「さて、ゆっくり休んだし今日からまたバリバリ働くぞ!」
「はーい」
<わんわん!>
<うむ、情報収集もな>
バスレイが出現した次の日はソリッド様が来てまた大変だった。飯を食って帰るだけなのだが、国王だということを自覚して欲しいものである。
それでも気を使ってくれたのか、朝ごはんを食べるだけで帰っていった。
明後日は魚屋が仕入れをしたいということで移送を頼まれている。その時にめぼしいものを買って来てくれと頼まれたあたりちゃかりしているよ。
そんなこんなで今日は南東方面の移動となる。果実や木材の販路で山が多い地域らしい。
途中までは普通の道で、ふもとの町までは問題なし。
「いやあ、こんなに早く届くとは思わなかったよ。これから狩りの時期だからこいつが無いとね」
「またいつでもどうぞ!」
弓矢で狩りをする冒険者が手紙で王都の鍛冶屋に注文していた矢と矢じりをウチに配送を依頼してきた。 今、受け渡しが終わったがこれから数か月、増えた魔物の討伐に追われるそうだ。
素材や肉が手に入る反面、危険も伴いため準備は怠らないのだと笑っていたが物騒である。
まあ俺がそういう仕事をしていないだけで狩りはメジャーな仕事というのは理解できるけどな。
それはともかく――
「さて、サリアとコヒーモスはこっちの方だっけか」
早めに配達が終わったので手伝おうかとサリアに任せた付近を歩いていく。
「高いなあ」
山の麓イコール魔物も多いことからこの町には高い壁がある。戦える人間も多い町ということで武装した衛兵やらがよく目につくし冒険者らしき人間も闊歩している。
危険だが資源を手に入れるには多少は目を瞑るといったところだろうか。実際、桃やブドウ……だよな? といったフルーツがたくさん店頭に並んでいるのは王都でも見たことが無い。
適当にコヒーモスとサリアに土産として買い探していると見慣れたツナギを着たサリアの後姿を確認できた。
……のだが、少し様子がおかしい?
「あの、お仕事中なのでそういうのはちょっと」
「だから仕事が終わってからでいいって言ってんだろう? 首を縦に振るまでここは通さねえけどな!」
「……」
チッ、ナンパか。
いつかは起こりうるだろうとは思っていたが、目の当たりにすると面倒くせえもんだ。念のため担いでいるバットを袋から取り出して近づいていくと、コヒーモスがサリアの前に出て足元で吠えまくっていた。
<ウウウウウ……がう! わんわん!>
「なんだぁ?! 犬か……? うるせえな、黙ってろよ」
<きゅん!?>
まずい、男がコヒーモスに手を伸ばすのが見えて俺は速度を上げる。どうするつもりかわからんが、ロクでもないことは確かだ!
しかし距離がまだある……間に合うか!? そう思ったところで、サリアが動いた。
「待ちなさい」
「お、なんだ、やっとその気にな――」
「コヒーモスちゃんになにをするつもりですか!!」
「――なあああにぃぃぃぃ!?」
おお……!?
どういう状況か説明しよう!
コヒーモスを捕まえようとした腕をサリアが掴み、怒りに任せてぶん回した結果、男は派手に吹き飛んで壁に叩きつけられたのだ……! あれ、そんな怪力設定あったっけ!?
「大丈夫か!」
「あ、ヒサトラさん!」
<きゅんきゅん♪>
特にケガなどはない、か。それにしても今のは一体?
合流したところで、吹っ飛ばされた男が再び突っ込んでくるのが見えた。
「くそが……!! こうなったら力づくでも!!」
「サリア、下がってろ。俺がやる」
そう言って前に出ようとするが、サリアはウインクをして逆に突っ込んでいく。な、なにやってんだ!?
「止めてくださいって……言ってますよね!!」
「な!?」
<わぉーん♪>
「ぐあぁぁぁぁぁ!?」
掴もうとした男の腕をすり抜け、突き倒すようにサリアが腕を前に出すと、男は再びぶっ飛ばされ、二回、三回とバウンドをした後うつ伏せになって動かなくなった。
「そんなに強かったのかサリア……?」
「えっと……よく分からないんですけど、さっきカッとなった瞬間力が湧いてきて……」
「そうなのか? まあ、無事ならいいけど……おい、あんた生きてるか?」
襲い掛かって来たヤツを手当てするかと木の枝でつついてみると、
「ぶわ!? こ、この俺が小娘に……」
「おう、元気そうだな? ウチに連れに手を出そうとはいい度胸だが、あんたもサリアに派手にやられたしこのまま立ち去ってくれるなら穏便に済ませてやるぜ?」
「なんだ兄ちゃん、俺とやるってのか? さっきは油断したが――」
「つべこべ言わず立ち去れや? な?」
俺は今出来る全力の笑顔で、持っていたバットを男の肩にこつんと乗せる。すると、肩アーマー部分がぐにゃりとへこみ、男は鼻水を出して青ざめた後、
「な、なんだこいつら、オーガの親戚かなにかかよ!?」
急いで立ち上がり、目にもとまらぬ速さで消えて行った。ふん、ボルボの時以来、久しぶりにキレちまったぜ。
<わん!>
「おう、ありがとうな、サリアを守ってくれてよ。トラックに帰ったらこいつを食わせてやる」
<きゅふ~ん♪>
なんとも言えない声を上げて俺の足をよじ登り、肩に乗るコヒーモスに苦笑しつつ、サリアに声をかける。
「残りは?」
「あと一軒ですね!」
「よし、一緒に行くか」
「はい!」
荷物は俺が持ちラスト一個を持って行った後、その辺の露天で昼飯を買ってトラックへ戻る。するとコンテナの上に載っている父ベヒーモスが子供に囲まれていた。
「かっけぇ!!」
<そうだろう? 我ほど強くてカッコいい存在は……痛っ!? こら、尻尾を引っ張るんじゃない!>
「わ!? すげえ!」
「戻ったぞ。ほら、こいつは危ない魔物なんだあっち行って遊べよ」
「はーい」
「じゃあなライオン!」
<ち、違う!!>
子どもたちは父ベヒーモスをライオンと間違えているらしく、そんなことを言いながら散っていく。子供は怖いもの知らずで元気だな。
<まったく……最強種の我をライオンなどと……>
「まあ、帽子で角が隠れているから同じに見えるんだよ。ほら、昼飯」
<おお、助かる。そういえば見ていたが、サリアが派手にやっていたな。あの男が吹き飛ばされるのは傑作だった>
尻尾を美味く近い、俺が差し出しただハンバーガーみたいな食い物をさっと受け取りつつさっきの出来事を口にする。
「お、見てたのか」
<うむ。息子と契約したから我等の力を使えるようになったからな。ただの暴漢相手なら余裕で勝てる。魔法でもないから魔封じの魔道具のようなものでも抑えられない。人間の中ではかなり強者になったはずだ>
「は?」
俺とサリアが訝しんだ声を上げる。ベヒーモスの力が使える、だと?
