し合いがあった時、バンドで出演しようってことになって」



 それはいい。問題はそこのメンバーになんで僕が勝手に加わっているのかということだ。僕は小さな頃から教養としてピアノとギターを習っていたからキーボードはできる。でも、もうずっと鍵盤に触れてもいないのだ。7年前、あの日から、ずっと。

 ずきん。

 痛みに顔を顰める。ほら、少しでもふたりのことを思い出すような行動をしたらこうなるってわかってるから敢えて遠ざけているのに。



「その時にさ、誰か鍵盤楽器できるやついないかなってクラスに聞いてみたんよ」

「はぁ」



 こめかみを揉む僕に「そしたら、こいつが」と古谷くんは僕の斜め前、机に寄りかかっている子を指差した。



「あたしが、句楽なら鍵盤できるよって言った」



 黒髪ぱっつんボブ。切れ長の瞳をこちらに向けてそう言った彼女は、名前を早瀬(はやせ)しずくと言う。



「早瀬……」



 彼女はこうなる前の僕を知っている数少ない人間だ。理由は簡単、小学校が同じだった。



「句楽、あたしたちの前でよくピアノ弾いてくれたじゃん」

「……はぁ」



 何してくれてんだよマジで。



「よくそんなどうでもいいこと覚えてますね」

「どうでもいいとか言うなよ、小学校のときの記憶だって大事なアンタの一部じゃんか」

「……」


 僕にとっては記憶なんて苦痛でしかないんだけれど。


「てか敬語とか、あたしたちのことバカにしてんの?」

「してませんけど……」

「アンタが敬語だとなんかムカつくからやめてくれない」


 理不尽だ。くそっ。


「とにかく、あたしはアンタを推薦したってわけ。で、他のメンバーもそれがいいって言ってくれてる」


 ウルフカットとアフロもうんうんとうなづく。そんな癖強い髪型の癖になんでそんな素直にうなづいてんだよ(偏見)。