「商工会ギルドはロティリア領にもありましたけど、結局トライド様が手続してくれたから行ってないんですよね」
「だなあ。まあ、向こうの世界にもそういうのはあるからなんとなく分かるけど」
そっちはわかる。
だが……よくわからんのは冒険者達が後をついてくることだ。
特になにかを話している風もなく、ただひたすらに行軍するその姿は、若かりし頃の暴走族を思い出す。
「えっと、みんなどこへ行くんだ?」
「ああ、お気になさらず」
「……」
怖い顔をするな。
なんか嫌な予感がするので俺はサリアの肩を持って傍に引き寄せておく。なんか嬉しそうにくっついてくるが、そういう抱き寄せじゃないんだよな。
ファルケンさんもでかい身体を家屋からごっそりはみ出させているし。あれで隠れているつもりなら尾行スキルは皆無といっていい。
まあ俺達になにかしたいわけじゃなさそうなのでとりあえず放っておこう。面倒だし。
サリアと町の風景を楽しみながら再び町を歩き、商工会ギルドへと足を運ぶ。
そして商店街の一角にそびえ立つ大きな建物へと到着した。
「……ここか。冒険者ギルドと違ってキレイだな」
「なんだとぅ! ウチが汚ねぇってのか!」
そんなことは言ってない。
冒険者達がファルコ……ファルケンさんをおさえていると、サリアが唇に指を当てて口を開く。
「でもなんか、こう……いえ、いいです」
「……? なんだ? ま、入ってみるか」
高級感のある擦りガラスの扉を開けて中へ入る。
「おお……!?」
「まあ」
なんと入り口からズラリと、頭を下げた人達が並んでいてそれは受付まで続いていた!?
俺もサリアも軽く驚いていると、奥から白髪の紳士っぽい男が歩いてくるのが見えた。
「お待ちしておりましたよ、ヒサトラ=ヒノ殿。私がこの商工会ギルドのマスター、ペールセンと申します」
これはまたむせそうな名前だ……ギリギリだぞ?
それはともかく俺は握手に応じながら笑顔で返事をする。
「ソリッド様から聞いていましたか? いや、こんなに歓迎されるとは思いませんでした」
「ありがとうございます!」
「いえいえ、これから仕事のパートナーになると思いますしこれくらいは」
ペールセンさんが指を鳴らすと商人? 達がバッと散り、奥にあるオシャレなバーのようなカウンターに案内してくれた。お、ここは酒場になってるのか。
「まずはお近づきの印に一杯いかがです?」
「昼間からとは……」
「いいんじゃないですか? トラックには乗らないだろうし、たまには」
「そうかな? サリアがそう言うなら……」
その答えに満足したペールセンさんが片手をスッと上げると、バーテンダーらしき人が酒を用意し始める。居酒屋の方が似合う俺としてはこういうオシャレな場所は緊張するなと思っていると、
「おう、俺にも寄こせや」
「……貴様かファルケン。何の用だ? それによく見れば冒険者連中も入ってきているな」
明らかに嫌な顔をしたペールセンさん。そしてファルケンさんの近くに待機している冒険者達を見ながら口を尖らせる。
すると、商人の一人が冒険者達に声をかけた。
「お前達みたいなのが入ってきたら汚れるだろうが、せっかく今日はいいお客さんが来たのに台無しになる。ほら、帰った帰った」
「お帰りはあちらですよーっと」
冒険者達に突っかかる商人達。あまりいい感じはしねえなと思いながら静観する。ここで口を出すべきか? そんなことを考えていると、冒険者が商人を振り払いながら口を開く。
「んだと? 護衛がねえと荷物運びも危うい癖になに言ってやがる? 俺達が居てこその商人だろうが」
「ぐぬ……しかし、これからはヒサトラさんの移動手段があればお前達冒険者はお払い箱だ!」
「やっぱりそういう魂胆かよ、結局他人の手を借りねえとなんもできねえんだな!」
「ああん?」
あちこちでそんな感じのののしり合いが始まり一触即発状態……緊迫した空気が流れる。
よく聞いてみると、商人は自分の利益だけ優先して冒険者を下に見ているとか、俺を利用するつもりだろうといった冒険者の言葉に、商人達は冒険者達を野蛮だと口々に言う。
「まったく……ファルケン、躾けがなっていないようだな相変わらず」
「ケッ、てめぇこそ商人が偉いとか思ってんじゃねえだろうな? こんな御大層な建物を立ててよ。ヒサトラはウチでもてなすからてめぇらは引っ込んでろ。それを言いに来たんだよ!」
「ほう、商人から依頼をもらって金を稼いでいるのは事実ではないか。それにソリッド様から聞いている『とらっく』を冒険者はどう扱うつもりだ? 勿体ない」
そしてこっちもトップ同士で争いを始めたので俺は肩をすくめ、サリアが困った顔をしていた。
「どうぞ。まあ、いつものことですから」
バーテンは商人でも冒険者でも無いようで、やはり苦笑しながら俺達にグラスをスッと出してくれた。一応、出された酒を口にする。
「あ、美味しい」
「……」
「ありがとうございます。ぶどうを発酵させて作ったお酒です」
ワインか、これは悪くないなと思いながらグラスを傾けるが……
「だから冒険者連中はお前達だけで魔物退治でもやってりゃいいんだよ!」
「ならこれからは俺達に頼るんじゃねえぞ! ヒサトラは渡さねえからな!」
……うるせえ。折角の美味い酒がまずくなる。そもそも……
「もうお前等に売ってやるポーションはありませーん!」
「上等だ、誰もなにも買わなくなってひからびやが――」
「やかましいわぁぁぁ!!」
結局、うるさい罵り合いに我慢できず俺は立ち上がって怒鳴り声をあげた。
その瞬間、微笑むサリア以外、その場に居た全員が俺に注目して黙り込む。
「さっきから聞いてりゃ冒険者が商人がとかうるせえんだよ! そもそもどっちがって話じゃねえだろうがよ? 商人が安全に旅できるのは護衛という力のおかげ、冒険者が金を手にするのは商人が考えた商売のおかげってやつだ。どっちが欠けても困るのはてめぇらだろうが! 俺をどっちが持つか? てめぇらがそんな考えなら俺は降りるぜ。この町で仕事させねえってんなら別の国にでも行く。商人も冒険者どっちにも使ってもらいたと考えていたんだがな?」
「し、しかし……」
「まだいうか!!」
まだなにか反論をしようとしてきたペールセンを黙らせるため、俺はバットを袋から出して硬そうな像をぶっ叩いた。我ながら短気かとも思うが、わざわざ敵対する必要がねえのにうだうだ言ってるのが許せねえんだよな。
これが別の国の商人同士、冒険者同士なら族の縄張り争いみたいな意見の食い違いはあるかもしれねえが、同じ町の仲間が協力しねえでどうするんだって話だ。
固唾をのんで俺を凝視している中、サリアがポツリと呟いた。
「あ」
「ん? ……あ」
床に置いてあった硬そうな箱を俺がぶっ叩いたら真っ二つに割れていたからだ。
「オ、オリハルコンで出来た箱が……割れた……!?」
「あ、あわわ……」
「オ、オリハルコンが……!?」
「オリハルコンって……めちゃくちゃ高い金属じゃねえか!?」
「ええ、金貨でだいたい千枚くらいの価値ですね」
一千万円……!?