「そりゃマジか……?」
<わん!>
「そうみたいですね」
<そうだな。まあ、困るものではなかろう。異世界のアイテムを守るにもちょうどいいだろ>
「軽いな……」
確かにサリアがどうにかならないならこれほど安心なことはないので、頼もしい限りではある。というか俺もそうなのか?
なんとなく握り拳をつくりながらフルーツジュースを飲み干す。
……ま、いいか。次は山の向こう側にあるらしい町へ向かおう。
「静かな場所だな、こういうところでキャンプをしてみてえぜ」
「お庭もそんな感じですけどね。でもベヒーモスさんが居るから安心してできるかも」
<わぉん>
麓の町から山を登っていると、眼下に見える地上が段々と遠くなっていく。その代わりに静かな森の中へと入っていき、キャンプに最適な場所が心を躍らせる。
<ゴガァ!>
【ひゃいん!?】
……まあ、魔物は居るので父ベヒーモスが居なければ安全にとはいかなさそうだけども。
しかし、ベヒーモスの力が使えるのでサリアと二人でも撃退できそうだな。とか考えながら、シュールな目をしたキツネっぽい魔物をやり過ごす。魔物と契約し力を得るとはまたファンタジーな話だ。
「今日は夜までかかりそうだな」
「明日の仕事はそれほど多くないから寝る時間はありそうですけど。……あら、雨?」
「おっと、そりゃ大変だ。おーい父ベヒーモス! コンテナに入るか!」
<いや、このままで問題ない。たまには雨にあたるのも悪くない>
いいのか。
本人がいいと言っているのでとりあえずヘッドライトをつけ、ワイパーを動かすとコヒーモスがワイパーと一緒に頭を動かしはじめ、やがて目を回して寝台へと転がって行った。
<きゅーん……!?>
「ふふ、可愛い」
「子供ながらって感じだな。とりあえず山道だしゆっくり進むか」
切り開かれているだけで道と呼ぶには微妙な場所を登っていく。
稀に急な坂もあるが、トラックの馬力なら余裕だ。ただ、横転しないとはいえハンドル操作は気を付けないと、崖に落ちたらどうなるかまでは保証できない。
<む、ヒサトラ前方に人影があるぞ>
「なんだって?」
こんな山の中で? と、一瞬考えたが冒険者なら有り得るかと思いなおす。
少し進むと木の下に三人組の男女が項垂れているのが見え、エンジン音に気づいた男が顔を上げてこちらを見る。なにごとか分からないが、とりあえず近くまで行って声をかけてみた。
「どうした? 立往生か?」
「に、人間……? このでかいのは一体……。い、いや、それよりすまない、ポーションみたいなものを持っていないか?」
「ケガ人がいるみてえだな。この雨じゃキツイだろ、コンテナを開けてやるから乗りな」
「え?」
「ベヒーモス、すこしずれてくれ」
<承知した>
「え? ベヒーモス……? え?」
俺は運転席から降りるとコンテナの操作をして開いて、冒険者らしき三人を招き入れる。
みるとケガをしているのは弓を持った女の子のようで、太ももが大きく裂けて出血していた。結構深いなこりゃ……!
「痛々しいな……。ポーションはないが俺達はこのまま近くの町まで行くつもりだ。そこなら手当できるだろ?」
「あ、ああ。いいのか?」
「かまわねえよ。ほら、そっちの兄ちゃん、女の子をこっちのソファに寝かせろ」
「助かる……!」
「サリア、悪いが助手席の救急箱を頼む」
「はい!」
サリアには一通り説明しているのでこのあたりの連携はばっちりだ。
とりあえず化膿が怖いのでダッシュボードから出した救急箱を取り出して消毒液を振りかける。
「うう……」
「なにを……?」
「我慢しろ。こいつは消毒液だ、化膿を抑える効果があるんだ。あとはこいつを使ってくれ」
毛布を男に渡すと、コンテナの灯りをつけてから再び運転席へ戻り先ほどより少し速度を上げて山道を進む。
「なにがあったんでしょうか?」
「魔物と戦って負傷したってのが一番わかりやすいが、無理に聞くこともねえだろ。さっさと病院に連れて行けばいいさ」
サリアがそうですねと微笑み、たまにコンテナの様子を伺ってくれていた。
あのケガなら俺達を騙しているとは思いにくい。
魔物は父ベヒーモスのおかげでまったく遭遇しないため上がって来た山道を今度は緩やかに下っていく。
彼らを拾ってから30分ほどしたところで、目的地の町へ到着した。
「おお、陛下からおふれのあった『とらっく』というやつか?」
「そうです。というか後ろにケガ人が乗っているんで、先に降ろしていいですか?」
「なんと!? ここではなんだし町へ入るといい!」
話の分かる門番さんがすぐに招き入れてくれたのですぐに屋根のあるところに止めてから冒険者三人を降ろしてやると、医療院とかいう病院に近い施設へ運ばれた。
サリアの話だと魔法で治療するから傷は残らないそうなので一安心である。
男二人がお礼をと言ってきたが、早く連れて行ってやれってことで退散させた。連れて来ただけだし、礼なんていらねえよな?
