僕の耳元で繰り返し「大丈夫、大丈夫」とささやく。
セナの言葉は、魔法みたいに、そのうち僕の呼吸を和らげた。生理的に涙の滲んだ瞳で、どうにか前を向く。菅田先生は僕らをじっと見つめていた。まるで何かを考えるように、じっと。
「ホヅミ、落ち着いた?」
「……うん……」
「よかった」
呼吸が穏やかになったのを感じて僕から離れるセナ。その動きも緩やかで、僕を刺激してはならないという意図が見える。同年代の女の子がそんな気を遣えるわけがない。やっぱり彼女は医療用のAIなのだ。
「先生、ホヅミ、落ち着いたよ」
「うん。セナ、よくできていたね。さて、……穂積くん、今ので少しわかってくれたと思うんだけれど、これがAI、桜庭セナの役割だよ。穂積くんの心を和らげて落ち着かせてくれる。それを繰り返すことで穂積くんの症状が少しでも緩和すればいいなと思うんだ」
「……はい」
“アイ・ターミナルケア”は、確かに僕にとっては有効な治療法みたいだ。
「被験者になることを、受け入れてくれるかい?」
「……」
被験者。その言葉が、少しだけ、怖い。普通だったらその判断は両親が行うのだろう。けれども、僕には、もうその判断をしてくれるひとがいない。だから、僕は僕のことを自分で決めなくちゃいけない。
迷うように瞳を揺らしていれば、突然ベッドの脇に立っているセナが僕の名前を呼んだ。
「ホヅミ」
「……ん?」
彼女はまっすぐに僕を見つめて、一息にこう言った。
「ホヅミが、自分で自分のこと好きでいられるように、そうするのがわたしの仕事。ずっとずっと、ホヅミの傍にいるよ」
ずっと、僕の、傍に。
その言葉に、どうしてか——泣きそうになった。どうしてだろう。わからない。
ツンと痛んだ鼻の奥を誤魔化すように、僕はセナに向かって大きくうなづいた。
「よろしく、ホヅミ」
「……よろしく」
セナ、と口に出しそうになっている自分に驚いた。少しだけ恥ずかしくて、僕はただ差し出された手に自分の手を重ねた。セナの手は冷たかった。金属みたいな冷たさではない。まろやかな冷たさとでも言うのだろうか。
きゅっとその手を握った。
それを合図に、僕とセナの日常が幕を開けたのだ——。