やべえ、さすがにこの金額は持ってないぞ……べ、弁償しないといけねえけど……。
「というかなんでこんなところに……」
「よくお二人が喧嘩した時に八つ当たりをするため、壊れないものを置いているんですよ」
「常駐!?」
しかし、これがどういう意図のものであれぶっ壊したのは俺だ。固まっているペールセンさんに目を向けて口を開く。
「ついカッとなってやっちまった。硬そうだったからバットで威嚇したが、まさか割れるとは。弁償は必ずする、だからしばらく待っちゃくれねえか?」
俺がそう言って頭を下げるがざわめきが止まらない。そりゃ高価な道具を破壊したから当然だろう。
しかし――
「も、もう喧嘩はしません……」
「お、俺も悪かったんだぜ……」
――ギルドマスター二人は何故かテーブルに手をついて俺に謝ってきた。
で、ざわついている奴らの声に耳を傾けてみるとだ。
「いやいやいや、有り得ねえだろ!?」
「し、しかし現に真っ二つに割れたぞ……」
「偽物を掴まされたんじゃねえの?」
「いや、目利きに関して商人がミスるとも思えん……」
「異世界人、恐るべし……」
「魔王を倒したのも異世界人だし、やっぱなんかあるのかねえ」
さっきまで喧嘩していた二つのギルドメンバー達が驚愕と興味が入り混じった感じで話していた。
頭を下げられた俺も困惑を隠せないが、ギルドマスター二人をこのままにしておくわけにも行くまい……。
「あ、あー、ファルケンさんにペールセンさん。頭を上げてください、これからみんなで仲良くやっていけばいいじゃないですか。俺も悪かったですし、冒険者も商工会も悪かった。痛み分けってことで」
「う、うむ……そうだな」
「仕方ねえ、今までのことは水に流そうじゃねえか……」
ぼそりと『オリハルコンを破壊するようなのと敵対しちゃいけねえ』みたいなのを呟いていた気がするがスルーしておこう。
とりあえず場の空気が緩和し、それぞれメンバーが散ると元に戻ったペールセンさんがため息を吐きながら口を開く。
「それにしても驚いた」
「いや、すんませんホント……」
「構わん。どうせ素材として手に入れたものだから、壊れても片方だけ売れると思えばむしろありがたい。しかしバット、というのか? 凄い武器だな」
「ああ、これは武器じゃないんですよ。異世界の遊具で、本当の使い方はこう振りかぶって球を打つってね」
「それは興味深いな。というかそんなので壊したのか……」
ペールセンさんが冷や汗を流していると、それまで黙っていたサリアがにこにこしながら口を開く。
「そうですねえ、恐らくヒサトラさんには女神さまの加護があるからだと思いますよ。この世界へは女神ルアン様のお導きだからですね」
「おお、なんとルアン様の!? そうか、それなら納得がいく。ではイヴリース教が喜ぶんじゃないか」
「イヴリース教?」
聞きなれない単語が出て来たのでオウム返しをすると、サリアが説明をし始める。
どうやら俺に話したいことでもあったらしい。
「イヴリース教は女神ルアン様を崇拝する宗教で、各地に教会を持っているんです。ヒサトラさんは実際に女神様から声を聞いてここへ来ているので、助けを得ることは難しくないかと。お母様の薬も見つけやすいと考えています」
「おお……」
「どういうことかね?」
このタイミングで話をしたのは、王都というでかい町であることに加えて両ギルドマスターが揃っていたからということらしい。
元々、今日の内に挨拶をした後、どっちか経由で二人と顔を合わせてこの話をしたかったらしい。
確かに各地に同一組織があるなら情報交換は容易いか。ポンコツでなければ。
で、母ちゃんの話をすると、ペールセンさん以下、商人たちがすすり泣く。
「ふぐ……そういうことが……喧嘩なんぞしとる場合じゃないわ! よし、皆のもの、治療薬についての情報も収集するよう努めるのだ」
「「「おお!!」」
「良かったですね♪」
「ああ、まあそうだが……いいのか?」
盛り上がる中、昼間なのに酒盛りが始まり、俺は困惑しながら頬を掻く。
するとファルケンさんが俺の肩に手を置いて大声で笑いながら言う。
「がっはっは! こまけえこたあいいんだよ! 後で俺とペールセンとイヴリース教へ顔を出して話をしといてやる。後で使者が行くかもしれねえからそん時はよろしくな」
「あ、ああ」
「よーしそれじゃヒサトラ殿とサリアさんの歓迎会だ! 酒を回せえええ!」
「ちわー! オードブルもってきやした!!」
「対応が早い!?」
「ソリッド様達が頼んでくれたところと同じみたいですね」
◆ ◇ ◆
――とまあそんな感じで俺の攻撃力がとんでもないことにより、冒険者ギルドと商工会ギルドは仲直りしたらしい。
今日はどんちゃん騒ぎをしたが、翌日からは通常営業。
商人も冒険者も当日は本当に俺達を歓迎をしたかったんだなと思うくらい、各ギルドは人が出払っていて居なかったのだ。みんないい奴等だし、仕事に誇りをもっているのだろう。
で、運送業についての取り決めをしようとなったのだが、ソリッド様が居る時に頼むと言われていた。なので俺とサリア、ペールセンさんとファルケンさんが登城。
基本的にギルドを介さずにウチの店舗に荷物の持ち込みや移動の依頼をしてもらう形は今まで通り。ロティリア領でやっていたことを踏襲した。ギルドでやってもらうことは宣伝が主になりそうだ。
しかしこれだとギルドの旨味が少ないので、一般の人が移動するよりも冒険者と商人はギルド証を見せてくれればわずかだが料金を安くすることで決定した。
他にもなにかあれば考慮するということでまとまり、細かい町での運用等を決め、各領地と町へ通達してくれるそうである。
「それでは全てが決まるまで十日ほどかかるだろう。それまでゆっくりするといい」
「ありがとうございます!」
それから仕事か、楽しみだな。
……とか思っていると、翌日、台車にダンボールを乗せた騎士がやって来た――
「えっと、倉庫は魔法鍵でかけられるのか」
「ええ、それに耐火・防犯・極大魔法でも壊せない防御魔法がかかってるみたいです」
「どこの防衛拠点だ」
そんな昼下がり。
トラックが町から町へ移動するという認識が広がるまでしばらく待たないといけないわけだが、その間は割と暇である。
荷ほどきはそれなりに終わり、今は店舗兼倉庫で物品の確認をしていたところだ。