「さてと、雨だしさっさと荷物を配っちまおうぜ」
「ですね。せっかく山に来たのに景色を見れなかったのは残念かな?」
「ま、機会はあるだろ。ベヒーモスもたまには散歩したいだろうし。背中に乗せてくれよ? あれ?」
ずっと黙っているのでどうしたのかと思ってコンテナの方を見ると――
<おお……我の帽子がぐしゃぐしゃに……>
――雨でふやけた帽子を両手で持ったまま項垂れていた。
「そりゃあずっと雨に打たれていればなあ……」
「お洗濯をして乾かせば元通りですよ!」
<うむ……>
<きゅんきゅん>
そんなに気に入っていたのか。
コヒーモスに慰めの言葉をもらう父ベヒーモスに雨合羽でも作ってやるかとちょっと思うのだった。
山の中腹にある町の宅配が終わったころには雨は止み、これならもう少し飛ばしても良さそうだ。
陽もまだ高いし、あと一つ町を回ったら今日は終わり。
晩飯を町で食うか自宅で食うかという選択肢くらいしかない。贅沢な悩みだ。
しかし、ベヒーモスが居るので町の食事は難しいか? 弁当はあんまりメジャーじゃないし……宅配弁当……利益が確保できればやっても――
「終わりましたよ!」
「おう!? ああ、おかえりサリア」
「どうしたんですか? なんかぶつぶつ言ってましたけど」
「いや、飯をどうしようか考えていたら新しい事業をだな」
弁当屋の話をしたところ、販路が拡大できたらいいかもしれませんねという返答をするサリア。
まずは王都からか? そんな話をしながらトラックに戻り、助手席でコヒーモスの足を拭きながら彼女は、俺に顔を向ける。
「そういえば……そろそろ名前をつけてあげないといけませんね」
<わふ?>
「名前か……」
そういえば忘れてたな……。コヒーモスの響きが自然すぎてそういうもんだと接していた。言われてみれば父ベヒーモスは呼びにくい。
<よく言ったサリア。待ちわびていたがこちらから言いだすのも気が引けるからな>
「うわ!? びっくりした!?」
父ベヒーモスが運転席の窓にぬっと顔を出しながらそんなことを口にする。コンテナから落ちないようにしがみついているんだろうけど、後ろから見たら面白映像になってそうだ。
「欲しかったのか……というか喋れるんだし名前くらいはありそうなもんだけどな?」
<もちろん無いわけではないが、共に生きていくならお前達から貰うべきだと思っている。魔物はそういうものだ>
まあ最強種のこいつが言うのだから間違いないか。
しかしいきなりそう言われてもパッと思いつかないのが人間だ。
「……帰ってからな」
<約束だぞ?>
そう言って父ベヒーモスはひゅっとコンテナの上に戻って行った。が、妙なプレッシャーを背負ってしまったなと口をへの字に曲げる俺。
まあ、カッコいい名前なら族時代につけてたから多分いけるとは思う。『武毘威喪主』とか良くね? 武を『べ』と読ませるところに男気を感じるはずだ。
そういや言葉は通じるし読めるけど、漢字はねえな。ここで漢字の名前とかイケてるんじゃ……!
「なんか悪い顔になってますよ?」
「え?」
サリアが苦笑しながら俺の肩を叩く。
どういう顔か聞いてみたかったが、鏡を出されそうだったので止めておく。 とりあえず父ベヒーモスをあまり濡らすのも悪いのでさっさと出発するか。
「すみません!」
「ん?」
キーを回してエンジンをかけた瞬間、眼下で声をかけられたので窓を開けてみると先ほどの兄ちゃんの片割れ。が立っていた。
「あの、先ほどはありがとうございました。おかげで仲間は傷跡も残らずに済みそうで、あなたが投薬したのが良かったのかも、と。これは少ないですがお礼です」
「ああ、いいって気にすんな。たまたま通りかかっただけだからよ。それであの子に美味いもん食わせて体力を回復させてやんな。血が出ていたからそういうの大事なんだぜ?」
「し、しかしそれでは……」
「俺達も次の仕事があるんで、行くよ。あ、どんな病気にも効く薬や果実みたいな情報とかない?」
「病気……いえ、俺は聞いたことがないですね……お役に立てず申し訳ない」
「そっか。まあ、そう簡単に見つかるもんでもねえからいいさ。ああ、王都に店を構えているから移送・運送の依頼は受け付けるぜ! じゃあな」
「あ、待って――」
男が言い終わる前に俺はトラックを発進させた。
連れて来ただけなので礼を言われるこっちゃねえしなあ。
「ふふ」
「お、どうしたサリア?」
「ううん、私達を助けてくれた時もだったけどお礼を受け取らないのは凄いなって。こっちの世界の人だったら親切の押し売りみたいなことをして要求する人もいるから」
「まあ、日本じゃ割と見返りが欲しくて助けるやつはあんま居なかったかな? 困ってるやつがいたら助けるだろってな」
「でもみんなじゃないでしょ?」
「まあな」
俺がそう返すと『だからヒサトラさんなんですよ』とよく分からないことを言って笑っていた。
それはともかくあの子が助かって良かった。俺は気分よく次の町へ向かうのだった。
◆ ◇ ◆
「……行ってしまった。あの乗り物、鉄で出来ているのに速い……それに上に乗っているのはベヒーモスと言っていた。何者なんだ? 王都に店があると言っていたな。彼等ならもしかすると――」
金の入った革袋を握りしめて、冒険者の男はトラックが去っていった方を見つめながら呟くのだった。
――王都での仕事は順調そのものだった。
他の町にも認知度が高まり、日によって向かう方角のローテーションが上手くかみ合い配達の遅れや冒険者の拾い上げに遅れたりすることもない。
素直に従う理由として、やはりコンテナの上に鎮座する父ベヒーモスの存在だろう。
口コミが広がるにつれて『やべーのがお供にいる』というのも伝わっていくので、サリアやコヒーモス……もとい、アロンにちょっかいを出す人間はもはやいない。
ちなみにアロンはコヒーモスで、ダイトという名前を父ベヒーモスにつけた。
由来はアロンダイトというゲームなんかでお馴染みの剣からで、でかくて強力な剣ってイメージからベヒーモスに合うと思ったからだ。
「ポチなんて弱そうな名前はダメ!」
と、珍しくサリアに怒られたので悩み抜いた末である。
「お、いいっすねそれ」
<そうだろう、そうだろう。サリアが作ってくれたのだ>
<わんわん♪>
そんな親子の首には名前を書いたプラカードが下がっており、ダイトはドヤ顔で騎士に見せつけていた。
迷子札みたいでカッコ悪いと思うのだが、こっちにはそういう概念は無いようなので黙っておくのが優しさだと思う。
というわけで仕事は順風満帆だし、サリアや親子との仲も悪くない。
たまに来るソリッド様やバスレイなどに驚かされることもあるが、異世界の生活も慣れてきたと思う。
……となると、そろそろ本格的に動かないといけないことがある。そう、母ちゃんを治す薬のことだ。
この国には無いのか情報は乏しい。
他国に足を運ぶ必要があるかもしれないとはソリッド様やファルケンさんのセリフだ。
休みの日は慣れるまで家でゆっくりしていたが、そろそろ本格的に動き出しておかないと三年なんてあっという間だ。
「……ルアンのやつが情報をくれればいいんだがな」
「そういえば最近出てきませんねえ」
「忙しいのかもしれねえけどな」
そんなわけでとある休日。
トラックの洗車をしながらサリアと治療薬の話をしていた。サリアは洗濯をしていて、でかい帽子や俺の下着なんかが庭に並ぶ。
最後にルアンと話したのはいつだったかと思いながら、汚れを落としていく。ホースとシャワーヘッド、それに高圧洗浄機が荷物の中にあったのでかなり楽をしている。
「外観は良し、と。コンテナの中も流しておくか」
アグリアスの結婚式の時に盛大にぶちまけられたことを思い出す。
ソファを外し、足元の泥をデッキブラシで流す。冒険者が乗り降りするので、靴や装備の泥なんかが落ちていたりするのだ。
積み荷スペースも軽く掃除をして後は乾かすだけ。
<きゅん!>
<ふぐ……!? やるようになったな息子よ>
トランポリンから父に突撃するアロンを横目に、テーブルセットに腰かけて椅子を傾けながら空を仰ぐ。
明日も休みなのでどっか国境付近の町にあるギルドに顔を出そうかと思った矢先――
「こんにちは、運送屋さんはこちらだと聞いてきましたが合っていますでしょうか?」
「ええ、そうですけど今日はお休みでして……荷物のご依頼だけなら受け付けますよ」
――ポニーテールの女の子が店を訪ねてきた。
サリアがやんわりと御用を伺ったところ、両手をポンと合わせて満面の笑みで話を続ける。
後ろの男二人もどこかで見たことがあるな?
