一限目が始まる直前に海原先生に呼ばれて廊下へ出ると、階段の下まで連れていかれると周囲を確認しながらわたくしに振り返りため息をひとつ。
「……ふう、神崎さんは相変わらずあの三人にいじめられているのね」
「いえ、今のところ声はかけられていますがそういったことは受けておりませんわ」
「本当? ちょっと油断すると絡まれているのを見るから……」
「はあ」
と、困った顔でわたくしにそんなことを言ってきました。そこで美子の日記にあった『先生は助けてくれない』という文言を思い出す。
「あの、伺ってもよろしいでしょうか?」
「ん? なにかしら?」
「わたくしが飛び降りた時、海原先生が担任でしたか?」
「ええ、四月からずっとそうよ」
「では担任になってから飛び降りるまで、あの三人からのいじめを止めてくださっていたということですわね」
「……そうだけど。急にどうしたの?」
……なるほど、嘘が上手いようで。
親身になってくれているように見えますが、恐らく保身のために『今』のわたくしを助けようとしているのでしょうね。
担任ともなれば責任は重大。
涼太といじめについても『いんたあねっと』で調べてみましたが、学校のいじめは気づかなかったという点で押し切る学校側というのもあるようですね。
一回目……今回はなんとかなった、ということでしょうね。
警察が手を引き、マスコミもそれほど横行していないのがその証拠。
しかし、もしわたくしが二回目の自殺を図る、もしくは亡くなってしまったら?
今度こそ、学校と担任は糾弾されることになるでしょう。
「まあ、里中さんにも頼んでいるから彼女に頼りなさいね? それにしても……随分変わったわね」
「ええ、眼鏡は少し野暮ったかったですし、髪も邪魔だったので」
「……さすがはモデルKANZAKIの娘、ってところねえ」
「母をご存じで?」
わたくしが意外だといった感じで聞き返すと、海原先生はわたくしの肩を掴んで鼻息を荒くして語り始めました。
「そりゃあ! もう! 私は教師になる前、モデルになりたかったのよ。ほら、スタイル頑張ったんだから。……でも私はもう27歳……凄いわよねお母様……」
「そういえばお肌や髪の毛のお手入れに力を入れているような感じがありますわ」
「でしょう? お母様の事務所にぜひ私を……!」
「考えておきますわ」
と、その時、一限目の開始を知らせる『ちゃいむ』が鳴り、先生が飛び上がって口を開きました。
「ごめんなさい! 一限目、始まっちゃうわ、戻って戻って!」
「はい」
「なんかあったら相談してね! 才原さん達には私からも言っておくから」
「ありがとうございます。里中さんなどに頼りますわ」
その言葉に満足したのか海原先生は歯を見せて笑いながら駆けて行き、つんのめりました。まあ、必死であることは間違いないですわね。
そのまま教室へと戻ったわたくしは一限を終え、休憩中は里中さんがやってきて少し話を。
才原さん達の動きは無いままお昼休みに入ったところで異変が起きました。
「神崎さーん! お話しよう!」
「あたしもー」
「俺達も混ぜてくれよ」
「男子、わかりやすすぎだから」
「あら、まあまあ」
先日まで遠巻きに見ていた生徒たちが群が……集まってきました。女生徒だけじゃなく男子生徒も。
「どうしました皆さん? 戻ってきた時には腫物扱いみたいでしたのに」
「う……、はっきり言うわね……」
「いやあ……やっぱり、ねえ?」
わたくしが目を細めてうっすら微笑みながら正直な感想を申し上げると、教室内が凍り付きました。笑顔のまま固まっていた一番最初に声をかけてきた女生徒二人が目を泳がせたので話を続けます。
「飛び降り自殺のせいですか」
「うん。まさか登校してくるとは誰も思わなかったもの。先生も驚いていたでしょ? こっちもどう扱っていいか分からないからさ」
「そうそう。でも、記憶が無いみたいだし、才原さん達との会話でも言い返していたし前と違うなって」
「へへ。で、今日は凄いイメチェンして来たから話をしてみようかなって思ったわけよ!」
得意げに言う男子生徒たちを冷ややかな目で見る女生徒一同。
「キレイになった神崎さんを見たかっただけでしょ? ねえねえ、神崎さんのお母さんってあのモデルの人だったりするの?」
「ええ。みなさんご存じでは無かったのですね」
「苗字だけだとねえ。ほら、この前まで眼鏡で髪の毛も手入れされてなかったし……」
「そもそも話したこと、ないからさ」
「ふむ」
高校二年ということはもちろん一年があったということ。
折角なので昨年のわたくしについて聞いてみましょうか。才原さん達も交えて――
「おや、才原さん達は?」
「さあ? あの三人っていつも一緒なんだけど、クラスには馴染めていないわね。よく授業をさぼってゲーセンに行ってたりするし」
「神崎さんも災難だよね、あれに目をつけられていたんでしょ?」
「どうせ午後の授業は帰ってこねえよ。それより――」
意外、という言葉が頭に浮かぶ。
コミュニケーションが高い、いわゆる『ようきゃ』(涼太が言っていた)である彼女たちはクラスの中心人物であると思っていたから。
ところがどうやら煙たがられているようで、素行の悪さが目立つという感じのようですわ。
彼女たちのことも聞いておいた方が良さそうですわね?
