異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

「おおー、やはり速いな」
「風が気持ちいいですわね」

 急ぎ旅ってわけでもないのでゆっくりトラックを走らせて港町へと向かう。
 俺達の居るビルシュ国の王都から北へ数十キロで海辺に到着する。馬車なら泊りの距離なんだが、トラックなら日帰りは余裕だ。

「そういやこの世界にフライってあるのか?」
「ふらい?」
「ああ、食材に小麦粉卵にパン粉をまぶして油で揚げるやつだが……ないのか?」
「私は聞いたことが無いですね」

 サリアがあっさりそう言ったのでどうやら無いらしい。
 横目で見ると、国王様夫妻も首をひねっているので、間違いないようだ。
 
「揚げ物って簡単そうだからありそうだと思ったんだけどなあ」
「揚げ物はありますよ?」
「む、そうなのか……?」

 俺が訝しんでいると、肉や魚、または野菜を『素揚げ』することはあるらしいが、小麦粉とかそういう『料理』として揚げ物は無いらしい。

「フライ……異世界の料理か、見てみたいものだな」
「飛びそうですね」

 確かに。って、類義英語は通じるのか……?
 そういや言語問題って解決しているけど、どうなってんだろうな。まあルアンのせいで全て片付いてしまいそうだからあまり考えなくて良いだろう。

 そんな調子で昼ご飯は魚料理一択だなと俺の腹もその心づもりになっていた。
 フライが無くても刺身は……いや、生物は無理か? 食えるようなことを言っていた気もするけど異世界の魚ってまだみたことないし様子見か。
 焼き魚でもいいけど、それなら白い飯が食いたい。こっちにも米はあるが、もちっとしてないのが少し物足りない。

「あんまり揺れないのねえ」
「そういうのも考慮して作られていますからね」

 そして山間に差し掛かり、少し荒れた道を登ってからまた下り始めると海が見えてきた。
 
「おー、キレイだな」
「わたくしは初めて来ましたわ、とらっくとは便利なものですわね」
 
 途中で魔物の姿があったが、トラックなら魔物に襲われる心配が殆んどないのは実証済みなので、こうしてソリッド様も連れてきたという訳である。ちなみに馬車だとほぼ確定で襲われるからよほどのことが無い限り遠距離の移動はできないのだそうだ。
 
「あれかな」
「町の入り口ですね」

 やがて港町へ到着する。町の門の前までゆっくり走らせたところで止められた。

「お、おーい、止まれ!」
「こんちは、町に入りたいんだけどいいかい?」
「おお、人間……か?」
「人間だよ!? これは――」

 と、俺が説明しようとしたところでコンテナから降りて来た騎士が前に出てくれた。

「こちらに乗られているお方はこの国の王であるソリッド様だ。この乗り物も特に問題ないので、安心していい」
「うむ、私がソリッドだ」
「陛下のお顔を拝見したのは初めてですが、確かに騎士殿の鎧にある徽章などもそうですね。一応、町の長を連れて挨拶をお願いしたいのですがお待ちいただけますか?」
「もちろんだ。町長なら知っているだろうしな」

 ソリッド様が寛大な態度で許可をすると、別の門番が慌てて駆け出して行く。まあ、国王様とはいえ怪しい乗り物に乗っているわけだから訝しむのも無理はない。
 
 しばらくアイドリングしていると、白髪交じりで日焼けした筋肉だるまが歩いてくるのが見えた。あー、漁師って感じがする風貌だ。歳のころは四十代後半って感じかな?

「おお、間違いなく陛下だ。誕生パーティに呼ばれておりました、オールシャン町長のチリュウと申します」
「そういえば昨年の誕生パーティの人選に入っていたか」
「はい。それにしても……凄いですね、車輪があるということは移動するものだと思いますが」
「うむ、異世界の乗り物でトラックという。中へ入ってもいいか?」
「おっと、そうですな。ではこちらへ」

 門が完全に開かれてトラックを先導してくれるチリュウさん。
 港町とはいえ家屋の造りはそれほど変わらないけど、窓は少ない気がするな。潮風とか関係あるのかね?

 王都やトライドさんの居た町と違って普通の町なので道は狭い。
 慎重にならなければと黙ってハンドルを操作し、奥まで行くとようやく広い場所に出ることができた。

「ふう……」
「お疲れ様、ヒサトラさん」
「ありがとうサリア。それじゃ、降りますか」
「そうだな。久しぶりに魚料理にありつけるな、楽しみだ」

 心底嬉しそうに笑うソリッド様に苦笑しながら俺も降りると、背伸びをしている騎士、総勢20人と毒見役二人が見えた。

「サリアは魚、好きなのか?」
「川魚なら食べますけど、海の魚は高級ですから食べたことないですね」
「そっか、そういう意味でも来て良かったな」
「ふふ、ありがとうございます」

 どうせ忙しくなるだろうし、今の内に休ませておくのもいいと思う。
 そんな会話をしていると、チリュウさんが近づいてきて話しかけてきた。

「それで、本日はどのようなご用が?」
「なに、新鮮な魚を食べたいと思ってな。トラックならここまですぐ来れると思ったのと、これが国の各町へ運送するという事業も始まるから、そのテストケースでもあるのだ」
「……確かに、荷台が大きいですな。あれなら相当数の荷物が運べるのは明白。移動スピードが速いなら、海魚も遠くへ運べる、ということですかな?」
「うむ。王都からここまで数時間だぞ?」

 その言葉にチリュウさんが目を丸くして立ち尽くすが、すぐに笑みを浮かべ――

「これは商売が捗りますな」
「そうだろう? さて、早速で悪いが美味い魚が食いたい。どこかいい店は無いか?」
「ははは、陛下の頼みとあらば案内しないわけにはいきませんな! では、こちらへ」

 気さくな人だがすぐにトラックの有用性に気づくあたり、筋肉の割に賢いのかもしれない。
 いや、ごめんなさい偏見です……

 そんなことを考えながら俺達はチリュウさんの後をついていくのだった。さて、異世界の魚ってどうだろうね?
 