「それは良かったです! 私はいつぞやに南の山で助けてもらった者です! お礼をするためはせ参じました」
「ああ、あの時の! 元気になったようでなによりですよ」
「少し時間がかかったが、会えてよかった」
「はは、律儀だなあ。サリア、三人にお茶をお願いしていいか?」
もちろんと言ってサリアが家の中へ消えると、それぞれ自己紹介を始める。
「私はアリーと申します。あの時、処置が遅いか治療院へ行くのが遅れていたら足が無くなっていたかもと言われていて、本当に危ないところだったんです」
「俺はビリー。このパーティのリーダーをやっている。あの時は本当に神がかっていた、本当にありがとう。あ、これ、つまらないものですが」
「おお、こりゃどうも……」
ビリーになにやら良さげな箱のお菓子の詰め合わせを渡されてお互い頭を下げながらやり取りをする。そこでもう一人の男も頭を下げた。
「オレはジミー。ビリーの双子の弟だ、ヒサトラさん……だったか? あなたのことは町に戻る途中に色々と聞いて来た。このでかい乗り物とベヒーモスを従えて荷物を運んでいるらしいな」
「ああ、その通りだ。冒険者を町から町へ運ぶこともやってるぜ。明日は休みでドライブに行こうと思っているんだが、乗っていくかい?」
「ふふ、結局トラックに乗るんだから」
サリアがコーヒーを三人に出しながらおかしいと笑う。
まあ運転自体が好きだし、あまりスピードも気にしないで走れるから気持ちいいというのもある。
すると、アリーが頷きながら口を開く。
「いいですね、是非乗せていただきたいと思います。……というより私達のお礼のお話はここからが本番でして、とある場所へ連れて行って欲しいのです」
「とある場所?」
「はい。これはヒサトラ様は難病を癒す薬を探していると聞きました。ギルドなどで情報を集めている、と」
「確かにそうだ。まさか心当たりが……!?」
俺が立ちあがりながら声を上げると、三人はゆっくり頷く。
「ほ、本当に? ヒサトラさん、これは……」
「ああ、詳しく聞かせてくれ」
俺達は真剣な顔で三人に尋ねる。
<きゅーん!>
<ぐふお!? ま、まだまだ……!>
その横で親子が緊張した空気を打ち消していた……。
ああ、アロンは可愛いな……。
「アロン、おいで」
<わふ♪>
サリアが緊張感を出すため、アロンを呼んで抱き上げてくれた。
それはどうでもいいが、病を治療する薬は今の俺には喉から手が出るほど欲しい一品。それを目の前に居る三人の冒険者が所在を知っていると話す。
「それはどこだ? 今から出てもいいくらいだぞ。あ、いや、この国じゃなかったらちょっと考えないといけないが」
「場所は私達が出会ったあの山からさらに南にあるオイゲンス王国との間にある高山。そこに『アリアの花』という花が咲いていまして、それが材料の一つになると言われています」
「材料の一つ……ということは、それだけでは効かないということですか?」
サリアが尋ねると困った顔で頷く。
そうか……薬そのものがあるって訳じゃねえことは頭に無かったな。日本の習慣が残っているからいずれそうは思わなくなるんだろうけど。
それはともかく、だ。
「他の材料は分かるか?」
「後は、デッドリーベアの集めた蜜くらいしか……すみません、うろ覚えで残りはちょっと……」
「いや、二つ判明すりゃそこからギルドにでも聞いて当たればいい。それにしてもよく知ってたな」
聞けばアリーそこそこ有名な魔法使いを祖母に持つらしく、そこで見た図鑑に載っていたとかなんとか。
薬の名称が分かればとも思ったが、そこは残念ながら不明とのこと。
まあ、商人や冒険者が材料から割り出せるかもしれないし、その情報があるだけでも十分だ。
「んじゃ、行きますかね。情報ありがとう、送っていくから一緒に乗ってくれ」
「あ、はい。俺達もお供していいですか? ベヒーモスが居るから安全だとは思いますけど、アリアの花を見てみたいんです」
「そりゃ助かるが――」
と、俺が反応したところで聞き覚えのある声が庭に響き渡る。
「やあヒサトラ君、好調みたいじゃないか。城にも声が届いているぞ」
「ソリッド様?」
「「「へ、陛下!?」」」
そこにはまったく忍んでいないソリッド様と騎士達がいつものように笑っていた。アリー達はびっくりして膝をつく。
「ああ、お客さんかね? 今日はお忍びで遊びに来ただけだから畏まらなくていい。それで、アレの使い方を教えてくれる約束についてだが……」
「すみません、治療薬について情報が入ったので今から出かけることになりました。また後日お願いします」
「おう!? なんと……どこへ行くのかね?」
そういや今日は『高級ゴルフセット』に興味を示したソリッド様に使い方を教えるって話をしてたな。
だが、母ちゃんのことなので今回は涙を飲んでもらおう。
で、ソリッド様の質問にビリーが返答する。
「アノクタラ山脈です。あそこにある花が治療薬の材料の一つでして……」
「あそこか。オイゲンス王国とウチをまたいでいる山だな。……ん? 待てよ?」
「どうかしましたか?」
顎に手を当てて渋い声で呟くソリッド様に、サリアが尋ねるとポンと手を打ってから騎士達に指示を出す。
「リーザを呼んで来きてくれ。湯あみの用意を忘れぬようにとな」
「「ハッ」」
「湯あみ? それはどういう……?」
「うむ。あの山には天然の風呂があってな、折角だし連れて行ってもらおうかと」
「まあ、アリアの花を探すのが先ですけどそれでいいなら」
「無論、私も手伝うぞ」
ノリ気だ。
トライドさんよりもフットワークが軽い国王だな……
しかし、危険な場所っぽいしあまり行って欲しくはないので、騎士達へ耳打ちをする。
「なあ、ソリッド様が危険に晒されるのはよろしくないんじゃないか? 引き止めてくれよ」
「え? はは、なにを言うんですかヒサトラさん。トラックのコンテナほど、現状この世界で安全な場所を私は知りませんよ」
そういって騎士達はベヒーモス親子へ目を向ける。ああ、確かにと思っていると、ウトウトし始めたアロンを咥えて隅へ移動しようとしたダイトがこちらに気づく。
<なんだ?>
「いや、なんでもない。それじゃ、本当に行くんですね?」
「ああ、もちろんだ!」
くそ、カッコいい声だ……。これは逆らえないとリーザ様を待つまで出発の準備を整える。
温泉は……少し興味があるので、着替えとお風呂道具は持って行こう。
<わんわん!>
「シャンプーハットも持って行きますよ」
<うぉん♪>
よく分からないが頭に被るものが好きなんだよなベヒーモス達って。角が隠せるのがいいらしいけど、むしろ見せた方が威圧できるのではと思うのだが。
まあ、いつか聞いてみればいいとコンテナに荷物を色々と乗せていく。
「改めて見ても……大きいですね……」
「自慢のトラックだからな。まあ、元々俺のって訳じゃないけど、今は無くてはならない相棒だよ」
「……これがあれば、一気に抜けられる、か……?」
「え?」
「いや、なんでも、ないです!」
ジミーが慌てて手を振り、口をつぐむ。
トラックを見る目が鋭かったがなにかあるのだろうか……?