「……ふう、神崎さんは相変わらずあの三人にいじめられているのね」
「いえ、今のところ声はかけられていますがそういったことは受けておりませんわ」
「本当? ちょっと油断すると絡まれているのを見るから……」
「はあ」
と、困った顔でわたくしにそんなことを言ってきました。そこで美子の日記にあった『先生は助けてくれない』という文言を思い出す。
「あの、伺ってもよろしいでしょうか?」
「ん? なにかしら?」
「わたくしが飛び降りた時、海原先生が担任でしたか?」
「ええ、四月からずっとそうよ」
「では担任になってから飛び降りるまで、あの三人からのいじめを止めてくださっていたということですわね」
「……そうだけど。急にどうしたの?」
……なるほど、嘘が上手いようで。
親身になってくれているように見えますが、恐らく保身のために『今』のわたくしを助けようとしているのでしょうね。
担任ともなれば責任は重大。
涼太といじめについても『いんたあねっと』で調べてみましたが、学校のいじめは気づかなかったという点で押し切る学校側というのもあるようですね。
一回目……今回はなんとかなった、ということでしょうね。
警察が手を引き、マスコミもそれほど横行していないのがその証拠。
しかし、もしわたくしが二回目の自殺を図る、もしくは亡くなってしまったら?
今度こそ、学校と担任は糾弾されることになるでしょう。
「まあ、里中さんにも頼んでいるから彼女に頼りなさいね? それにしても……随分変わったわね」
「ええ、眼鏡は少し野暮ったかったですし、髪も邪魔だったので」
「……さすがはモデルKANZAKIの娘、ってところねえ」
「母をご存じで?」
わたくしが意外だといった感じで聞き返すと、海原先生はわたくしの肩を掴んで鼻息を荒くして語り始めました。
「そりゃあ! もう! 私は教師になる前、モデルになりたかったのよ。ほら、スタイル頑張ったんだから。……でも私はもう27歳……凄いわよねお母様……」
「そういえばお肌や髪の毛のお手入れに力を入れているような感じがありますわ」
「でしょう? お母様の事務所にぜひ私を……!」
「考えておきますわ」
と、その時、一限目の開始を知らせる『ちゃいむ』が鳴り、先生が飛び上がって口を開きました。
「ごめんなさい! 一限目、始まっちゃうわ、戻って戻って!」
「はい」
「なんかあったら相談してね! 才原さん達には私からも言っておくから」
「ありがとうございます。里中さんなどに頼りますわ」
その言葉に満足したのか海原先生は歯を見せて笑いながら駆けて行き、つんのめりました。まあ、必死であることは間違いないですわね。
そのまま教室へと戻ったわたくしは一限を終え、休憩中は里中さんがやってきて少し話を。
才原さん達の動きは無いままお昼休みに入ったところで異変が起きました。
「神崎さーん! お話しよう!」
「あたしもー」
「俺達も混ぜてくれよ」
「男子、わかりやすすぎだから」
「あら、まあまあ」
先日まで遠巻きに見ていた生徒たちが群が……集まってきました。女生徒だけじゃなく男子生徒も。
「どうしました皆さん? 戻ってきた時には腫物扱いみたいでしたのに」
「う……、はっきり言うわね……」
「いやあ……やっぱり、ねえ?」
わたくしが目を細めてうっすら微笑みながら正直な感想を申し上げると、教室内が凍り付きました。笑顔のまま固まっていた一番最初に声をかけてきた女生徒二人が目を泳がせたので話を続けます。
「飛び降り自殺のせいですか」
「うん。まさか登校してくるとは誰も思わなかったもの。先生も驚いていたでしょ? こっちもどう扱っていいか分からないからさ」
「そうそう。でも、記憶が無いみたいだし、才原さん達との会話でも言い返していたし前と違うなって」
「へへ。で、今日は凄いイメチェンして来たから話をしてみようかなって思ったわけよ!」
得意げに言う男子生徒たちを冷ややかな目で見る女生徒一同。
「キレイになった神崎さんを見たかっただけでしょ? ねえねえ、神崎さんのお母さんってあのモデルの人だったりするの?」
「ええ。みなさんご存じでは無かったのですね」
「苗字だけだとねえ。ほら、この前まで眼鏡で髪の毛も手入れされてなかったし……」
「そもそも話したこと、ないからさ」
「ふむ」
高校二年ということはもちろん一年があったということ。
折角なので昨年のわたくしについて聞いてみましょうか。才原さん達も交えて――
「おや、才原さん達は?」
「さあ? あの三人っていつも一緒なんだけど、クラスには馴染めていないわね。よく授業をさぼってゲーセンに行ってたりするし」
「神崎さんも災難だよね、あれに目をつけられていたんでしょ?」
「どうせ午後の授業は帰ってこねえよ。それより――」
意外、という言葉が頭に浮かぶ。
コミュニケーションが高い、いわゆる『ようきゃ』(涼太が言っていた)である彼女たちはクラスの中心人物であると思っていたから。
ところがどうやら煙たがられているようで、素行の悪さが目立つという感じのようですわ。
彼女たちのことも聞いておいた方が良さそうですわね?