「さあさ、この店は観光客からも人気の声が高い食堂となっておりますぞ」
「ほう、悪くないな」
「オシャレですわね」

 リーザさんの言う通りオシャレな海辺のレストランって感じで、女性に人気がありそうだなと感じる。横を見ればサリアが目を輝かせていたのでやはり女の子はこういう場所が好きらしい。

「雰囲気がいいですね、海を見ながら食べたいかもです!」
「だな、ソリッド様と席が離れても窓際がいいな。……ん?」

 ソリッド様や騎士達が入っていくのを横目で見ながらサリアとどこがいいか、なんて話をしていると下の方から袖を引っ張られる感覚があった。
 
 視線を下げるとみすぼらしい恰好をした兄妹らしき二人が口をへの字にして見上げていた。

「お、なんだ坊主?」
「どうしたの?」

 俺とサリアが声をかけると、兄貴の方が力強く俺の袖を引っ張って口を開く。

「う、ウチの店に食べに来てくれよ! 魚はウチのが美味いんだ!」
「おねがいまーす!」
「お願いします、かな?」
 
 サリアが屈みこんで五、六歳くらいの妹の頭を撫でながら尋ねると、兄のズボンを掴んでサッと後ろに隠れた。恥ずかしがり屋さんのようだ。
 どうもこの兄妹の家も食堂みたいだがどうしたものか? 少し考えていると、ソリッド様達は中へ入り、レストランの従業員が声をかけてきた。

「どうかされましたか? ……あ、お前達! また邪魔してるのか!」
「ち、違う! まだ店に入ってないから声をかけるのはいいだろ……」
「汚い風貌で店の周りに寄られちゃたまらないんだよこっちは。ささ、陛下がお待ちですぞ」
 
 という話を聞いて俺は頬をかきながら従業員と子供たちを見比べる。
 ソリッド様はもう中なので本来ならついていくべきだろう。

「あー、ソリッド様にはあんたから言っておいてくれるか? 俺はこいつらの店に行ってみるよ。ソリッド様と一緒にいるけど庶民だしな。サリアはレストランに行っていいぜ」
「もう、ヒサトラさんが行かないなら私がそうすると思いますか?」
「ええ……? こいつらの店、汚いんだぞ」
「店はそうかもしれないけど、味はいいんだぞ!」
「だぞー!」

 兄妹が激高すると、従業員は肩を竦めて俺に耳打ちしてくる。怒っているって感じじゃなさそうだが?

「まあお客さんが店を選ぶから俺は強く言えねえし、こいつらも必死だから止めないよ。でもウチの方が多分いいと思うから、また寄ってくれ」
「ああ、そうさせてもらうよ。とりあえずソリッド様にはよろしく言っておいてくれると」

 従業員は片手を上げながら店に入っていき、それを確認してから俺は坊主の頭に手を乗せて歯を出して笑いながら答えてやる。

「よし、お前の店に案内してくれ! 美味く無かったら承知しねえぞ?」
「……! おう! 絶対うめえんだからな!」
「なー!」

 手を繋いでいない方の拳を振り回す妹が微笑ましいなと思いながらサリアと一緒についていく。
 すぐ傍には浜辺があり、だんだんと石垣へ変化しているのが海だなと感じさせてくれる。テトラポットみたいなものは無いので、津波が来たら大変そうだ。

「釣りかあ、俺はやらないけど動画とか見ていると楽しそうなんだよな」
「どうが、ですか?」
「ああ、まあ向こうの世界の娯楽だな。あればっかり見ているのもどうかと思うし、釣りみたいなアウトドアな趣味もいいと思うぜ」
「釣ったお魚はそのままご飯になりますしね」

 サリアとそんな話をしながら歩く中、俺は子供たちに話しかける。折角なので名前くらいは聞いておこう。

「俺はヒサトラってんだ。お前達の名前は?」
「ハアタだ! よろしくなあんちゃん!」
「ミアだよ!」
「私はサリアです」

 握手をしながらミアを抱え上げて肩車してやると、きゃっきゃっしながら俺の頭をガシっとつかんで大喜び。
 兄妹揃って元気は元気なんだな。

「きゃー♪」
「あ、ミアいいなあ。でも、人見知りするこいつがこんなに喜ぶのは珍しいな」
「そうなんだ?」
「うん。まあ、あんちゃん達いい人そうだもんな。まさか本当に来てくれるとは思わなかった」
 まあ、あっちは気を使いそうだからな。で、店はまだか?」
「えっと、あそこ!」

 ……へえ。

 そう思わずつぶやきそうになるくらい、確かにぼろかった。雨風はしのげそうだが、見た目は完全にダンボールハウスレベルと言っていいかもしれない……。

 しかしこういう場所の方が飯は美味い、というのがお約束なので期待したい。
 大丈夫だよな……?

 少しドキドキしながら近づいていく……サリアに変なものを食べさせるわけにはいかないので毒見役を俺が務めるつもりだ。 
 しかしあいつら、クソみたいなテンションだったけどこんな気持ちでやってたと思うと尊敬に値するのかもしれない。

「ただいまー! 父ちゃんお客さんを連れて来たよ!」
「かあちゃんただいまー!」
「お、どこ行ってたんだハアタ!! おお、町の人間以外の客、か?」
「なんか無理いったんじゃないだろうね?」
「だ、大丈夫だよ……。ほら、ミアも懐いているだろ?」

 チリュウさんと同じくらいのマッチョな男性が俺を見て目を細め、ミアに目を向けると笑顔で俺の肩を叩きながら言う。

「おお! すげえなアンタ。ミアが俺達以外に肩車なんてさせるの初めて見たぜ!」
「そうだねえ。こっちの女の子もキレイだし、どこのいいところから来たんだかね。悪いね、ウチの子が無理言ったんだろ? こんなボロ店で食わなくてもいいだろうし、遠慮してくれていいんだよ」

 おかみさんって感じの人が自虐ネタみたいにして笑うが、この一家は仲がいいんだろうなって思う。
 きっと料理も美味い……ような気がする。

「いや、ここでいただくよ。二人、おススメを頼む」
「オッケー、おもしれえ兄ちゃんだ! 腕によりをかけてやるぜ!」 
 
「おまちどう! サバの塩焼きにサザエのつぼ焼き、ヒラメの刺身と漁師汁だ!」
「お!!」
「これが海のお魚なんですね」

 炭火で焼いたサバには脂が程よくのっていて厚みもある。サザエも向こうじゃあまり見ないくらいの大きさで、まさかヒラメの刺身があるとは思わなかった。

「サバは塩焼きだけど、サザエと刺身はなにで食べるんだ?」
「塩だ!」
「ああ、そうか醤油はないのか……」
「しょうゆー?」

 ミアがテーブルの横にくっついて俺を見上げながら首を傾げて俺に言う。可愛い。こういう子供が欲しいなと思うくらい純真な目をしている。

「俺の世界の調味料なんだ、刺身には山葵と醤油がいいんだけどこの世界には無いのかな?」
「聞いたことがねえなあ。お前、知ってるか?」
「いや、町長とかなら知っているかもしれないけど……」

 ふむ、積み荷の中に調味料があったような気もするがどうだったかな?
 ほら、お中元とかのサラダ油セットみたいな貰っても持て余してしまうような詰め合わせあるだろ? ああいうので調味料セットがあったと思うんだ。
 とりあえず今日のところは郷に入っては郷に従え、こっちの世界流の食べ方でいただくとしよう。

「どれ……」
「もぐもぐ……」
「む……!」

 サバの塩焼きは予想通りいい脂がのっていて、塩加減も間違いない。一口でご飯何杯いけるだろう。
 日本人には米、焼き魚が似合うというのが良く分かる。漁師汁は魚の出汁のみで味噌はないのが残念だ。しかし出汁がよく出ているので、美味い。

