「ああ……カ、カイルさん……」

「伝説級……とんでもねぇな……」

「……みんな、こっちだ。上に続く階段があった」

 遠くの方でドラゴンが跳躍したのが見え、フルーレがぺたんとその場にへたり込む。最後に見えたのはカイルがドラゴンの頭から振り落とされて祭壇に落下するところだった。その上に飛び掛かられたのであれば下敷きになったカイルがどうなるのかは想像に難くない。
 オートスがチカを背負いながらも脱出口を発見し、そこへ案内する。そしてスナイパーライフルを手にし、元来た道を戻ろうとする。

「チカはダムネ、お前が連れて行ってくれ」

「オ、オートスはどうするのさ……!」

「ヤツを……カイルを助けに行く」

「じゃ、じゃあ! わたしも行きます」

「ダメだ。オートスは重要参考人、フルーレ少尉は貴重な回復術の使い手だ、ここで失うわけにはいかん。いや、失っていい人材など帝国にはいないのだ」

「ならカイルだって――」

「……」

 ドグルが食い下がろうとしたが、ブロウエルはドグルに左わきのホルスターからハンドガンを取り出し、ドグルの鼻先に突きつけた。

「上官命令だ。上官の命令は絶対。そうだなオートス?」

「……は、はい……」

「くそ……」

「それとカイルの渡してくれた武器はここに放棄。そんなものを持って帰ったら何を言われるかわからん。お前たちもいらぬ疑いをかけられても敵わんだろう」

「そ、そうか……くそ、勿体ねぇな……」

「カイルさん……」

 深紅の装丁をしたカイルの兵装をその場に置き、ブロウエルは頷きドグルを先頭に階段を上りだす。しんがりはブロウエルで、階段に足をかけた時、カイルのいる方を見て胸中で呟いた。

「(……ここで終わるのかカイル? お前は死ねないはずだ、皇帝陛下を殺すまでは……)」


 ◆ ◇ ◆


 死んだ――

 カイルは直感でそう思い目をつぶる。突き出した深紅の刃では止めきれないが何かをせずにはいられなかった。だが、いつまで経っても圧迫感を感じることが無く、カイルは恐る恐る目を開ける。
 
「なんだ……? な!?」

『グォォォォ……!?』

 カイルはそこでとんでもない光景を目にしていた。先ほど人形だと思っていた少女が片手でドラゴンを持ち上げていたからだ。
 抑揚のない無機質な瞳がドラゴンを見据えながら何かぶつぶつと呟いていたので、カイルは耳を傾け聞いてみる。

『コンディション・オールグリーン。ケツエキカラノマスタートウロク、カンリョウ』

 マスター登録……? 何だ、お前は」

 カイルが少女の呟きに尋ねてみるが、少女はドラゴンを見据えたまま口を動かす。

『|守護者《ガーディアンドラゴン。フウインヲ、マモルモノ。ゲンザイ、マスター、ノ、テキセイソンザトシテ、ショブンシマス』

「お、おい……!」

『グォォォォ!?』

 ドラゴンは暴れるがビクともしない。どうするのかとカイルが思った瞬間、少女はドラゴンを高く……その細腕から信じられないほど高くぶん投げた。

「なんだそりゃ!? ……いや、チャンスか、シュナイダー!」
 
「ガウ!」

 すぐそばまで来ていたシュナイダーと迎撃態勢を取ると、少女はカイルを見ずに口を開く。

『マスター、オマカセ、クダサイ。ハイジョ、シマス <*****>』

 少女が何か聞き取れない言語を口にすると、右手から魔法陣が現れそこからズズズ……と無機質ななにかが這い出てくる。
 すべて出きった時、それは130cmほどしかない少女の身長をゆうに越え、2mはあろうかという――