まだ向こうの世界からの積み荷の開封は終わっていない。飲み物はそろそろ尽きそうだが、トランポリンや戦隊ものの武器、リーザ様が気に入っているダイエットバイクなど、形として残るものは結構ありがたい。
もう戻れないが向こうとの繋がりが感じられるからな。
で、とりあえずノートパソコンとプリンタも出てきたので今はそいつをなんとか使えないか四苦八苦している。
まあ、コンセントの問題が解決しないと使えないんだよなあ……
「そろそろお茶にしましょうか」
「あ、そうするか。んー……座りっぱなしはよくねえな……」
庭のテーブルセットでのんびりしようかと思って外に出ると、
「おお、ヒサトラ殿! ちょうど良かった!」
「あ、ソリッド様の親衛隊さん。どうしたんです……か?」
外でばったり出会ったのはソリッド様を護衛する親衛隊の一人だった。
どうでもいい話だがあのコンテナに乗ってはしゃいでいた騎士達は精鋭らしい。マジで? とも思うが、実際に戦いになると腕は確かなんだとか。
いや、それよりも、だ。
「……その台車のダンボールは?」
「……」
「答えろよ!?」
「ふふふ、私だヒサトラ君」
「はい」
「怯みもしないだと……!」
台車のダンボールから足が生え、箱を取り去ったところでソリッド様が現れた。にやりと俺に笑いかけるが、別に分かっていたことなので驚く必要もないし適当に答えておく。
「うぬ……城のメイドにはウケていたのに……」
「別に珍しくないですからねその組み合わせ。それでどうしたんです?」
「あ、いらっしゃいませソリッド様。騎士さんも! お茶をもってきますー」
サリアがもう一度家に戻るのを尻目に俺達はテーブルに座り向かい合う。
すると、ソリッド様がどこかの指令ポーズになり俺に目を向けると早速本題に入ってくれた。
「……依頼を受けてくれないか?」
「え? まだ各町に通達はいってないから無理では?」
というか昨日の今日なので絶対に不可能だ。しかし、当然というかそれでいいのかということを口にする。
「私も一緒なら問題ない。それに、テストケースとして訪問するのも悪くないだろう」
「本音は?」
「魚が食べたい」
「なるほど」
欲と興味が原動力だった。ま、そこは別にいいんだけどな、暇をしているし。
それに国王陛下自ら町へ行くとなればトラックに対する信頼度も厚くなるかもしれない。
「城を空けていいんですか?」
「息子と娘が居るから心配はいらない。さ、善は急げだ、お茶をいただいたら行こうでは無いか!」
「お待たせしました」
「これは良いお茶ですね」
相変わらずどこからともなく現れる毒見役がお茶の半分ほどを飲み干している。俺がそれを尻目にしている中、予定を決めるソリッド様。言われてみれば子供がいてもおかしくない年齢のはずだ。子供も成人は越えてそうだから少しくらいならいいのかも。
「とりあえず俺達は問題ないですよ。リーザ様はどうしますか? 息子さん達は知っているんでしょうね? ……露骨に目を逸らさないでください」
「言ってないんですか?」
サリアも着席して尋ねると、リーザ様には黙って出て来たらしい。
ちなみにダンボールからの登場でまったく驚かなかったのでガッカリしてここへ来たというわけだ。
「後でなに言われても知りませんからね……? それじゃ戸締りをして出発するか」
するとそこで、
「ああ、見つけましたわ」
「おうリーザ!? なぜここに!?」
俺達がお茶を飲み干して席を立つと、ちょうどリーザ様がお供の騎士を連れて馬車でやってきた。そして彼女は少しむくれてから口を開く。
「騎士に聞いたら教えてくれましたわよ? 行くなら一言ほしかったです」
「うむ……」
美人な奥さんには頭が上がらないようで口を尖らせてから一言、うめくように呟いた。今回はしょうもない理由でハブろうとしたのでソリッド様が悪い。
「ふう、できればここへはご一緒したいんですから今度からはちゃんと声をかけてくださいね。というわけでヒサトラさん、あのダイエットのやつを使いたいのだけど、いいかしら?」
「あー、今からお出かけするんですよ。ソリッド様が魚を食べたいらしくて」
「まあ、それはいいですわね! もちろんわたくしも行きますわ」
「そうだな。一緒に美味い魚を食べようかリーザ」
「あなた……」
二人の空間を作り始めたので俺が咳ばらいをすると、二人はサッと離れて顔を赤くしていた。
とりあえず準備のためコンテナの片方を開けてから騎士達が乗れるようにソファを固定。さらに落ちないよう鉄柵を立てて設置。
向こうの世界なら一発免停間違いなしのデコトラが完成すると、いつの間にか並んでいた騎士達が乗り込んできた。
「景色がいいんだよな」
「俺、初めてだから前にしてくれよ」
「鉄柵を掴むなよ、落ちるからな」
「仲いいなこいつら……」
「ヒサトラさん、仲間同士の絆が大切ってギルドで言ってたじゃないですか」
「ま、確かに。それじゃ、ちょっと暇つぶしに行きましょうかね!」
助手席にソリッド様とリーザ様を乗せ、サリアを寝台といういつものポジションに収まると、トラックを回して出発する。魚か……刺身かフライが食いてえな
氷の魔道具があるから凍らせて持って帰るのもアリだな……
「おおー、やはり速いな」
「風が気持ちいいですわね」
急ぎ旅ってわけでもないのでゆっくりトラックを走らせて港町へと向かう。
俺達の居るビルシュ国の王都から北へ数十キロで海辺に到着する。馬車なら泊りの距離なんだが、トラックなら日帰りは余裕だ。
「そういやこの世界にフライってあるのか?」
「ふらい?」
「ああ、食材に小麦粉卵にパン粉をまぶして油で揚げるやつだが……ないのか?」
「私は聞いたことが無いですね」
サリアがあっさりそう言ったのでどうやら無いらしい。
横目で見ると、国王様夫妻も首をひねっているので、間違いないようだ。
「揚げ物って簡単そうだからありそうだと思ったんだけどなあ」
「揚げ物はありますよ?」
「む、そうなのか……?」
俺が訝しんでいると、肉や魚、または野菜を『素揚げ』することはあるらしいが、小麦粉とかそういう『料理』として揚げ物は無いらしい。
「フライ……異世界の料理か、見てみたいものだな」
「飛びそうですね」
確かに。って、類義英語は通じるのか……?