「こうやって食べるんだよ、ねえちゃん!」
「面白いですねえ。はふはふ……」
「サザエも美味いな」
「へへ、いいだろ」

 コリコリとした触感で居酒屋で食べるものと同じだな、と思う。日本酒が欲しくなるとような味だと思いつつヒラメの刺身も塩でさっと食べてみる。

「やはり酒が欲しくなる逸品だな」

 と、これも間違いない代物だった。

「美味いな、親父さん。これは間違いねえよ」
「嬉しいねえ、こんなボロ屋で申し訳ないけど味は良かったろ?」
「ああ。サリアはどうだ?」
「お刺身はちょっと苦手かもしれませんけど、焼き魚はとても美味しかったです!」

 きちんと苦手なものは苦手というのはサリアのいいところだと思う。苦手な食べ物があるのは仕方ない、俺もこんにゃくは苦手だしな。
 そんな話をしながら食し、満腹になった俺達は椅子にもたれかかって一息つく。

「ふう……美味かった。にしてもお客さんが少ないな」
「まあウチは昼よりも夜だからな。……あんまり儲かってねえのも事実だがな! はははは!」
「だからボロいのか? いや、逆にここは建て直した方が客が増えるんじゃねえかな」
「ありがたいことを言ってくれるけど、そこまで金が無いんだよ。残念だけどね」

 悲観はしていないけど、勿体ない気もするなあ。
 しかし他人の家の経営に口を出すのははばかられるし、これ以上は追及しないでおこう。

「いくらだい?」
「二人で銀貨20枚だ」
「オッケー」

 財布から二人分の銀貨を出して支払う。日本円にして二千円なら、まあまあってところか。
 原価がいくらか分からないけど、ご飯と汁物に三品あったからまあ安いかな?

「気が向いたら酒を飲みに来るよ」
「お、そうかい? そりゃありがたいね!」
「で、ちと聞きたいんだが魚を売っている市場はどこにある?」
「ん? 魚が欲しいのか、ならこの店を出て右に真っすぐ歩きな、そしたら市場が広がってるぜ。まあ昼を過ぎているからもうロクな魚は残っていないだろうけどな」
「確かに。ま、散歩がてら行ってみるよ。ハアタ、ミアありがとうな。おかげで美味いもんが食えたぜ」
「おう! サンキューな、あんちゃん!」
「さんきゅー!!」

 俺達は店を後にすると、言われた通り市場に向かって歩き出す。少し歩いたところでサリアがボロい店を振り返ってから俺の袖を掴んでいた。

「ちょっと勿体ないですね。もっと店構えが良かったら人が入りそうなのに、地元民しか使って無さそうな感じがします」
「ま、確かにそうだな。だけど、あれで楽しそうだったしいいんじゃねえか? 一家で頑張ってるって感じがするよ」
「そうですねえ。ちょっとああいうのには憧れるかも」
「はは、俺も年を食ったらトラックに乗れるかわからねえし、料理屋もいいかもしれねえな」

 一人暮らしはしたことがないが母ちゃんは仕事で忙しかったから料理は俺もやっていた。だからフライや天ぷら、ハンバーグなんかも作ることできる。

 ……それくらいでしか返せなかったしな俺は。

 それはともかく、散歩がてらに言われた方に歩いて行く。
 すると程なくして市場らしきところが見えてきた。そこは運動会なんかで使いそうなテントがずらりと並ぶ壮観な場所だった。
 少しのぞいてみたところ、きちんと生け簀があり、直接海水を引く水道を作っているようだ。獲った魚を新鮮なまま置けるという工夫がされていて、お向かいさんのテントにもきちんと引いている。

 水を入れる場所と排水が別の場所にあるようで、衛生面も考えられている。
 肝心の魚はというと……

「全然いねえな」
「やっぱり朝なんですかね、冒険者の依頼みたいで」
「仕入れが向こうの世界と同じならそうだろうな。まあ、でかい魚じゃなければあるみたいだし適当に買っていくかな」

 さっきのサバもそうだがアジやキスといった向こうと同じ名前と形をしているのでだいたい分かるのが嬉しい。
 刺身で食えるのも分かったし、とりあえずコンテナに入れておくとするか。
 さて、とりあえず市場の位置を確認できたのは大きかった。
 ソリッド様を送った後、もう一回ここへ戻って来て明日の朝市に備えたいところだ。
 市場を出た俺達は一度トラックへと戻り、コンテナに積んである氷魔道具を入れた箱に魚を保管。そしてソリッド様のレストランへと足を運ぶ。
 あの人数が終わるにはさすがに時間がかかるだろうから外で待っていてもいいかと考えていた。
 
「その辺にでも腰かけて待つか」
「そうですねー。うーん、初めて見ましたけどきれいですね、海」
「だな。……というかサリア、そろそろ敬語じゃなくて普通に話さないか?」
「え? 気になりますか? ずっとこうでしたし、あんまり気にしたことが無かったですね」

 すでにサリアはもうメイド服を着ていない。
 代わりに仕立ててもらった俺の作業着に近いズボンとエプロンをいつもつけて仕事をしてくれているのだ。
 正直、こんな美人が……って目も向けられたことがあるし声をかけられていたことも。
 
 ……仕事仲間という免罪符を傘に、もう少し親密になってもいいのかなとも思っていたりする。

「ま、まあ、一緒に住んでいる訳だし、仕事も一緒だ。もう少し、砕けてもいいのかと思ってさ」
「ほー」

 その瞬間、サリアがにまっと笑い、俺の考えを見透かしたかのように覗き込んでくる。

「それはどういうことですかね? ヒサトラさんだけにそうしたほうがいいってことですか?」
「む……」

 そういうことなのだ。
 俺にだけ敬語じゃなくなれば特別感が出るだろう? サリアは俺の仲間……あわよくば恋人に見られれば、という感じのことを考えていた。そして見透かされた。
 そっぽを向いて口をつぐむと、彼女は立ち上がって俺の顔を覗き込んでくる。

「……」
「ふふふー、どうなんですかー?」
 
 向きを変えても追ってくるサリアはいたずらっぽい笑顔で近づけてくる。
 きれいな髪が太陽の光を浴びて輝いて見え、サリアはふと目を細めて熱っぽく俺を見つめる。

 そして徐々に唇が……と思った矢先、視線にダンボールが二個、あった。

「うわおわおおお!?」
「きゃあ!? ど、どうしたんですか?」
「……」
「ああ……」

 俺が無言で指を向けると、サリアががっかりした顔でため息を吐いて周囲を見渡す。あちこちの建物や木々、岩陰に騎士達の姿も見え隠れしていた……。

 サリアが目配せを俺に向けて来たので小さく頷き、同時にダンボールを持ち上げる。
 すると中腰のソリッド様とリーザ様が現れた。

 なにかを言う前に目が合うと、ソリッド様が口を開く。

「構わん、続けたまえ」
「続けられるか……!?」
「もうちょっとだったのに惜しいですわ」
「王妃様も覗き見は趣味が悪いと思いますよ……」

 つい暴言を吐いてしまったが、ソリッド様は気にした風もなく埃を払いながら立ち上がると俺の肩に手を置いて言う。

「結婚式は任せてくれていいぞ」
「いえ、まだ全然そういう関係でもないですから……。というか、食事は終わったんですね」
「ええ、美味しいレストランでしたわ。あなた達はどうしていたんですの?」
 