「ごめんなさい、遅れましたわ」
「いいえ、問題ないですよ。それじゃビリー達には悪いんだけどコンテナの方に乗ってくれ」
「はい! 内装も綺麗ですし、景色を見ながら移動できるのは楽しいですよ!」
アリーがにこやかにそう言い、トラックに乗り込むと出発となる。
アリアの花……必ずゲットだぜ!
「あら、寝てしまったのね」
「朝から遊んでましたから疲れたのかもしれません」
「おーい、後ろは平気か?」
「あ、はい……ダイジョウブ、デス」
またしても騎士達がコンテナに待機したのでぎっちりと詰まっていたので聞いてみたが、アリーは大丈夫ではなさそうだった。少しだけ辛抱して欲しい。
ちなみにソリッド様と一緒の来る騎士はちゃらんぽらんのように見えるが近衛騎士というやつで、ほぼ最強クラスの力があるのだとか。
「おお、魔物が蜘蛛の子を散らすように消えていくぞ。ベヒーモスのおかげだな!」
「毛皮を剥がれたくなかったらあっちへ行きな!」
蛮族か。
こんなヤツらだが強いのであるから異世界は分からない。
まあ気のいいことと、族時代の奴等を思い出すから悪い気はしないけどな。
アノクタラ山脈へはアリー達と出会った山を迂回して行く。
概ね6、7時間で到着予定だが昼前に出発したことを考えると途中サービスエリア……もとい町で一回休憩して、山の近くで一泊する形になりそうだ。
明後日の仕事を考えると時間はあまり多くないと思っていいだろう。
問題はジミー曰く、咲いている場所がどのあたりなのかまでは分からないこと。漫画とかだと変な崖とか魔物の巣の近くとかにあったりするから明日中に探し当てられるのは難しいかもしれない。
図鑑の絵を知っているアリーが居なければどういう花なのかも分からないので、短期決戦が望ましいところだ。
そして休憩中のサービスエ……町で少し休憩。
「あの子達にお土産買って行きましょうか?」
「そうだな、今日も黙って出てきたし――」
まだ見ぬ王子に僅かの同情を感じる。いつかお礼の品を持って行こう。
「あそこの屋台のお菓子、美味しそうですよ」
「買いましょう!」
サリアやアリー、騎士達も軽くおやつを食べながら背伸びをしたりしてゆっくり過ごした後に出発。さらにアノクタラ山脈の麓にある町で一泊をし、いよいよ山へとトラックを入れる。
<ふむ、標高が高いから寒いな>
「だな。みんな大丈夫か?」
「冒険者や騎士はこういうことも想定していますから大丈夫ですよ」
鼻水を垂らしながら言うこっちゃねえが、ビリー達はマントを羽織り出したので準備は万端らしい。
だが、ソリッド様とリーザ様はラフな格好なので涼しいを通り越して寒いようで体を震わせていた。
「エアコンをつけますよ」
「えあこん?」
「まあ、すぐわかりますよ」
程なくして温風が出てくるとリーザ様が驚きながらも笑顔になる。
「まあ、やはりトラックは素晴らしい乗り物ですわね」
「季節など関係ないのか、凄いな」
さらにコンテナを閉めようかと提案もしたが、花が道中にあるかもということでそのままだった。だが、登るに連れて気温は下がっていく。
そして――
「これ以上はトラックじゃ無理だな」
「道が無くなっちゃいましたね。元々、人があまり立ち寄るような場所じゃないですし仕方ないですね」
「それじゃ、ここから足を使って探すか。ビリー達しか花は分からねえし一緒に行動してくれるか? ダイトはソリッド様達を守るのにここに残ってくれ。サリアもトラックだ」
<む? それは構わんがいいのか? 我の背に乗った方が速く動けると思うぞ>
「そうだな。私達には騎士も居るし、時間をかけないほうがいいだろう」
いや、ここに来るまで結構凶悪な魔物が見えたような気がするけど……
ま、まあ、本人がいいって言うならさっと移動すべきかとダイトに頼んで背に乗せてもらう。
<毛を掴んでいていいぞ>
「い、痛くないのか?」
<問題ない。少し走るぞ、久しぶりだな山の中も>
<わぉん♪>
結局冒険者の三人と俺、そしてサリアとアロンが探索に入る。
俺は寒いのは平気だがサリアには酷だろうとジャケットを着て貰った。
針葉樹林のような木々の間を抜ける間、アリーはずっと目を凝らして草木を見ていたのだが――
「無い、ですね……」
「どういうお花なんですか?」
「色は白で、五枚の花びらでしたね。中心は赤紫みたいな感じだったかと……すみません、図鑑で見たのも結構前なので……」
「まあ、治療薬の材料になるようなものだし、そう簡単には見つからないんじゃないか? 気長にやろう。えっと、白い花びら5枚だな?」
ダイトにゆっくり移動してもらい、山の中を探索に数時間ほどかけてあちこちを探しまくったがそれらしい花はさっぱり見つからない。
「ねえな……時期とかが関係してくるとかないか?」
「あー、それはあるかもしれませんね……そこまできちんと調べてないので……」
ビリーが申し訳なさそうに頭を下げるが、年数はまだあるし定期的にここへ来てもいいと思う。重要なのは情報で、最悪誰かに頼んで持ってきてもらうくらいの頭はある。
さらに1時間ほど経過したところでお昼になり、俺達は一旦トラックへ戻ることに。
「しかし、崖とかすげぇな。落ちたらひとたまりもないぜ」
<ここは昔訪れたことがあるが、遭難者も多く居たな。人間の骨なんかがあちこち埋まっていると思うぞ>
「や、やめろよ。……ん? ちょ、止まれダイト!」
<おう!? 角は止めろ!? なんだ?>
ダイトの角を引いて立ち止まらせて降りると、眼下に見える崖、その対面側にそれらしい花が咲いているのが見えた。
「あ! アリアの花!」
「3輪咲いてますね。でも場所が……」
フラグを立ててしまったのを悔いるほど辺鄙な場所に咲いていた。ほぼ垂直の切り立ったところなので命綱がないと確実に死ぬ。
「どうします? 出直した方がいいですかね」
「いや、みすみす逃すのも勿体ねえ、ロープはあるからこいつを体に結んで降りる。ダイトが引っ張ってくれたらいけるだろ」
<やってみるか>