そういや言語問題って解決しているけど、どうなってんだろうな。まあルアンのせいで全て片付いてしまいそうだからあまり考えなくて良いだろう。
そんな調子で昼ご飯は魚料理一択だなと俺の腹もその心づもりになっていた。
フライが無くても刺身は……いや、生物は無理か? 食えるようなことを言っていた気もするけど異世界の魚ってまだみたことないし様子見か。
焼き魚でもいいけど、それなら白い飯が食いたい。こっちにも米はあるが、もちっとしてないのが少し物足りない。
「あんまり揺れないのねえ」
「そういうのも考慮して作られていますからね」
そして山間に差し掛かり、少し荒れた道を登ってからまた下り始めると海が見えてきた。
「おー、キレイだな」
「わたくしは初めて来ましたわ、とらっくとは便利なものですわね」
途中で魔物の姿があったが、トラックなら魔物に襲われる心配が殆んどないのは実証済みなので、こうしてソリッド様も連れてきたという訳である。ちなみに馬車だとほぼ確定で襲われるからよほどのことが無い限り遠距離の移動はできないのだそうだ。
「あれかな」
「町の入り口ですね」
やがて港町へ到着する。町の門の前までゆっくり走らせたところで止められた。
「お、おーい、止まれ!」
「こんちは、町に入りたいんだけどいいかい?」
「おお、人間……か?」
「人間だよ!? これは――」
と、俺が説明しようとしたところでコンテナから降りて来た騎士が前に出てくれた。
「こちらに乗られているお方はこの国の王であるソリッド様だ。この乗り物も特に問題ないので、安心していい」
「うむ、私がソリッドだ」
「陛下のお顔を拝見したのは初めてですが、確かに騎士殿の鎧にある徽章などもそうですね。一応、町の長を連れて挨拶をお願いしたいのですがお待ちいただけますか?」
「もちろんだ。町長なら知っているだろうしな」
ソリッド様が寛大な態度で許可をすると、別の門番が慌てて駆け出して行く。まあ、国王様とはいえ怪しい乗り物に乗っているわけだから訝しむのも無理はない。
しばらくアイドリングしていると、白髪交じりで日焼けした筋肉だるまが歩いてくるのが見えた。あー、漁師って感じがする風貌だ。歳のころは四十代後半って感じかな?
「おお、間違いなく陛下だ。誕生パーティに呼ばれておりました、オールシャン町長のチリュウと申します」
「そういえば昨年の誕生パーティの人選に入っていたか」
「はい。それにしても……凄いですね、車輪があるということは移動するものだと思いますが」
「うむ、異世界の乗り物でトラックという。中へ入ってもいいか?」
「おっと、そうですな。ではこちらへ」
門が完全に開かれてトラックを先導してくれるチリュウさん。
港町とはいえ家屋の造りはそれほど変わらないけど、窓は少ない気がするな。潮風とか関係あるのかね?
王都やトライドさんの居た町と違って普通の町なので道は狭い。
慎重にならなければと黙ってハンドルを操作し、奥まで行くとようやく広い場所に出ることができた。
「ふう……」
「お疲れ様、ヒサトラさん」
「ありがとうサリア。それじゃ、降りますか」
「そうだな。久しぶりに魚料理にありつけるな、楽しみだ」
心底嬉しそうに笑うソリッド様に苦笑しながら俺も降りると、背伸びをしている騎士、総勢20人と毒見役二人が見えた。
「サリアは魚、好きなのか?」
「川魚なら食べますけど、海の魚は高級ですから食べたことないですね」
「そっか、そういう意味でも来て良かったな」
「ふふ、ありがとうございます」
どうせ忙しくなるだろうし、今の内に休ませておくのもいいと思う。
そんな会話をしていると、チリュウさんが近づいてきて話しかけてきた。
「それで、本日はどのようなご用が?」
「なに、新鮮な魚を食べたいと思ってな。トラックならここまですぐ来れると思ったのと、これが国の各町へ運送するという事業も始まるから、そのテストケースでもあるのだ」
「……確かに、荷台が大きいですな。あれなら相当数の荷物が運べるのは明白。移動スピードが速いなら、海魚も遠くへ運べる、ということですかな?」
「うむ。王都からここまで数時間だぞ?」
その言葉にチリュウさんが目を丸くして立ち尽くすが、すぐに笑みを浮かべ――
「これは商売が捗りますな」
「そうだろう? さて、早速で悪いが美味い魚が食いたい。どこかいい店は無いか?」
「ははは、陛下の頼みとあらば案内しないわけにはいきませんな! では、こちらへ」
気さくな人だがすぐにトラックの有用性に気づくあたり、筋肉の割に賢いのかもしれない。
いや、ごめんなさい偏見です……
そんなことを考えながら俺達はチリュウさんの後をついていくのだった。さて、異世界の魚ってどうだろうね?
「さあさ、この店は観光客からも人気の声が高い食堂となっておりますぞ」
「ほう、悪くないな」
「オシャレですわね」
リーザさんの言う通りオシャレな海辺のレストランって感じで、女性に人気がありそうだなと感じる。横を見ればサリアが目を輝かせていたのでやはり女の子はこういう場所が好きらしい。
「雰囲気がいいですね、海を見ながら食べたいかもです!」
「だな、ソリッド様と席が離れても窓際がいいな。……ん?」
ソリッド様や騎士達が入っていくのを横目で見ながらサリアとどこがいいか、なんて話をしていると下の方から袖を引っ張られる感覚があった。
視線を下げるとみすぼらしい恰好をした兄妹らしき二人が口をへの字にして見上げていた。
「お、なんだ坊主?」
「どうしたの?」
俺とサリアが声をかけると、兄貴の方が力強く俺の袖を引っ張って口を開く。
「う、ウチの店に食べに来てくれよ! 魚はウチのが美味いんだ!」
「おねがいまーす!」
「お願いします、かな?」
サリアが屈みこんで五、六歳くらいの妹の頭を撫でながら尋ねると、兄のズボンを掴んでサッと後ろに隠れた。恥ずかしがり屋さんのようだ。
どうもこの兄妹の家も食堂みたいだがどうしたものか? 少し考えていると、ソリッド様達は中へ入り、レストランの従業員が声をかけてきた。
「どうかされましたか? ……あ、お前達! また邪魔してるのか!」
「ち、違う! まだ店に入ってないから声をかけるのはいいだろ……」
「汚い風貌で店の周りに寄られちゃたまらないんだよこっちは。ささ、陛下がお待ちですぞ」
という話を聞いて俺は頬をかきながら従業員と子供たちを見比べる。
ソリッド様はもう中なので本来ならついていくべきだろう。
「あー、ソリッド様にはあんたから言っておいてくれるか? 俺はこいつらの店に行ってみるよ。ソリッド様と一緒にいるけど庶民だしな。サリアはレストランに行っていいぜ」
「もう、ヒサトラさんが行かないなら私がそうすると思いますか?」
「ええ……? こいつらの店、汚いんだぞ」
「店はそうかもしれないけど、味はいいんだぞ!」
「だぞー!」
兄妹が激高すると、従業員は肩を竦めて俺に耳打ちしてくる。怒っているって感じじゃなさそうだが?