 俺達は別の場所で昼飯を食って市場を巡っていたことを伝える。するとソリッド様は口を尖らせてから口を開いた。

「そういうのは私も行きたいというのに、何故二人だけで行ったのだ」
「いや、お邪魔しちゃいけないですし、この時間の市場は閑散としてましたからいいかなと。一応、保冷した魚は載せているので目標は達成してますけど」
「あなた、デートさせてあげないと」
「そういうのではないんですけど……」

 俺が頬を掻いていると、町長のチリュウさんが近づいてきた。

「市場は確かに朝市以外は大したものが無いのも事実ですな。大物をみるならやはり朝が良い」
「ええ、飯屋の店主や市場のおじさんも言ってましたね。ちなみにどうやって魚を獲るんですか? 釣るだけ?」
「もちろん船を出すぞ。マグロやブリみたいな大物を獲るには沖に出るしかないからな」

 聞けば結構大きな船があるらしく、底引き網、一本釣りが主な狩猟方法だとか。
 町長もたまに漁へ出るとのことで、日焼けと筋肉はその賜物だと言われた。だが納得できても理解は難しい。町長自ら行かなくても……なあ?
 養殖はやっていなさそうだが、あれだけ立派な水路を作れるならやれそうな気がする。

 まあそれはともかくレストランも店構えに負けない味で大変満足だった、俺達もボロい店だったけど美味かったみたいな話をしたらそこも行ってみたいと言う。

 しかしあそこを国王様が使うのはちょっとなあ……。乗り気だったがサリアがやんわり抑えてくれてことなきを得た。

「さて、どうしますか?」
「市場を見てみたいが、今からでは面白くなさそうだし今日のところは宿泊して、それを見てみようではないか」
「いいですわね。わたくし、港町のお酒を飲んでみたいです」
「では、この町で一番宿を手配致しますよ。こちらへ」

 帰らないのか。
 いや、まあ決めたのならそれでもいいけど、城は大丈夫なのだろうか……。
 新婚旅行みたいな感じに見える陛下夫妻と『うおおおバカンスだぁぁぁ! 順番な!』とか言っているゆるい騎士達がノリノリで伸びをしていた。

「なら夜はハアタとミアの店に行くとするか?」
「そういえばフライというのを食べてみたいです。材料を買って作ってみませんか?」
「あー、それもいいかもな。なら、宿に見送ったら商店に行ってみるか」

 チリュウさんに場所を聞けば教えてくれるだろうし、自分で晩飯を作るのも悪くねえな。
 ――サリア――

「ぐがー」
「ふふ、よく眠っていますねえ。さっきは惜しかったなあ。けど、ヒサトラさんが意識してくれているのが分かったから嬉しかったです」

 私がこの人についていくのはルアン様のこともあるけど、あの時、なんの見返りもなく助けてくれた彼に惚れてしまったからに他ならない。
 だってそうでしょう? ゴブリンに囲まれて絶対絶命のピンチに、偶然とはいえ助けてくれた。その後、アグリアス様にも私にも手を出すことなく、そのまま安全に町まで連れて行ったんですもの。

 そんな紳士みたいなヒサトラさんをカッコよく思ったのよね。

 さらに異世界からやってきた女神様の使者で、トラックもカッコいいし、この人についていこうと旦那様とアグリアス様に頼んで一緒に居られるようにしたというわけ。
 
 それにしても――

「今日まで一緒に生活してきたけど……この人、ホントに手を出して来ないんですよねえ。凄くいい人なんですけど、恋愛には疎いのかな?」

 まあお母様のことが最初に来るのでそこはあまり考えられないのかもしれない。マザコン、というよりは過去に苦労をさせていたことを悔いていて、さらにもうあまり長くないことに焦っているような気もする。
 とりあえずこっちに来てもらい、薬を見つけるまではと思っていたけど、さっきはいい雰囲気になったからついキスを求めてしまった。

 ……邪魔されたけど。

 でも、恋人には昇格できたみたいだから今日のところはこれでいいかな? 私は眠るヒサトラさんの頬にキスをするのだった。
 
「あ、でもさっき言ってたことをやってみようかな?」

 ……早く薬を見つけたいですね、ヒサトラさん。


 ◆ ◇ ◆

 さて、宿はロイヤルスイートのような部屋……はさすがに遠慮した。で、俺とサリアはトラックでいい、というのはソリッド様にさらに止められて一応の部屋を取らせてもらった。

「ふあ……十六時か……」
「おはようヒサトラさん♪ お買い物に行く?」
 
 サリアがそんなことを口にして驚き、一気に眠気が吹き飛んだ。敬語ではなく、普通に話しかけてきたからだ。

「サリア、お前……」
「さあさ、行きましょう、行きましょう」
「お、おい、引っ張るなって!? ……ふう、いくか」

 顔が赤いのでサリアも照れているようだ。なんとなく微笑ましいと思いながらベッドから降りて背伸びをする。
 特にやることもないので、当初の予定通り適当に商店街をぶらつくことに。

 海辺の町ということで家屋は通気性のいい小屋のような店が立ち並んでいる。商店は店先だけが目立つので、自宅とは別に店がある感じだった。田舎の駄菓子屋みたいな店といえば伝わるかな?