「き、気を付けてくださいね!」
サリアが両こぶしを胸の前で握り、心配そうに呟く中俺はゆっくりと下がっていく。
根元から三本抜いてツナギの胸ポケットに入れて合図をする。
また少しずつ上がっていくと――
<きゅん! きゅん!>
「きゃああ!?」
「こいつ……!」
上が騒然とし、サリアの悲鳴とビリー、ジミーの怒声が響く。俺はサリアの悲鳴にドキッとした俺は崖をかさかさと昇り始める。
「うおおおおおおおお!」
<むお!? 両手で登るだと!?>
ダイトが驚愕の声を上げるが、俺は構わず一気に登り切り、背中のバットを抜いてサリアの前へ出る。
「ヒサトラさん!」
目の前にはキツネの化け物みたいなやつが立っていてこちら睨みつけていた。恐らくだがダイトが動けないと知り、狙って来たのだろう。
「ああ? なにガン飛ばしてんだてめぇ? やるなら相手になんぞ? そん時は覚悟できてんだろうな……?」
俺は負けじと睨みつけながらその辺にあった石をバットで殴って粉々にする。
すると、その瞬間キツネの化け物は尻尾をおっ立ててびくっと身体を強張らせた。するとすぐに後ずさりをして――
「コーン……」
「あ、逃げました!」
<わんわん!>
――逃げた。
「チッ、逃げるなら最初からくるなっつーの」
「あ、いや、俺達も驚愕してるんですけど……。今砕いたやつ……アイオライト……」
「それが砕けるならクレイジーフォックスの頭蓋なんてひとたまりもないから逃げたのかと……あいつ賢いので……」
「ああ、それで……」
<きゅーん♪>
「おう、お前も頑張ったな。っと、手に入れたぜ」
「わあ、キレイですね!」
誇らしげに鳴くアロンを抱っこしながら、俺はアリアの花をゲットできたことを喜ぶ。
まずは一つ、か。
初回で手に入れられたのは良かったと胸をなでおろしながらトラックへと戻るのだった。
「あ、やべ、とりあえず抜いてきたけど保存できんのかね?」
「魔力を込めた水に漬けておけば問題ありませんよ。これで足りるかどうかの方が問題ですね」
「なるほど、やり方は後で教えてもらうとしよう」
さらに言うなら薬も誰かに作って貰わないといけないのでその人材探しもしないといけないんだよな。
アリーの祖母がそういう図鑑を持っていたというなら、作れたりしないだろうか? 聞いてみるのもいいかもしれない。
ダロンの背中に乗って悠々とトラックまで戻ると、騎士達が焚火をして待っているところに出くわした。
やっぱり寒かったのかと思っていると、
「おお、戻ってきましたか。丁度焼けたところなのでどうですか?」
<ほほう、美味そうだ>
チラリと視界を動かしたら大きな猪の毛皮があった。
襲撃されたのかどうか分からないが、焼ける肉を余裕で見ているかぎり、さして苦労もせず殺ったのだろう。
アロンとダイトが尻尾を振りながら焚火の前で待機するのを横目に、ソリッド様達へ声をかけた。
「ソリッド様、戻りましたよ」
「お帰りヒサトラ君。それが探していた花は見つかったかね?」
「キレイですわね。お母様のお薬に一歩近づいたのは良かったです」
「ええ、ありがとうございますリーザ様。残りの情報もあるといいんですけどね。あ、なんか肉を焼いたみたいですけど」
「む、それは気になるな。毒見役も居るし食うか」
トラックから降りた二人と入れ違いに助手席へ乗り込むと、ダッシュボードに花を置いてから俺も合流。
毛皮は他に使えるらしいので、俺が採って来たアイオライトと一緒にコンテナに積んで一路王都へ……ということはなく、ソリッド様達の目的である温泉を探すため下山し、周辺の町へ移動。
◆ ◇ ◆
「ああ、ここから少し登ったところにありますよ。その乗り物じゃちょっと無理ですが、町から道が出ているんで、歩いて行けます。……というか陛下がなぜここに……」
「天然の風呂というのを体験したくてな」
「いや、ゴルフバッグを担ぐのは関係ないですよ」
「では人払いをするよう町長へ
やはりゴルフセットはおじさんには魅力的なのだろうか?
使い方を知らないのに担いで歩くソリッド様にツッコミを入れるが気にした風もなく歩いていく。
ということで山の麓にある町から徒歩で温泉へ向かっているんだけど意外や意外、道は整備されていて山のある一定の範囲は魔物が入って来れないように壁を作っているのだとか。ついでにキノコや山菜、果実なども採取できるため温泉以外でも潤っているようだ。
「男女別みたいだからわたくし達はこっちですね」
「それと毒見役のフェイシュさんと私、アリーさんですね」
「気を付けてな」
「お風呂だけですから大丈夫ですよ!」
「アロン、一緒に行ってこい」
<うぉふ!>
俺の言葉に威勢よく鳴いてドヤ顔で女性陣の足元に移動。ちなみにダイトも居るが、風呂には入れないのでその辺で寝ててもらう。
<我、不憫>
「なら小さくなる技を掴めって。んじゃ、見張りは頼むぞ。飯はいい物食わせてやるから」
<承知した>
最強種の一角は涎を垂らしながら頷いていた。
風呂へ入ると、ヒノキの湯船に程よい温度のお湯が並々と溢れていて、俺は思わず感嘆の息を漏らした。
「……あ”あ”ー……気持ちいいなこりゃ……」
「熱すぎずぬるすぎずってのがいいっすね。騎士達が全員入れないのは惜しいけど」
「人数が多いから仕方ない。ともあれ、ひとつでも手がかりが手に入ったのは良かったな」
並んで湯船に浸かっていたソリッド様が不意にそんなことを口にし、俺は苦笑しながら答える。
「そうですね。次の休みはデッドリーベアの蜜を採りに行きますし、その後のことも考えないといけませんからまだまだですよ」
「もう少し手伝えればなあ」
「いやいや、ソリッド様にはかなり助けてもらってますから……後は自分でやりますよ」
「そうか? ま、困ったことがあったらなんでも言ってくれ」
ソリッド様はお湯をすくって顔を洗いながらそんなことを言ってくれる。
正直、十分すぎるからお礼を言ってから口まで湯船に浸かって温泉を堪能することにした。
ルアンのヤツ、そろそろ出てこないか?