「まあお客さんが店を選ぶから俺は強く言えねえし、こいつらも必死だから止めないよ。でもウチの方が多分いいと思うから、また寄ってくれ」
「ああ、そうさせてもらうよ。とりあえずソリッド様にはよろしく言っておいてくれると」
従業員は片手を上げながら店に入っていき、それを確認してから俺は坊主の頭に手を乗せて歯を出して笑いながら答えてやる。
「よし、お前の店に案内してくれ! 美味く無かったら承知しねえぞ?」
「……! おう! 絶対うめえんだからな!」
「なー!」
手を繋いでいない方の拳を振り回す妹が微笑ましいなと思いながらサリアと一緒についていく。
すぐ傍には浜辺があり、だんだんと石垣へ変化しているのが海だなと感じさせてくれる。テトラポットみたいなものは無いので、津波が来たら大変そうだ。
「釣りかあ、俺はやらないけど動画とか見ていると楽しそうなんだよな」
「どうが、ですか?」
「ああ、まあ向こうの世界の娯楽だな。あればっかり見ているのもどうかと思うし、釣りみたいなアウトドアな趣味もいいと思うぜ」
「釣ったお魚はそのままご飯になりますしね」
サリアとそんな話をしながら歩く中、俺は子供たちに話しかける。折角なので名前くらいは聞いておこう。
「俺はヒサトラってんだ。お前達の名前は?」
「ハアタだ! よろしくなあんちゃん!」
「ミアだよ!」
「私はサリアです」
握手をしながらミアを抱え上げて肩車してやると、きゃっきゃっしながら俺の頭をガシっとつかんで大喜び。
兄妹揃って元気は元気なんだな。
「きゃー♪」
「あ、ミアいいなあ。でも、人見知りするこいつがこんなに喜ぶのは珍しいな」
「そうなんだ?」
「うん。まあ、あんちゃん達いい人そうだもんな。まさか本当に来てくれるとは思わなかった」
まあ、あっちは気を使いそうだからな。で、店はまだか?」
「えっと、あそこ!」
……へえ。
そう思わずつぶやきそうになるくらい、確かにぼろかった。雨風はしのげそうだが、見た目は完全にダンボールハウスレベルと言っていいかもしれない……。
しかしこういう場所の方が飯は美味い、というのがお約束なので期待したい。
大丈夫だよな……?
少しドキドキしながら近づいていく……サリアに変なものを食べさせるわけにはいかないので毒見役を俺が務めるつもりだ。
しかしあいつら、クソみたいなテンションだったけどこんな気持ちでやってたと思うと尊敬に値するのかもしれない。
「ただいまー! 父ちゃんお客さんを連れて来たよ!」
「かあちゃんただいまー!」
「お、どこ行ってたんだハアタ!! おお、町の人間以外の客、か?」
「なんか無理いったんじゃないだろうね?」
「だ、大丈夫だよ……。ほら、ミアも懐いているだろ?」
チリュウさんと同じくらいのマッチョな男性が俺を見て目を細め、ミアに目を向けると笑顔で俺の肩を叩きながら言う。
「おお! すげえなアンタ。ミアが俺達以外に肩車なんてさせるの初めて見たぜ!」
「そうだねえ。こっちの女の子もキレイだし、どこのいいところから来たんだかね。悪いね、ウチの子が無理言ったんだろ? こんなボロ店で食わなくてもいいだろうし、遠慮してくれていいんだよ」
おかみさんって感じの人が自虐ネタみたいにして笑うが、この一家は仲がいいんだろうなって思う。
きっと料理も美味い……ような気がする。
「いや、ここでいただくよ。二人、おススメを頼む」
「オッケー、おもしれえ兄ちゃんだ! 腕によりをかけてやるぜ!」
「おまちどう! サバの塩焼きにサザエのつぼ焼き、ヒラメの刺身と漁師汁だ!」
「お!!」
「これが海のお魚なんですね」
炭火で焼いたサバには脂が程よくのっていて厚みもある。サザエも向こうじゃあまり見ないくらいの大きさで、まさかヒラメの刺身があるとは思わなかった。
「サバは塩焼きだけど、サザエと刺身はなにで食べるんだ?」
「塩だ!」
「ああ、そうか醤油はないのか……」
「しょうゆー?」
ミアがテーブルの横にくっついて俺を見上げながら首を傾げて俺に言う。可愛い。こういう子供が欲しいなと思うくらい純真な目をしている。
「俺の世界の調味料なんだ、刺身には山葵と醤油がいいんだけどこの世界には無いのかな?」
「聞いたことがねえなあ。お前、知ってるか?」
「いや、町長とかなら知っているかもしれないけど……」
ふむ、積み荷の中に調味料があったような気もするがどうだったかな?
ほら、お中元とかのサラダ油セットみたいな貰っても持て余してしまうような詰め合わせあるだろ? ああいうので調味料セットがあったと思うんだ。
とりあえず今日のところは郷に入っては郷に従え、こっちの世界流の食べ方でいただくとしよう。
「どれ……」
「もぐもぐ……」
「む……!」
サバの塩焼きは予想通りいい脂がのっていて、塩加減も間違いない。一口でご飯何杯いけるだろう。
日本人には米、焼き魚が似合うというのが良く分かる。漁師汁は魚の出汁のみで味噌はないのが残念だ。しかし出汁がよく出ているので、美味い。
「こうやって食べるんだよ、ねえちゃん!」
「面白いですねえ。はふはふ……」
「サザエも美味いな」
「へへ、いいだろ」
コリコリとした触感で居酒屋で食べるものと同じだな、と思う。日本酒が欲しくなるとような味だと思いつつヒラメの刺身も塩でさっと食べてみる。
「やはり酒が欲しくなる逸品だな」
と、これも間違いない代物だった。
「美味いな、親父さん。これは間違いねえよ」
「嬉しいねえ、こんなボロ屋で申し訳ないけど味は良かったろ?」
「ああ。サリアはどうだ?」
「お刺身はちょっと苦手かもしれませんけど、焼き魚はとても美味しかったです!」
きちんと苦手なものは苦手というのはサリアのいいところだと思う。苦手な食べ物があるのは仕方ない、俺もこんにゃくは苦手だしな。
そんな話をしながら食し、満腹になった俺達は椅子にもたれかかって一息つく。
「ふう……美味かった。にしてもお客さんが少ないな」
「まあウチは昼よりも夜だからな。……あんまり儲かってねえのも事実だがな! はははは!」
「だからボロいのか? いや、逆にここは建て直した方が客が増えるんじゃねえかな」
「ありがたいことを言ってくれるけど、そこまで金が無いんだよ。残念だけどね」
悲観はしていないけど、勿体ない気もするなあ。
しかし他人の家の経営に口を出すのははばかられるし、これ以上は追及しないでおこう。
「いくらだい?」
「二人で銀貨20枚だ」
「オッケー」
財布から二人分の銀貨を出して支払う。日本円にして二千円なら、まあまあってところか。
原価がいくらか分からないけど、ご飯と汁物に三品あったからまあ安いかな?