「これとかいいかも」
「それにすっか。おばちゃんこれを頼むよ」
「あいよ、揚げ物でもするのかい?」
「ああ、調味料も欲しいんだけど、あるかい?」
「ウチにゃねえ。三件先のブナさんとこで買いな」

 というわけで雑貨屋にて鍋とトング、それとおろし金を購入。箸もフォークもある世界なのは俺にとってなじみがあっていい。さらに別の店で小麦粉、卵を購入し、パン屋で適当なパンを買ってからもう一度市場へ。

「おう、また来たのか兄ちゃん」
「ちょっと夕飯で試したいことがあってな」
「あんまり残ってねえけど、さっき釣りに行った息子が少し取って来たやつがあるぜ」

 そういうおっさんの生け簀を見ると、アジとサンマが増えていた。

「やっぱアジフライか……?」
「なんです?」
「ああ、料理な。お、さっきは気づかなかったけどエビもいるな。……よし」

 俺はすぐにアジとエビを包んでもらい、別の店舗で貝類を少し買ってからまた宿へ戻る。
 
「それ、どうするんですか?」
「はは、もう元に戻ってんな。ま、嬉しかったぜ。とりあえず、厨房を借りて食材を処理した後、浜辺で揚げようかなと思ってな。外で食う飯も悪くないぜ」
「なるほど、それじゃ私も手伝うね」

 サリアがニコニコしながら俺の手を取って歩く。ちょっといい雰囲気になって来たなと思っていると、どこからか視線を感じ、俺は周囲を見渡す。

「……あそこか……!?」
「凄い見てる……」

 宿の最上階の窓からソリッド様達が俺達を見ていることに気づきそそくさと中へ入った。なんで他人の色恋沙汰に興味津々なんだあの夫婦は……。

 そんな調子で宿の厨房を借り、魚を処理を。

「兄ちゃんいい手際だな。料理人か?」
「いや、一人暮らしが長かったのと、金が無かったから自分でさばいた方が安上がりだったんだよ。悪いね貸してもらって」
「今日のディナーの下準備は終えているからな。キレイに使ってくれたら構わんよ」
「貝はどうします?」
「砂を出したら身を剥がしといてくれ」

 話の分かる料理長で助かるぜ。
 
「そりゃなんだ? パンを……おろし金で粉々に!?」
「パン粉ってねえみてえだから自分で作ろうと思ってな」
「……料理人じゃないのか本当に?」
 
 訝しむ料理長が俺のやっていることをまじまじと見ていたが、やがてフライの下準備が終わり、俺達は厨房を片付けて外へ行く。

 そこでソリッド様達とすれ違った。

「おお、ヒサトラ。どこへ行くのだ? もう夕食だぞ」
「ああ、サリアと一緒に外で飯を食おうかと思いまして。浜辺で料理を」
「……ふむ? 揚げ物、か?」
「ええ、俺の世界の料理をご馳走しようかと。庶民の食べ物ですけどね」
「まあ、異世界の? わたくし、興味があるわ」
「いや、でも料理長が張り切ってましたよ……? 食べてあげた方が……」
 
 俺がそう言うと、ソリッド様が腕を組んで唸りをあげ、しばらくした後で手を打ち、名案だと口を開いた。

「そうだ! 我々も外で食べようではないか。キール、テーブルセットを用意できないか聞いてくるのだ。ヒサトラよ、すぐに合流する。それまで待っておいてくれ……!」

 そう言いながらバタバタとこの場を去っていき俺とサリアは顔を見合わせて肩を竦めるのだった。
 まあ、賑やかなのはいいことだけど……そう思いながら浜辺で準備を始める――
「むう……」
「あはは、大人数になりましたね」

 苦笑するサリアと難しい顔をする俺の目の前には、ソリッド様達と騎士達が座る丸テーブルがずらりと並んでいた。
 浜辺でパーティの方が大勢でも対応できるという言い訳をしていたが、当てはまっているとも言える。

 で、俺達はというと少し中央から離れたところで注目を集めていた。
 まあ、異世界の料理ということでそれは仕方ないということにしておこう。

「さて、油があったまって来たな。後は揚げるだけだからそんなに難しいもんじゃない。サッとやるぞ」
「はーい!」

 下ごしらえしたアジをさっと油の中へ投入するとじゅわっといい音が聞こえてくる。
 浜辺に灯りはないがトラックを回してヘッドライトをつけてそれを改善。これでかなり明るくなった。本来なら軽油とバッテリーを使うが、このトラックは俺の魔力のようなので気にしないで照らすことができるのだ。

「まずはひとつっと」

 揚げ物は音で判断する。
 アジをからっと揚げた後、少し待ってから貝、エビと投入していく。早く入れすぎると油の温度が下がった状態で揚げることになり、サクサク触感が失われるから難しい所以である。

 トングでサリアの持つお皿に載せていくとパン粉の匂いが鼻を刺激し、腹が鳴る。
 とりあえず食べる分だけ揚げてから晩飯に入るとしよう。

「ご飯です」
「おう、サンキュー。醤油はねえが、ソースで食えば問題ないぜ」
「いただきます♪」

 欲を言えばタルタルソースかマヨネーズがあると完璧だが、ソースで十分だ。ウスターソースに近いやつを選んであるからアジフライにはよく合う。……もちろん好みは人それぞれだが。

 早速アジフライを噛むと、サクッとした食感の後にふわりとしたアジの身が口の中で崩れてソースやパン粉とまじりあい旨味が広がっていく。

「美味しい! お菓子みたいな感じに見えたけど、ご飯のおかずになりますね」
「だろ? 新鮮な魚だからさらにうめえ。天ぷらも試してみたいなこりゃ。こっちの世界の魚は向こうと似ているし、レシピが捗るな」
「エビフライ……好きかも……」

 喜んでくれてなによりだ。
 基本的に料理はサリアに任せていたからこうやって向こうの料理を作るのは初めてだったりする。特に不満もねえしな。
 だけど、たまには日本で食っていたおかずを食いたいという思いはあったのだ。
 貝のフライはホタテだと嬉しいが、ハマグリフライも悪くない。

「ん?」

 すると背後に気配がして振り返ると、皿を手にした毒見役の人が幽鬼のような顔で立っていた。

「うおお……!? な、なんです?」
「毒見を……」
「いや、必要ないし食べたいだけだろ!? ……いや、そうでもないのか?」

 ソリッド様はちゃんとコース料理みたいなのを食べているみたいだが、恨みがましい目をこちらに向けている……。
 まあ、まだ魚はあるし一匹ずつくらいはいいかと揚げたてのフライ一式を乗せてやると――

「んま!? ソースにめちゃ合うぞ!」
「ほう……いいなこれは……」

 いいなじゃねえよ。尻尾しか残っていねえ。
 女性の毒見役の人はなんかカッコいい、キリっとした感じだったのにガッカリである。

 仕方なくもう一度揚げてから渡してやると、嬉々としてソリッド様達へ持って行き、

「うおおお! これは美味い……!! しかし……ヒサトラ、わたし達の分はこれだけか!?」
「知りませんよ!? どうせ途中で食ったんじゃないですかね!」

 ったく、食事くらい静かにさせてくれよと思いつつ、もう一枚アジフライを食べようと思い皿に目を向けると――

「わふ……わふ……」
「おう!? いつの間に!?」
「あら、子犬?」

 どこから現れたのか、俺の皿からアジとエビのフライをひったくったようで紫の毛をした子犬が美味そうに頬張っていた。

「一生懸命食べてる、可愛いですね」
「どっから来たんだ? 飼い犬って訳じゃなさそうだけど……」
「くぅーん」
「まだ足りないみたい」
「生意気な……」

 尻尾を振っておすわりをし、俺におかわりを要求してくる子犬。
 あんまり野良犬にご飯をあげると困るが……なんか憎めない顔をしているし、少しくらいならいいかと食べさせてやる。

「わふーん……」
「気に居られたみたいね、ヒサトラさん」
「こいつ、呑気な顔してるなあ」

 ひとしきり食った後、俺の膝に飛び乗って腹を見せてきた子犬。人懐っこいから飼われていたのだろうか? だとしたら飼い主に悪いなと思いながら腹を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らす。

「可愛いです! 野良だったら飼いたいなあ」
「まあトラックなら寝台に載せてたら連れ回せるからいいと思うけど……こいつ飼い犬だぞ」
「うう……名前ももう考えていたのに……」

 珍しくサリアが我儘を口にしたので飼ってもいいかなとも考える。
 ここに置いて逃げなければ周辺の人に聞いてみて、飼い主が居なさそうなら連れて帰るかね?