「パ、パイルバンカーか? しかし、いくら何でもでかすぎるぞ!?」

 無骨なカイルが少女に目を向け扱えるのか? そう思った時、頭上から咆哮があった。ドラゴンが落下してきたのだ。羽はすでに飛行機能を失い飛ぶことはできていないが、踏み潰すことはできると判断したようだ。
 
 ドラゴンが距離を測るため目を細める。しかし、ドラゴンが攻撃をすることはできなかった。

『ハイジョ、カンリョウ』

 少女がパイルバンカーに魔力を込めると、ジェット噴射のように飛び上がってドラゴンの口から脳天にかけて撃ち抜いたからだ。
 カイル達をあれほど苦しめたドラゴンは、タイミングをほんのわずかに狂わされ、最後は何もできずに絶命した。

「や、やったか……! って、えええ!?」

『エネルギー、ロー』

 少女はそう呟き、何の抵抗もなくパイルバンカーと共に落下してきた。

「この辺か!」

「わんわん!」

 カイルが間一髪で少女をキャッチし、シュナイダーが尻尾を振る。パイルバンカーはガシャリと音を立てて地面に落ちた後、スゥっと姿を消した。

「人形……? いや、暖かい……それにあの武器、どうやって消えた……?」

 綺麗な金髪を短くそろえている少女は目を開けていなかった。服は立派なドレスで、どこかの国の王女と言われればみなが納得する顔立ちをしていた。カイルは少女と棺を交互に見てからひとり呟く。

「もしかしてこの子が『遺産』なのか? だけど人型の『遺産』なんて聞いたことが無い。もう少し情報が……ん?」

 調査していこうかと逡巡したその時、神殿内が大きく揺れ始めた。氷の壁がボロボロと崩れだし、超高度の天井が落ちてくる。

「うおわ!? やべぇ、せっかく生き残ったのにまたピンチかよ! シュナイダーこの子を乗せて走ってくれ」

「うおん!」

 カイルは手早く少女をロープで括り付けると、木箱を抱えて出口に向かって走り出す。

「対物ライフルは諦めるしかないな! お、俺の武器。……そうか、大佐が置いて行ったな? ま、セボック以外に見せるもんでもないし木箱で回収しとくか」

 アサルトライフル、スナイパーライフル、銀の長剣を木箱に入れ鎖を巻いて肩に担ぐ。深紅の刃と真っ黒な銃はそれぞれカバンに放り込んでいた。

「階段発見……! 急ぐぞ!」

「わおわおーん!」

 無情にも『遺跡』は崩壊し始めていく。守護者であるドラゴンが倒され、『遺産』が起動したことによる自動消滅であった。内部の魔獣や通路は次々に崩れ――

「間に合うかー!?」

 カイルは冷や汗をかきながら出口を目指していた。

 ◆ ◇ ◆

 「どうぞ」

 執務室で書類仕事をしていたカイルの上官であるエリザ。彼女はドアのノック音に気づき、顔を上げて声かけた。するとドアが開かれ、白衣を着た軽そうな男……セボックが手を上げて入ってきた。

「セボック技術開発局長、外に出るなんて珍しいじゃないか」

「くっく、そりゃないよエリザ大佐殿。先日、カイルを見送ったんだぜ?」

「そうか、それは失礼した。で、隊舎には何用なのだ? そっちの方が興味深いな」

 エリザが目を細めると、セボックは頭を掻きながらソファに腰かけながら煙草を取り出す。エリザはそれを手で下げる。

「ここは禁煙だ」

「おっと、そうか……研究棟は関係なくてね」

「御託はいい、早く話せ」

 若干の苛立ちを隠さずエリザはセボックへ尋ねる。そこでようやくセボックが真面目な顔でエリザに告げる。

「……『遺跡』が崩壊した」

「なんだと? まだ調査を開始して何日かそこらだろう? 混成部隊は無事なのか?」

「落ち着いて聞けよ? 調査隊は……カイル以外生還した。『遺跡』崩壊からすでに四日。『遺跡』内部に取り残されたままだ」

「――!?」