「気が向いたら酒を飲みに来るよ」
「お、そうかい? そりゃありがたいね!」
「で、ちと聞きたいんだが魚を売っている市場はどこにある?」
「ん? 魚が欲しいのか、ならこの店を出て右に真っすぐ歩きな、そしたら市場が広がってるぜ。まあ昼を過ぎているからもうロクな魚は残っていないだろうけどな」
「確かに。ま、散歩がてら行ってみるよ。ハアタ、ミアありがとうな。おかげで美味いもんが食えたぜ」
「おう! サンキューな、あんちゃん!」
「さんきゅー!!」
俺達は店を後にすると、言われた通り市場に向かって歩き出す。少し歩いたところでサリアがボロい店を振り返ってから俺の袖を掴んでいた。
「ちょっと勿体ないですね。もっと店構えが良かったら人が入りそうなのに、地元民しか使って無さそうな感じがします」
「ま、確かにそうだな。だけど、あれで楽しそうだったしいいんじゃねえか? 一家で頑張ってるって感じがするよ」
「そうですねえ。ちょっとああいうのには憧れるかも」
「はは、俺も年を食ったらトラックに乗れるかわからねえし、料理屋もいいかもしれねえな」
一人暮らしはしたことがないが母ちゃんは仕事で忙しかったから料理は俺もやっていた。だからフライや天ぷら、ハンバーグなんかも作ることできる。
……それくらいでしか返せなかったしな俺は。
それはともかく、散歩がてらに言われた方に歩いて行く。
すると程なくして市場らしきところが見えてきた。そこは運動会なんかで使いそうなテントがずらりと並ぶ壮観な場所だった。
少しのぞいてみたところ、きちんと生け簀があり、直接海水を引く水道を作っているようだ。獲った魚を新鮮なまま置けるという工夫がされていて、お向かいさんのテントにもきちんと引いている。
水を入れる場所と排水が別の場所にあるようで、衛生面も考えられている。
肝心の魚はというと……
「全然いねえな」
「やっぱり朝なんですかね、冒険者の依頼みたいで」
「仕入れが向こうの世界と同じならそうだろうな。まあ、でかい魚じゃなければあるみたいだし適当に買っていくかな」
さっきのサバもそうだがアジやキスといった向こうと同じ名前と形をしているのでだいたい分かるのが嬉しい。
刺身で食えるのも分かったし、とりあえずコンテナに入れておくとするか。
さて、とりあえず市場の位置を確認できたのは大きかった。
ソリッド様を送った後、もう一回ここへ戻って来て明日の朝市に備えたいところだ。
市場を出た俺達は一度トラックへと戻り、コンテナに積んである氷魔道具を入れた箱に魚を保管。そしてソリッド様のレストランへと足を運ぶ。
あの人数が終わるにはさすがに時間がかかるだろうから外で待っていてもいいかと考えていた。
「その辺にでも腰かけて待つか」
「そうですねー。うーん、初めて見ましたけどきれいですね、海」
「だな。……というかサリア、そろそろ敬語じゃなくて普通に話さないか?」
「え? 気になりますか? ずっとこうでしたし、あんまり気にしたことが無かったですね」
すでにサリアはもうメイド服を着ていない。
代わりに仕立ててもらった俺の作業着に近いズボンとエプロンをいつもつけて仕事をしてくれているのだ。
正直、こんな美人が……って目も向けられたことがあるし声をかけられていたことも。
……仕事仲間という免罪符を傘に、もう少し親密になってもいいのかなとも思っていたりする。
「ま、まあ、一緒に住んでいる訳だし、仕事も一緒だ。もう少し、砕けてもいいのかと思ってさ」
「ほー」
その瞬間、サリアがにまっと笑い、俺の考えを見透かしたかのように覗き込んでくる。
「それはどういうことですかね? ヒサトラさんだけにそうしたほうがいいってことですか?」
「む……」
そういうことなのだ。
俺にだけ敬語じゃなくなれば特別感が出るだろう? サリアは俺の仲間……あわよくば恋人に見られれば、という感じのことを考えていた。そして見透かされた。
そっぽを向いて口をつぐむと、彼女は立ち上がって俺の顔を覗き込んでくる。
「……」
「ふふふー、どうなんですかー?」
向きを変えても追ってくるサリアはいたずらっぽい笑顔で近づけてくる。
きれいな髪が太陽の光を浴びて輝いて見え、サリアはふと目を細めて熱っぽく俺を見つめる。
そして徐々に唇が……と思った矢先、視線にダンボールが二個、あった。
「うわおわおおお!?」
「きゃあ!? ど、どうしたんですか?」
「……」
「ああ……」
俺が無言で指を向けると、サリアががっかりした顔でため息を吐いて周囲を見渡す。あちこちの建物や木々、岩陰に騎士達の姿も見え隠れしていた……。
サリアが目配せを俺に向けて来たので小さく頷き、同時にダンボールを持ち上げる。
すると中腰のソリッド様とリーザ様が現れた。
なにかを言う前に目が合うと、ソリッド様が口を開く。
「構わん、続けたまえ」
「続けられるか……!?」
「もうちょっとだったのに惜しいですわ」
「王妃様も覗き見は趣味が悪いと思いますよ……」
つい暴言を吐いてしまったが、ソリッド様は気にした風もなく埃を払いながら立ち上がると俺の肩に手を置いて言う。
「結婚式は任せてくれていいぞ」
「いえ、まだ全然そういう関係でもないですから……。というか、食事は終わったんですね」
「ええ、美味しいレストランでしたわ。あなた達はどうしていたんですの?」
俺達は別の場所で昼飯を食って市場を巡っていたことを伝える。するとソリッド様は口を尖らせてから口を開いた。
「そういうのは私も行きたいというのに、何故二人だけで行ったのだ」
「いや、お邪魔しちゃいけないですし、この時間の市場は閑散としてましたからいいかなと。一応、保冷した魚は載せているので目標は達成してますけど」
「あなた、デートさせてあげないと」
「そういうのではないんですけど……」
俺が頬を掻いていると、町長のチリュウさんが近づいてきた。
「市場は確かに朝市以外は大したものが無いのも事実ですな。大物をみるならやはり朝が良い」
「ええ、飯屋の店主や市場のおじさんも言ってましたね。ちなみにどうやって魚を獲るんですか? 釣るだけ?」
「もちろん船を出すぞ。マグロやブリみたいな大物を獲るには沖に出るしかないからな」
聞けば結構大きな船があるらしく、底引き網、一本釣りが主な狩猟方法だとか。
町長もたまに漁へ出るとのことで、日焼けと筋肉はその賜物だと言われた。だが納得できても理解は難しい。町長自ら行かなくても……なあ?