そう思っていると、同じく黙って温泉に入っていたビリーが口を開く。
「すみませんヒサトラさん、少しお話があるのですが――」
「ん? なんだ?」
◆ ◇ ◆
「普通のお湯と違いますのね?」
「お肌に良かったり、ケガに効いたりするって書いてありましたよ。特殊なお湯みたいです」
「それは面白いですわね」
「サリアさん肌きれいですねー」
ヒサトラさんがオンセンと呼んでいた天然のお湯に浸かってまったりする私達。女性同士で話をするのが久しぶりだなと思いながらアグリアス様を思い浮かべる。元気にされているだろうか?
それにしてもお薬は材料が必要というのは盲点だったかな? でも、この調子でいけばお母様の治療薬はできそうな気がします。材料について聞こうとしたところで、アリーが口を開きました。
「……多分、今頃ビリー達が頼んでいると思いますがサリアさんからもヒサトラさんにお願いをして欲しいんです」
「お願い、ですか?」
「あらあら、なにか深刻な顔ですけど?」
リーザ様の言う通り、アリーが言い出しにくそうな顔で私の顔を見つめていた。しばらく黙っていたけど、すぐに決意の表情に変わり私の手を取って言う。
「……私の家は代々後を継ぐ際、試練があるのですが課せられたものがとても難しく、手をこまねいておりました。ですが、あの『とらっく』なら成し遂げられるかもと思い今回アリアの花について情報を提供しました。もちろんお礼もありますが、この件が終われば報酬もお渡しします」
「ちょ、ちょっと待ってください! あなたは一体何者なんですか?」
「それは――」
その正体に一番反応したのは……リーザ様だった――
「へえー、南の国のねえ」
「はい。私はローデリア王国の貴族の一人でアリー=ホーランドと言います。この二人は私が試練を突破するためについてきてくれた者です」
「そっちの領主も大変だな。女性が領主になることが無いわけではないが珍しいな? いや、これ美味いな……!?」
湯上り。
お歳暮の中にあった冷えたフルーツジュースを飲みながら外でそんな話をしていた。
そこで判明した事実だが、なんとアリーは領主の娘で、父親が病に臥せっているにも関わらず次期領主争いの真っ最中だとのことだ。アリーには兄弟がおらず、従兄弟と結婚を迫られているらしい。
「あの男と結婚するのは嫌なんです……だけど弱っている父を叔父が言いくるめようとしていまして……。先にお話しした通り試練をクリアしなければ家を継げません。女である私がそれは無理だろうと」
どうも叔父もその息子も金目当てであまりいい性格をしているわけではないらしく、可愛い顔立ちのアリーだが顔が歪んでいた。怖い。
まあ、そんなわけで一年かけて試練をクリアすれば家を継ぎ、好きな男と結婚できるという条件に臨んだってわけだ。
「その条件がドラゴンの鱗を手に入れること、か」
「はい。ローデリアにある山に棲む赤い竜の鱗を手に入れる……それが代々伝わる試練なんです。父もやりましたし、部屋に飾られていますよ」
「それで力をつけるために冒険者としてやっているのですが、残り二か月となってしまい達成できそうにありません。ですが、一枚でも奪って逃げきれればと思い、こうしてご相談させていただきました」
ビリーが難しい顔で首を振る。アリーはその叔父息子との結婚は回避したいらしい。そこでサリアとリーザ様が拳を握って俺に声をかける。
「話を聞きましたがセクハラをする金に汚いクソ野郎みたいです! アリーのためにもここは力を貸しましょう!」
「そうですわ! 好きな人と結婚できないなんて許せません!」
「お、おう」
<わん>
事情は分かったが、もうひとつ気になることがあるのでそっちについて聞いてみることにする。
「まあ、協力するのは次の休みなら構わないが……親父さん病気なんだろ? アリアの花を欲しがったのは回復も視野に入れているからじゃないのか?」
「……はい。利用したことは謝ります……」
「あ、いや、そうじゃねえんだ、ウチも母ちゃんの病気を治すため調査している訳だし、ついでに親父さんの分も手に入れておいた方がいいんじゃねえかなって」
「さすがヒサトラさん! 私もそう思ってました!」
「うわ!? よせって!?」
サリアが歓喜の声を上げて抱き着いてきたので慌てて受け止める。サリアを抱っこしままアリーに目配せをすると、今まで緊張があったのだろう。一筋の涙が流れていた。
「ありがとう……ございます……」
「なあに、俺もこの世界に来てかなりみんなに世話になってるからな」
ということで次はドラゴンの鱗をゲットし、継承できるようになったら次に治療薬の材料集めをすることを目標に行動しようということになった。
「別の国の事情ですが大丈夫なんですか?」
「ん? 別に構わないぞ? 他国だろうが人は人。協力し合うのが当然だろう」
それが出来ない人間が国を預かると戦争を起こすのだと、珍しく真面目な顔で度量の高いことを口にし、騎士達から拍手が沸き起こっていた。
しかし――
「……ゴルフはお預けか」
やはりそこはソリッド様だったとさ。
◆ ◇ ◆
そして温泉を堪能してすぐに王都へ戻ると、翌日からの仕事に備えて素早く飯を食って就寝。
アリー達はどうするのかと言えば、ドラゴンのところへ行くまで仕事を手伝ってくれるとのことで、一緒に宅配をして回ることになった。
まさかこんなことになるとは思わなかったが持ちつ持たれつだと思うので、出来る限り協力はしたいと考えている。特にドラゴンとなればベヒーモスであるダイトの力が必要になるかもしれないしな。
<ふあ……>
<きゅーん……>
庭先であくびをする親子は特にドラゴンと聞いても特に気にしていないが、勝てるのだろうか? 一応、最強種だし戦ったこともありそうだ。
そこから五日ほど宅配に従事し、アリー達が居ても特に問題なく仕事が終わる。
五人で生活しているとそれはそれで楽しかった。
ビリー・ジミーは兄弟で、ビリーの方がアリーの恋人なんだと。で、そのアリーはお嬢様らしく料理がまったくできないというのがそれっぽくて面白かったな。
ビリーと結婚させるためにも頑張ってやらないとな。
祖母はまだ生きているらしいが、達成するまでは家に戻れないそうなので俺の目的を果たすためにもここは一肌脱がねばならないのだ。
そして休日、俺達はローデリア国に入ることになるのだが……
「ちょ、なんだこれは!?」
「トラックという乗り物だ。私はソリッド、ビルシュ国の王をやっている」
「ビルシュ国王様!? それに上に乗っているのは……」
「ベヒーモスだ。急で悪いがドラゴンの棲む山へ行かせてもらうぞ」
「あ、はい……お通り、ください……ええー……」
なんとソリッド様もついてきていたりする。
トラックが怪しまれれば先に進めないだろうということで、ビルシュ国側の騎士達と国境警備兵が証人としてついてきたというわけだ。いや、いいのかマジで?