「おおーい、ヒサトラ、もうフライとやらは無いのか?」
「あ、まだ食べます? 食材がもうちょっとだけありますから揚げましょうか」
「頼む……!!」
「陛下、我々にもチャンスを……!!」

 騎士達が抗議の声を上げ、結局じゃんけんで残りのフライも消えてしまった。
 この後、ハアタとミアの店に飲みに行くので、その土産分を確保していたのは良かったぜ……

「わふ~ん……」
「うふふ、おねむですかー?」
「さて、そんじゃ片付けてハアタの店へ行くか。飲み屋だって言ってたからちょっと飲もうぜ」
「あ、いいですね! この子はどうします?」
「このまま置いていくよ。飲食店に動物はさすがにダメだ。もし帰って来てもまだ居たら飼い主が居ないか探してみよう。もし捨て犬だったら飼うか」

 俺がそういうとサリアは笑顔になり、俺の腕に抱き着き店にむかって歩きだす。明日は市場巡りだし、あんまり飲まないようにするか。

「む、どこへ行くのだ?」
「ちょっと昼に飯を食った店に……飲み屋らしいので」
「あら、いいですわね。庶民のお酒を飲むところ、興味あるわ」
「「「ですね」」」

 騎士達はおこぼれに預かりたいだけだろうが……
 まあ、店を見て帰るかもしれないし、とりあえず連れてくか。
「あ! あんちゃん!」
「おう、お前等まだ寝てないのか」
「おねーちゃーん!」
「はいはい、お仕事してるの?」
「うんー!」

 元気よく返事をするミアを撫でてやるサリア。
 そんな感じで俺達はハアタの店に来たのだが、昼間と違い繁盛していて席も全部埋まっていた。
 漁師っぽい人が多いけど、普通のおじさんやおばさんも酒を楽しんでいたので居酒屋のような感じだ。

「お、昼間のカップルか。どうし……た……」
「ちょ、なんだいこの人数は!?」
「あー……。こちらは陛下です……ここで俺が昼飯を食ったことと夜に酒が飲めると聞いて一緒に来たいと……」
 
 俺がそういうと夫妻は冷や汗を流し、その場に居た全員が固まり首をギギギ……と曲げて入り口に顔を向ける。

「えええ……!? な、なんでこんなボロい店に国王様が!?」
「ああ、適当に飲むから君達もいつも通りで頼むよ。では、おススメのつまみと酒をもらえるかな?」
「ま、マジか……兄ちゃん何者なんだよ……」
「まあ、知り合いってところですかね」
 
 俺もここまで気に入られるとは思っていなかったからなあ。
 騎士達がぞろぞろと入って来て(じゃんけんしてた)とりあえず、海鮮系のつまみを頼んだ後、地酒みたいなのが美味いということでそいつを出してもらう。
 まあ店の外で飲むしかないわけで、どこからともなく椅子を運んできて飲み始める。

「ほう……焼酎みたいな酒だな」
「ショーチューですか?」
『向こうの強い酒だな。飲めない奴も結構いるんだけど、飲んでみるか?」
「うん」

 サリアがチビっと口にした瞬間、可愛い顔がしかめっ面になり俺は笑う。やはり女の子にはきついかと思っていると、彼女はしゃっくりが出だした。

「ひゃってなりました……喉が熱い……んく……」
「すまねえ、水をもらえるか。ちょっと落ち着かせようぜ」
「オイラが持って行くよ!」
「ミアもー!」

 子供達に水をもらって事なきを得た。
 そのまま果実酒を口につけて笑顔に戻るサリア。市場で買えなかったイカの炭火焼や貝のバター焼き、焼き魚と美味い海鮮に舌鼓を打つ俺達。食後の酒って本当に美味いよな……

「おお、レストランにも負けない味だなリーザ」
「ええ、ヒサトラさんはいい店を見つけるし、新しい料理を出すし、トラックは凄いしで凄いですわね。あ、毒見は少しで大丈夫ですからね?」
「は、はひ……!?」

 いよいよリーザ様の笑顔が怖くなってきたな……。
 だが、そこまで評価してくれるのはありがたいことだ。後は上手いこと仕事が軌道に乗って母ちゃんが来れば言うことはねえな。トラックは俺以外に運転できないけど、やっぱ子供ができたりしたらできるのか?
 そこんところルアンに聞いてみるか。軌道に乗ったのに俺が死んで終わり、ってのはちょっと可哀想だしな。

 そろそろお開きかと思っていると、ハアタ達が店の入り口を見てから歓喜の声を上げるのが聞こえてきた。

「あ! 犬だ! ミア、犬だぞ!」
「わんわん? わんわんだー!」
「わふ!」
「あ、こいつ寝てると思ったらついてきてたのか!? ハアタ、ミア、そいつは野良だ。ばい菌がついてるかもしれねえから触ったらダメだぞ」

 俺が襟を引っ張って止めると、子犬はお構いなしに店内に入って来たので、俺は抱えて外に出る。
 
「すまねえ親父さん、俺は帰るよ。ソリッド様達はゆっくりしてていいですから」
「そうか? 折角だしヒサトラのフライを頼もうと思ったのに」
「材料がねえっすからまた明日にでも」
「ずるいー!」
「わんわんー!」
「こら、兄ちゃんが困ってるだろ! こっちにこい」

 親父さんに怒られてすごすごと戻っていく兄妹を見送る。サリアが代金を払っているのを見ていると、客の一人が子犬を見て口を開く。

「おい兄ちゃん、珍しい犬だな? ……ってその毛並み……もしかして……」
「なんだ?」
「わぉん?」
「い、いや、そんなはずはねえな。こんなところに居るはずねえし。悪い、俺の勘違いだわ」

 よく分からないが男はすぐに酒に戻り、友人との話に戻っていった。毛並みは確かに紫で珍しいけど、異世界でもそうなのだろうか?