養殖はやっていなさそうだが、あれだけ立派な水路を作れるならやれそうな気がする。
まあそれはともかくレストランも店構えに負けない味で大変満足だった、俺達もボロい店だったけど美味かったみたいな話をしたらそこも行ってみたいと言う。
しかしあそこを国王様が使うのはちょっとなあ……。乗り気だったがサリアがやんわり抑えてくれてことなきを得た。
「さて、どうしますか?」
「市場を見てみたいが、今からでは面白くなさそうだし今日のところは宿泊して、それを見てみようではないか」
「いいですわね。わたくし、港町のお酒を飲んでみたいです」
「では、この町で一番宿を手配致しますよ。こちらへ」
帰らないのか。
いや、まあ決めたのならそれでもいいけど、城は大丈夫なのだろうか……。
新婚旅行みたいな感じに見える陛下夫妻と『うおおおバカンスだぁぁぁ! 順番な!』とか言っているゆるい騎士達がノリノリで伸びをしていた。
「なら夜はハアタとミアの店に行くとするか?」
「そういえばフライというのを食べてみたいです。材料を買って作ってみませんか?」
「あー、それもいいかもな。なら、宿に見送ったら商店に行ってみるか」
チリュウさんに場所を聞けば教えてくれるだろうし、自分で晩飯を作るのも悪くねえな。
――サリア――
「ぐがー」
「ふふ、よく眠っていますねえ。さっきは惜しかったなあ。けど、ヒサトラさんが意識してくれているのが分かったから嬉しかったです」
私がこの人についていくのはルアン様のこともあるけど、あの時、なんの見返りもなく助けてくれた彼に惚れてしまったからに他ならない。
だってそうでしょう? ゴブリンに囲まれて絶対絶命のピンチに、偶然とはいえ助けてくれた。その後、アグリアス様にも私にも手を出すことなく、そのまま安全に町まで連れて行ったんですもの。
そんな紳士みたいなヒサトラさんをカッコよく思ったのよね。
さらに異世界からやってきた女神様の使者で、トラックもカッコいいし、この人についていこうと旦那様とアグリアス様に頼んで一緒に居られるようにしたというわけ。
それにしても――
「今日まで一緒に生活してきたけど……この人、ホントに手を出して来ないんですよねえ。凄くいい人なんですけど、恋愛には疎いのかな?」
まあお母様のことが最初に来るのでそこはあまり考えられないのかもしれない。マザコン、というよりは過去に苦労をさせていたことを悔いていて、さらにもうあまり長くないことに焦っているような気もする。
とりあえずこっちに来てもらい、薬を見つけるまではと思っていたけど、さっきはいい雰囲気になったからついキスを求めてしまった。
……邪魔されたけど。
でも、恋人には昇格できたみたいだから今日のところはこれでいいかな? 私は眠るヒサトラさんの頬にキスをするのだった。
「あ、でもさっき言ってたことをやってみようかな?」
……早く薬を見つけたいですね、ヒサトラさん。
◆ ◇ ◆
さて、宿はロイヤルスイートのような部屋……はさすがに遠慮した。で、俺とサリアはトラックでいい、というのはソリッド様にさらに止められて一応の部屋を取らせてもらった。
「ふあ……十六時か……」
「おはようヒサトラさん♪ お買い物に行く?」
サリアがそんなことを口にして驚き、一気に眠気が吹き飛んだ。敬語ではなく、普通に話しかけてきたからだ。
「サリア、お前……」
「さあさ、行きましょう、行きましょう」
「お、おい、引っ張るなって!? ……ふう、いくか」
顔が赤いのでサリアも照れているようだ。なんとなく微笑ましいと思いながらベッドから降りて背伸びをする。
特にやることもないので、当初の予定通り適当に商店街をぶらつくことに。
海辺の町ということで家屋は通気性のいい小屋のような店が立ち並んでいる。商店は店先だけが目立つので、自宅とは別に店がある感じだった。田舎の駄菓子屋みたいな店といえば伝わるかな?
「これとかいいかも」
「それにすっか。おばちゃんこれを頼むよ」
「あいよ、揚げ物でもするのかい?」
「ああ、調味料も欲しいんだけど、あるかい?」
「ウチにゃねえ。三件先のブナさんとこで買いな」
というわけで雑貨屋にて鍋とトング、それとおろし金を購入。箸もフォークもある世界なのは俺にとってなじみがあっていい。さらに別の店で小麦粉、卵を購入し、パン屋で適当なパンを買ってからもう一度市場へ。
「おう、また来たのか兄ちゃん」
「ちょっと夕飯で試したいことがあってな」
「あんまり残ってねえけど、さっき釣りに行った息子が少し取って来たやつがあるぜ」
そういうおっさんの生け簀を見ると、アジとサンマが増えていた。
「やっぱアジフライか……?」
「なんです?」
「ああ、料理な。お、さっきは気づかなかったけどエビもいるな。……よし」
俺はすぐにアジとエビを包んでもらい、別の店舗で貝類を少し買ってからまた宿へ戻る。
「それ、どうするんですか?」
「はは、もう元に戻ってんな。ま、嬉しかったぜ。とりあえず、厨房を借りて食材を処理した後、浜辺で揚げようかなと思ってな。外で食う飯も悪くないぜ」
「なるほど、それじゃ私も手伝うね」
サリアがニコニコしながら俺の手を取って歩く。ちょっといい雰囲気になって来たなと思っていると、どこからか視線を感じ、俺は周囲を見渡す。
「……あそこか……!?」
「凄い見てる……」
宿の最上階の窓からソリッド様達が俺達を見ていることに気づきそそくさと中へ入った。なんで他人の色恋沙汰に興味津々なんだあの夫婦は……。
そんな調子で宿の厨房を借り、魚を処理を。
「兄ちゃんいい手際だな。料理人か?」
「いや、一人暮らしが長かったのと、金が無かったから自分でさばいた方が安上がりだったんだよ。悪いね貸してもらって」
「今日のディナーの下準備は終えているからな。キレイに使ってくれたら構わんよ」
「貝はどうします?」
「砂を出したら身を剥がしといてくれ」
話の分かる料理長で助かるぜ。
「そりゃなんだ? パンを……おろし金で粉々に!?」
「パン粉ってねえみてえだから自分で作ろうと思ってな」
「……料理人じゃないのか本当に?」
訝しむ料理長が俺のやっていることをまじまじと見ていたが、やがてフライの下準備が終わり、俺達は厨房を片付けて外へ行く。
そこでソリッド様達とすれ違った。
「おお、ヒサトラ。どこへ行くのだ? もう夕食だぞ」
「ああ、サリアと一緒に外で飯を食おうかと思いまして。浜辺で料理を」
「……ふむ? 揚げ物、か?」
「ええ、俺の世界の料理をご馳走しようかと。庶民の食べ物ですけどね」
「まあ、異世界の? わたくし、興味があるわ」
「いや、でも料理長が張り切ってましたよ……? 食べてあげた方が……」