「い、いいんでしょうか……」
「まあソリッド様には逆らえないしなあ……」
「早く終わらせてゴルフとやらをやるのだ! ヒサトラ君頼むぞ!」
「ま、早く終わらせるのは同意しますよ。……んじゃ行きますか!」
というわけでやってきたのはドラゴンの棲む山である『リキトウ山』。
強そうな名前でいかにも居そうな感じがする。
国に入ってから南に50kmほどの場所に位置するこの山は悪路だった。一応、冒険者達も狩りに利用するため道が無いわけではないんだけど、まあ獣道って感じだ。
2NDに切り替え、ディーゼルエンジンの底力を見せつけ急こう配を登っていくと、騎士達がやんややんやと喝采していた。
ダイトはコンテナから降りてトラックの前を歩いてくれており、魔物に対しての牽制と万が一ドラゴンに遭遇した場合に話をしてもらうようにしている。
「っと、そろそろ中腹だな。これ以上は流石にトラックじゃ無理だ」
「道も無くなっちゃいましたしね」
<わふ>
ちょうど転回できそうな場所があったので下山準備をしてトラックから一旦降りる。
ここからはダイトの背中に乗ってドラゴンの巣に行く必要がある。
「ソリッド様は残っていてくださいよ? 流石にドラゴン相手は騎士達も危ないでしょうし」
「まあ勝てなくはないっすけどね、多分? でも、鱗を拾ってくるだけなら待ちますよ。ベヒーモスの旦那が居れば大事にはならないっす。後、アイオライトを殴って壊せるヒサトラさんなら余裕っすね」
「まあそうだな」
ソリッド様は聞き入れてくれて冒険者3人組と俺、サリアにアロンという組み合わせでさらに登っていく。
ここもアノクタラ山脈と同じで標高が高く、最長で2000mはあるようだ。山脈は3000m級で1700mくらいでアリアの花を見つけた。
「ここは火山じゃないのか」
「普通の山ですね。火山はもっと南に行かないとないんですよ」
「ドラゴンが棲むくらいだからそうだと思ってた」
<ドラゴンも暑い場所を好むやつはそう多くないぞ?>
意外である。
火を吐くから平気かと思っていたが、そうでもないらしいや。
そんなどうでもいい会話をしながら山の7割くらいを登ったところで目的の場所へ到着した。
「……あれが巣か。ここは想像通りなんだな」
<まあ、我もそうだが最強種と言っても生き物に変わりはないから他の動物と似ているところもある。というかあやつは――>
「ダイトさん、隠れられていないですよ」
<……きゅん>
<む、そうか>
岩陰からこっそり覗くと銀色の鱗をし、体を丸めたドラゴンが鼻提灯を浮かべて寝ているのが見えた。木々を集めて作った巣には卵と鱗が落ちていて、これは絶好の機会だ。
「よし、アリー。お前の勇姿はしっかり残しておくから行ってこい。ビリー達は手伝えるんだよな?」
「はい! その魔道具があればあのドラ息子達にぐうの音も出ないくらいの証拠を突き付けられます!」
「行こうアリー、ジミー兄さん」
そう言ってそろりと足を忍ばせて近づいていく3人。
鱗は落ちているものの、巣の中にあるのでそれなりにハードルは高いので見ている俺達もドキドキである。
ちなみにアリーが言っていた魔道具は俺のスマホで、動画の録画機能のことである。
一度試しに撮ってみたので存在を知っている訳だな。
まあ、現地で取って来たかどうかなんてのは監視役もいないし分からないと思うのだが、そこは嘘を吐きたくないと自身で行った。ちなみに鱗自体高価なので買ってもいいらしい。
何故か? 基本生活費しか渡されないのでそれだけ稼ぐ力がある、もしくはドラゴンの巣へ向かってくれる冒険者を雇えるという『財力』を認めてもらえるんだと。
流石に1年やそこらでそんな大金は用意できなかったのでこれがラストチャンスというわけ。
「頑張ってください……!!」
<わふ……!!>
上手いこと鱗を三枚拾うのが見えて歓喜の笑みを浮かべるアリー。
だが、そこで変な虫がドラゴンの鼻提灯に近づいていく。
「あ、まずい!? 早く戻れ!」
「は、はい」
小声で注意喚起をするが遅かった……虫により鼻提灯が今、割られたのだ――
<んあ……? おっと、いかんいかんうっかり昼寝を……な!? 人間だと!>
「わあああ!? 起きた!!」
「急げ!」
<ぬう、岩陰にもいるのか? なにをしに来たのか知らんが、我がテリトリーに入ってきたこと、後悔するがいい!>
「うるさっ!?」
鋭い咆哮を上げるドラゴンにアリー達が耳を抑えてしゃがみ込む。ここにいる俺達でもうるさいと感じるので近いあいつらはさらにキツイはずだ。
このままでは殺られると、俺はダイトの背を叩いて踊り出る。
「こっちにも居るぜ!」
<む! そっちにも! って、貴様――>
銀色のドラゴンの気を逸らすため、ダイトの背に乗ってバットを振って威嚇する俺。
首をこちらにもたげて目を見開いたドラゴンは驚いたように口を開く。
<貴様……ベヒーモスではないか! おお、元気そうだな!>
<やはりシルバードラゴン、お前だったか。呑気に寝ておるからそうではないかと思ったわ。だから卵を盗まれるんだぞ?>
<ぬっはっは! 無精卵などくれてやっても構わんわい。有精卵ならかみ殺してやるがな? しかし……人間と一緒とはどういう風の吹き回しだ?>
「……随分親しげだな……ダイト、知り合いか?」
俺以外のみんなも驚いた顔をして両者を見比べていた。
すると、ダイトがドヤ顔で言う。
<うむ、この山を見てもしやと思ったがこいつは我の旧知の間柄であるシルバードラゴンだ>
「知り合い……」
どうやら最強種同士、世間は狭いってことらしい。
だけどシルバードラゴンが俺達を見て目を細める――