「お待たせしました! すっかり仲良しさんですね♪」
「どこから来たんだろうな……」

 俺達はトラックで一眠りするかと戻っていった。


 ◆ ◇ ◆


「そこの者、さっきヒサトラが連れていた子犬についてなにか知っているのか?」

 私ことソリッドはやり取りを横目で見ていたが、男の様子がおかしいので少し尋ねてみることにした。もし良くない魔物の類であれば排除せねばならないからだ。
 ヒサトラは必ず利益をもたらしてくれる女神の使徒、失う訳にはいかないのだ。

「どうなのだ?」
「へ、陛下……いえ、あの紫の毛並み、二つ山を越えたところに棲むって言われているベヒーモスに似てるなって。でも、山から下りてきたなんて話もないし、目撃もそんなに多くねえです。違うかなーと」
「なるほどな。聖獣ベヒーモスか……気性は荒いと聞くが子供を持つとは聞いたことが無いな。私も見たことがない」
「騎士達でも冒険者時代にひとりかふたり、見たことがあるくらいですよ。戦って勝つには相当数の戦闘員が必要という噂です。まあテリトリーに近づかなければそもそも戦いを挑んできませんから。人の言葉を解するとも言われてますけど……」

 騎士の一人がつまみを手にしながらそんなことを口にする。
 そうそうベヒーモスが現れるわけは無いかと私は酒を飲み、料理に舌鼓を打つ。しかしこの店舗、勿体ないな。せめて壁くらいはキレイに出来ないもんだろうか――
 そして翌日。

「まあ、生きているお魚はこんな姿をしているんですのね」
「うむ。私は昔、父と釣りに行ったことがあるから知っているがな」

 リーザ様は生粋のお嬢様だったようで、魚は切り身で泳いでいたと思っていたらしい。現代にもこういう人は居るので、お城から出なさそうな人ならあり得そうだなと苦笑しながら市場を回る。

「でけぇ……マグロかありゃ。トロの部分が美味いんだよな」
「おお、お目が高いね! 揚がったばかりだぜ、解体したら買うかい?」
「解体、ですか?」
「マグロはこの通りでかいから、捌くというより解体だ。昔、俺も見たことあるけど豪快だったぜ。ソリッド様、これは一見の価値がありますよ」
「ほう、それは興味深いな」
「へ、陛下……!? が、頑張ります!!」

 丁度その時間からクロマグロっぽい巨大な魚を解体する予定だったらしい。早速漁師三人で解体し始め、騎士達からも感嘆の声があがる。俺達はその間にもう少し魚を買うかと市場を巡ることにした。

 やはり基本的に向こうの世界と同じなのであまり間違うことも無いのは助かる。
 鰤や鰆、鮭に鰻などなど、昨日とはまったく違う姿で俺達を迎え入れてくれた市場は凄く活気があった。
 人も多いし、ハアタの両親の姿もあり、手を振って挨拶をしておく。

「わふ……わん!」
「あ、こら、手を突っ込むな。サリア、抱っこしておいてくれ」
「ですね。ほら、わんちゃんこっちよ」
「すみません」
「野良猫とかよく来るからな! そのくらいなら気にしないよ」

 生け簀に身を乗り出して魚に手を出しているのを見て慌てて引っ込めさせた。店の親父さんに謝って適当に鮭を買ってその場を離れた。
 
 イカにエビ、各種切り身と魚そのもの。それとマグロの赤身と背中部分を買ってほくほく顔で市場を後に。
 すると、昨日は無かったテントが建っていてそこで飯を食わせてくれるようだった。

「飯を食わせてくれるのか?」
「え、ええ。そういう場所ですけど」
「すまない、陛下と王妃様が所望している。席を一つもらえないだろうか?」
「ど、どうぞこちらへ……。な、なぜ国王様が……」

 もちろんソリッド様がそれに反応し、すぐにテントは騎士達に取り囲まれた。朝の和やかな空気が一瞬で物々しい雰囲気に変わってしまい、少し同情する。

「刺身で食えるのはすげえな。寄生虫は大丈夫なのか?」
「お、兄ちゃん知っているのか。やるな。その辺も処理しているぜ! 人間、食い物は生きるために必要だが、それ以上に貪欲だよな!」
「違いない。なんでも食えるようにするもんな。毒の魚でもさ」
「そんなの食べるの!?」

 サリアがびっくりして可愛い。河豚は見なかったが鰻は食おうと思わないと思うんだよな。まあ、そういうもののようで安かったけど。
 さてここは海鮮丼と炭火焼の店みたいだが、やはり新鮮な内に食べられるということで海鮮丼が人気のようだ。醤油は無いが、それに近いものを店主が持っていて――

「おお、これは悪くねえ……刺身に合う調味料だな。醤油っぽい」
「なんだショーユって?」
「ああ、気にしないでくれ」

 あんまり余計なことを言うと話が長くなりそうなので適当に話を打ち切ってどんぶり飯を口にする。
 グルメばかりでそろそろまずいなと思い始めたころ、ソリッド様達も満足したようで王都へ帰ると言いだした。とりあえず了承し、お土産を見繕って帰路につくことになった。

「またお越しください」
「ああ、このトラックが魚を運ぶかもしれんから、その時はよろしく頼むぞ」
「ええ。ヒサトラさん、次に会う時はビジネスですな」

 町長のチリュウさんと握手をしてトラックへ乗り込むと、数人の漁師さん達と一緒に見送ってくれ、港町オールシャンを後にした。

「結局この子の飼い主は見つかりませんでしたね」
「わおん?」
「市場の人とかにも聞いたけど、居なかったよな。町で迷子犬の話もないし」

 一応、市場とチリュウさん経由で探してもらったが居ないようなので、サリアの鶴の一声で連れてくることになった。あまり犬を飼っているという裕福層は町に居ないため、多分野良であろうとのこと。

「まあ、もし居れば手紙をもらうよう言ってあるから気にしないでいいのではないか?」
「ですねー。名前つけるか?」
「帰ってからにしましょう! 洗ってあげないとですね」
「ふふ、小さい子というのは人間も犬も可愛いものですね。ウチの息子も――」
「待ってくださいリーザ様。……サリア、後ろはどうなってる?」

 と、リーザ様が口にしたところで後ろの騎士達がざわめく声が聞こえてきたのでサリアにが小窓を開けて声をかけてもらう。

「どうしました!」
「後ろから黒い塊が追ってきている! 魔物だ、振り切れるかヒサトラさんに聞いてくれ!」
「ヒサトラさん!」
「聞こえてた! ……なんだ、ありゃ!?」

 ナビの電源を入れてバックミラーを確認すると、黒い塊が激走してくるのが見えて俺は驚く。ナビの後方カメラに変えてみるとその巨体がわかる。トラックとほぼ同じくらいあるぞ……!