俺がそう言うと、ソリッド様が腕を組んで唸りをあげ、しばらくした後で手を打ち、名案だと口を開いた。
「そうだ! 我々も外で食べようではないか。キール、テーブルセットを用意できないか聞いてくるのだ。ヒサトラよ、すぐに合流する。それまで待っておいてくれ……!」
そう言いながらバタバタとこの場を去っていき俺とサリアは顔を見合わせて肩を竦めるのだった。
まあ、賑やかなのはいいことだけど……そう思いながら浜辺で準備を始める――
「むう……」
「あはは、大人数になりましたね」
苦笑するサリアと難しい顔をする俺の目の前には、ソリッド様達と騎士達が座る丸テーブルがずらりと並んでいた。
浜辺でパーティの方が大勢でも対応できるという言い訳をしていたが、当てはまっているとも言える。
で、俺達はというと少し中央から離れたところで注目を集めていた。
まあ、異世界の料理ということでそれは仕方ないということにしておこう。
「さて、油があったまって来たな。後は揚げるだけだからそんなに難しいもんじゃない。サッとやるぞ」
「はーい!」
下ごしらえしたアジをさっと油の中へ投入するとじゅわっといい音が聞こえてくる。
浜辺に灯りはないがトラックを回してヘッドライトをつけてそれを改善。これでかなり明るくなった。本来なら軽油とバッテリーを使うが、このトラックは俺の魔力のようなので気にしないで照らすことができるのだ。
「まずはひとつっと」
揚げ物は音で判断する。
アジをからっと揚げた後、少し待ってから貝、エビと投入していく。早く入れすぎると油の温度が下がった状態で揚げることになり、サクサク触感が失われるから難しい所以である。
トングでサリアの持つお皿に載せていくとパン粉の匂いが鼻を刺激し、腹が鳴る。
とりあえず食べる分だけ揚げてから晩飯に入るとしよう。
「ご飯です」
「おう、サンキュー。醤油はねえが、ソースで食えば問題ないぜ」
「いただきます♪」
欲を言えばタルタルソースかマヨネーズがあると完璧だが、ソースで十分だ。ウスターソースに近いやつを選んであるからアジフライにはよく合う。……もちろん好みは人それぞれだが。
早速アジフライを噛むと、サクッとした食感の後にふわりとしたアジの身が口の中で崩れてソースやパン粉とまじりあい旨味が広がっていく。
「美味しい! お菓子みたいな感じに見えたけど、ご飯のおかずになりますね」
「だろ? 新鮮な魚だからさらにうめえ。天ぷらも試してみたいなこりゃ。こっちの世界の魚は向こうと似ているし、レシピが捗るな」
「エビフライ……好きかも……」
喜んでくれてなによりだ。
基本的に料理はサリアに任せていたからこうやって向こうの料理を作るのは初めてだったりする。特に不満もねえしな。
だけど、たまには日本で食っていたおかずを食いたいという思いはあったのだ。
貝のフライはホタテだと嬉しいが、ハマグリフライも悪くない。
「ん?」
すると背後に気配がして振り返ると、皿を手にした毒見役の人が幽鬼のような顔で立っていた。
「うおお……!? な、なんです?」
「毒見を……」
「いや、必要ないし食べたいだけだろ!? ……いや、そうでもないのか?」
ソリッド様はちゃんとコース料理みたいなのを食べているみたいだが、恨みがましい目をこちらに向けている……。
まあ、まだ魚はあるし一匹ずつくらいはいいかと揚げたてのフライ一式を乗せてやると――
「んま!? ソースにめちゃ合うぞ!」
「ほう……いいなこれは……」
いいなじゃねえよ。尻尾しか残っていねえ。
女性の毒見役の人はなんかカッコいい、キリっとした感じだったのにガッカリである。
仕方なくもう一度揚げてから渡してやると、嬉々としてソリッド様達へ持って行き、
「うおおお! これは美味い……!! しかし……ヒサトラ、わたし達の分はこれだけか!?」
「知りませんよ!? どうせ途中で食ったんじゃないですかね!」
ったく、食事くらい静かにさせてくれよと思いつつ、もう一枚アジフライを食べようと思い皿に目を向けると――
「わふ……わふ……」
「おう!? いつの間に!?」
「あら、子犬?」
どこから現れたのか、俺の皿からアジとエビのフライをひったくったようで紫の毛をした子犬が美味そうに頬張っていた。
「一生懸命食べてる、可愛いですね」
「どっから来たんだ? 飼い犬って訳じゃなさそうだけど……」
「くぅーん」
「まだ足りないみたい」
「生意気な……」
尻尾を振っておすわりをし、俺におかわりを要求してくる子犬。
あんまり野良犬にご飯をあげると困るが……なんか憎めない顔をしているし、少しくらいならいいかと食べさせてやる。
「わふーん……」
「気に居られたみたいね、ヒサトラさん」
「こいつ、呑気な顔してるなあ」
ひとしきり食った後、俺の膝に飛び乗って腹を見せてきた子犬。人懐っこいから飼われていたのだろうか? だとしたら飼い主に悪いなと思いながら腹を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らす。
「可愛いです! 野良だったら飼いたいなあ」
「まあトラックなら寝台に載せてたら連れ回せるからいいと思うけど……こいつ飼い犬だぞ」
「うう……名前ももう考えていたのに……」
珍しくサリアが我儘を口にしたので飼ってもいいかなとも考える。
ここに置いて逃げなければ周辺の人に聞いてみて、飼い主が居なさそうなら連れて帰るかね?
「おおーい、ヒサトラ、もうフライとやらは無いのか?」
「あ、まだ食べます? 食材がもうちょっとだけありますから揚げましょうか」
「頼む……!!」
「陛下、我々にもチャンスを……!!」
騎士達が抗議の声を上げ、結局じゃんけんで残りのフライも消えてしまった。
この後、ハアタとミアの店に飲みに行くので、その土産分を確保していたのは良かったぜ……
「わふ~ん……」
「うふふ、おねむですかー?」
「さて、そんじゃ片付けてハアタの店へ行くか。飲み屋だって言ってたからちょっと飲もうぜ」
「あ、いいですね! この子はどうします?」
「このまま置いていくよ。飲食店に動物はさすがにダメだ。もし帰って来てもまだ居たら飼い主が居ないか探してみよう。もし捨て犬だったら飼うか」
俺がそういうとサリアは笑顔になり、俺の腕に抱き着き店にむかって歩きだす。明日は市場巡りだし、あんまり飲まないようにするか。
「む、どこへ行くのだ?」
「ちょっと昼に飯を食った店に……飲み屋らしいので」
「あら、いいですわね。庶民のお酒を飲むところ、興味あるわ」
「「「ですね」」」
騎士達はおこぼれに預かりたいだけだろうが……
まあ、店を見て帰るかもしれないし、とりあえず連れてくか。