「シートベルトをしてください! 飛ばします!」
「わんわん!」
「大人しくしててね!」

 アクセルを踏むと子犬がびっくりしたのか吠え始めたのでサリアが抱っこして体を固定。後ろの騎士が剣を抜いているがコンテナを閉じるよう指示しハンドルを操作する。

「速ぇ!?」
「ヒサトラ、速いぞ! ……トラックが!?」
「知ってますよ!? スピード出してますから喋らないでくださいよ!」

 ソリッド様達は80kmを出しているトラックに驚くが、黒い塊はあっという間に接近。これに追いつくか!? 
 その瞬間、トラックの後方に体当たりをしたのかコンテナ部が大きく揺れた。

【グォォォォ……!!】

 なんか叫んでいるな。怒ってんのか? しかしここで振り切ってやるぜ……!!

「スキルとやらは動いてんだろうな……!」
「だ、大丈夫みたい!」

 あまり揺れがないから大丈夫だという。
 確か【伝説のデコトラ】だったっけか? 横転しないんだったな……。

「騎士さん達! ちょっと揺れるが我慢してくれよ!」
「お、おお!?」

 俺は並走してきたでかい何かに体当たりを仕掛けることにした。
 状況が許されるなら、と試してみたところトラックにもダメージは無く大きく揺れもしなかったのでそのまま続けることにした。

「っしゃ! 根比べだ、どっちがつええかハッキリさせてやんぜ!」 
「ヒサトラさん左!」
「させるか!!」
「むう……! こいつはまさかベヒーモスか、なぜこんなところに!」
「カッコいいですわね」

 言ってる場合か!?
 黒紫とも言うべき毛を持った巨大な生き物がトラックと並走してくる。85kmまで踏んだがそれでも追いつけるとはとんでもねえ奴だぜ……!
 だが、俺も走り屋として培った腕がある、簡単に体当たりはさせねえ!
 
「ちょいさ!!」
「避けた! 凄いですヒサトラさん!」
 
 体当たりを仕掛けてもいいんだが、ソリッド様達の乗る左側はリスクがでかい。なので回避しているわけなんだけど、こいつは王都までついて来そうな気がする。だからどこかで振り切るか倒すべきだと考えている。
 
 ……なら、スピードを緩めて右側へ誘導するか。

 俺はブレーキを踏んで減速し、勢い余ったベヒーモスらしき生物が前へ先行する。
 瞬間、俺はまたアクセルを一気にふかしてヤツの左側へつけた。

「よし、ここからが本番だぜ」
「ヒサトラさん、もう少ししたら森が見えてきます!」
「オッケー……なら仕掛けるとするぜ!」
【グルルルルル……!】

 立派な二本の角がかっけえな。男の子なら憧れる魔物だ。
 俺はハンドルをぎゅっときってベヒーモスにトラックの一撃を叩きつけてやる。どうん、という重い音と共にお互い弾かれたように左右に分かれると、ベヒーモスがギラリとした目を向けてきた。
 すると今度は向こうから体当たりを仕掛けてくる!

「どっせい!!」
【グルルル!!】
「きゃあ!?」
「うお!?」

 車体が大きく揺れてサリアとソリッド様が驚いた声を上げたが、車体はやはり倒れそうになく、へこんだりもしていなかった。そして威力は同じくらい。

「……これは勝てる」
「そうなのですか?」

 全然怖がっていないリーザ様がちょっとすげえなと思う。さて、それはともかく、ダメージが同じならトラックには体力切れが無いのでこちらが有利だということを説明。
 だが体当たりだけでは倒しきれないと思うので俺はベヒーモスの方へ急カーブをきる。

「ひゃあ!? ぶ、ぶつかる!」
「心配すんな! でりゃぁぁぁ!」
【グォ!?】

 俺が正面をぶつけると思ったのか、ベヒーモスのやつはサッと横っ飛びに回避する。だが、その直後ヤツの眼前に振り回されたコンテナが現れてクリーンヒット。
 さしものヤツも頭にコンテナを食らったら怯むか。

 どうやってもトラックが倒れないならとジャックナイフ現象を使ってみた。騎士も載っているから重さはそれなりにあるしクラっとするくらいはダメージを与えられたと思う。
 そのままアクセルをふかして再び足を止めたベヒーモスの右につけると、窓を開けてバットで威嚇する。

「まだやるか? こいつに乗っている間は俺も強くなれるらしい、次は体当たりをしながら叩いてやるぞ」
【グルゥ……】

 俺を睨みつけてくるベヒーモス。だが俺もメンチを切るのを止めない。これは目を逸らした方の負けという男の意地でもある。しばらく膠着状態が続いていると――

「わん!」
「あ、ダメよわんちゃん!」
「おう!? お前出て来るな、食われるぞ」
「わんわん♪」

 なんか喜んでんな……? どうしたんだと思っていると、

<おお! 息子よ、無事だったか! 今、助けてやるからな!>
「しゃ、喋った!?」
<わん! わおん>
<な、なに? この人間についていく、だと?>
<おふ!>
 
 俺の驚きには目もくれず子犬と喋っている。というか親子!?

「じゃあこのわんちゃん……ベヒーモスの子供なんですか!?」
<わんわん!>
<むう……そんなにか? いや、しかし我と互角にやり合えるし……。おい、人間>
「ん? 俺か? というか喋れたんなら先に言えよ」
<子を連れ去ろうとした相手には相応の態度になろう? それよりもコヒーモスが世話になったようだ、礼を言う>
「いや、そんなことはねえが……」

 よく分からんがお座り状態で頭を下げられたのでこっちも返しておく。するとベヒーモスはとんでもないことを口にした。

<どうやら息子はお前達が気に入ったようだ。飯も美味かったと言っていてな、このまま連れて行ってもらえるだろうか?>
「そりゃ構わねえが……いいのか? 息子なんだろ?」
<うむ。もちろん我もついていくぞ>
「はあ!? いや、それなら連れて帰ってくれよ!」

 いくらなんでもそれはまずいだろう。元々、捨て犬ならということであれば飼うという話だったので、親が居るならお引き取り願いたい。

<くぉーん……>
「そ、そんな顔をしてもダメだ! ほら、戻れよコヒーモス、でいいのか?」
<きゅーん! きゅーん!>
<嫌がっているな……>
「子供だからコヒーモス……興味深いですね」

 サリアがどうでもいいことに感心していると、隣で固唾をのんで見守っていたソリッド様が口を開いた。

「ふむ、ベヒーモス殿は意思疎通が取れる。だが、我等に危害を加えないとは限らん、というのがネックになると思う。ヒサトラはそこを懸念しているのだよ。失礼、私はこの国の王、ソリッドという」
<人間の王か。ふむ、確かに魔物である我は少し目に余る、と。なら契約を結んではどうだ? ヒサトラ、我と獣魔契約をしようではないかコヒーモスはそっちの女がすればちょうどいい>
「……それはいいが、メリットとデメリットを聞かねえと判断できねえぞ?」

 俺がそういうと、ベヒーモスは尤もだと説明を始める。