『特に不利になることはないわ』
「嘘を吐くな」
『ああああああああああああああああ!?』
こういう手合いが真顔でそんなことを言う場合、概ねなにかあると思っていい。
カーナビを揺らして自白を促すが、明後日の方向をに向いたまま口を開く。
『だ、大丈夫……もっと普通に生活できるレベルにしたかったけど、まあトラックが無限機関みたいになっただけだし大丈夫じゃない?』
「女神様、こっちですよー」
『おお……。ならもうついでにヒサトラさんをバージョンアップさせましょうかね』
「なにをする気だ……?」
俺が尋ねるよりも早く、手元のなにかを操作し始める。
とりあえず出来ることはなさそうなのでしばらくルアンが落ち着くまで待った。
そして5分ほど経過した時――
『よっしゃ! これであんたは無敵のトラック野郎や!!』
「なぜ関西弁……。どうなったんだ?」
『これを見よ……!!』
カーナビの画面が切り替わるとそこに文字が映し出されていて、ちょうど説明文のような感じだと直感的に思う。
よく目を凝らしてみると、だ。
【伝説のデコトラ】
魔力を通している間は派手な運転をしても横転しなくなる。
【クレイジートラッカー】
トラックに乗っている間は身体能力が上がる。許容範囲はハコ乗りまで。
【超頑強】
魔力を込めるとトラックの強度が数倍に跳ね上がる。
「なんだこりゃ!? え、これどういうことなんだよ、なんかゲームとかにありそうな感じなんだけどよ……」
『ええ、ヒサトラさんはこういう書き方の方がいいと思いましたので。スキルってよくあるじゃないですか?』
「まあゲームならよくあるな」
『でそ? で、とりあえず魔力を使えばこの三つのスキルはトラックに乗っている間は発動するって感じですかね』
「伝説って……デコトラじゃねえしこれ……」
『まあまあ、雰囲気ですよ雰囲気! あ、後そちらのお嬢さんも恩恵がありますから』
「私ですか?」
『はい。伴侶であればいつどうなるか分かりませんからねえ。ヒサトラさんが動けない時にサリアさんが防御するとかいいじゃないですか』
ん? 今、なにか不穏なことを言わなかったか?
「誰が伴侶だ?」
『え? サリアさんですよ。ずっと一緒に居てわたしを知っていますから、いいかなって』
「よくねえよ!? サリアは確かに俺のお付メイドだってトライドさんが置いてくれているだけだっての!?」
『え? えへっ♪ ……あああああああああああああああああああ!?』
「戻しとけって!」
さすがにこれはサリアに悪い。
勝手に伴侶にしたあげく、変な力を与えるとか罰ゲーム以外なんでもない。
まあトラックが無ければ使えないみたいだが……
「ヒサトラさんヒサトラさん」
「なんだ!? 今、取り込み中だ!」
「いいですよ、私。その力を使いたいですし」
俺の肩をポンポンと叩いてそんなことを言い出すサリアに対して驚愕の表情で振り返ると、彼女はにっこりと笑って小さく頷いた。
「いいのか……? このアホ女神のせいで変なことになるかもしれないぞ?」
「いいですよ、どうせヒサトラさんが行くところ我ありとなりますし、アホ女神様のおっしゃるとおり、なにかお役に立てるかもしれません。伴侶でもいいです。どうせお付き合いしている人なんていませんしね」
「……おいルアン。もし、サリアが他の男と結婚ってなったらどうなる?」
『うををを……目が回るやんけ……。ならそういう場合はオートで消えるように設定しておくわ』
できるんじゃねえかとケツをこっちに向けて得意気な声をするルアンに苛立つ。
こいつ俺を使って遊んでねえかと訝しむが、なにを言ってもこいつの意思でしか覆せないし、スキルとやらも便利には違いない。
それにしてもハコ乗りとは古いぜ、女神よ。
「まあいい……サリア、すまないがよろしく頼むよ」
「はい♪ それで女神様、ヒサトラさんのお母様はどうなりましたか?」
お、ちょうど聞こうと思っていたことをサリアが口にしてくれた。
するとルアンはこちらに顔を向けたのだが、難しい顔をして口を開く。
『ごめん、もうちょっと時間がかかりそう。ヒサトラさんとトラックをこっちに持ってきたことでわたしが思ったより消耗していてね。一年くらいかかるかも……』
「マジか……!? 母ちゃんは三年以内に死ぬんだろ!」
『な、なんとか頑張ってみるから、病気を治す薬か魔法でも見つけておいて! そんじゃ!』
「あ、おい!? ……くそ、切りやがった……!」
「不安ですね……」
「ああ。だけど、あいつを頼るしかねえからな、こればっかりは……」
なんかまだ隠し事がありそうだが、どうだろうな?
とりあえず妙なスキルとやらをもらった俺とサリアはこれから一緒に活動することになりそうなのも、なかなかハードな展開である。
「?」
軽く首を傾げるサリアは美少女と言って差し支えない。……いつか離れる時が来るまで、守って上げられればいいか。
「とりあえず今日は疲れたし寝るかな。サリアはどうする?」
「一緒に寝ますよ! 伴侶ですし?」
「ありゃルアンが勝手に言っているだけだろ……お前、上を使えよ。俺は下で寝るから」
「別にいいのにー」
「俺が困るの。ほら、後ろを向いているから」
スカートは膝くらいなのでパンツが見えてしまうからな。
サリアが上に行ったのを見計らって俺も横になって目を瞑る。
異世界の運送業か……オンリーワンって考えたら儲けられるかもしれねえな……ちと考えてみるかな。
そんなことを考えながら俺は眠りにつくのだった。
「ん……朝か。なんか重いな……こ、これが金縛りというやつ――」
「くー」
「お前かよ」
いつの間にかサリアが上から降りてきて、俺に半分覆いかぶさるような形で寝入っていた。
それで重かったようだが、彼女の名誉のために言っておくと布団よりも軽いくらいだ。
それにしても、寝顔が可愛い。
外人っぽい感じはするけど、顔が小さくサラサラの髪に柔らかそうな唇と全体的に整っている。
スラリとした足は白く――
「ごくり……」
――となるほど、キレイだ。
「……よっと」
俺は掴まれているジャケットからさっと腕を抜いて起き上がると、布団をかけてから外へ出る。
まだ陽が昇ろうとしている時間帯のようで、朝焼けがキレイだ。
遠くからニワトリの鳴き声も聞こえてくるあたり、魔法があって少し生活様式が古い以外は前の世界とそれほど変わらないな。ルアンが出てくる前にサリア達と言語が通じたのは奇跡に近い。
屋敷に目を向けて建物を見た後に門の前まで歩いていく。
散歩というには短い距離だが、少し肌寒い空気を感じて歩くのは気持ちが良かった。
「はー……」
門から先は大通りとなっていて、早朝のため人は見えない。
真っすぐに伸びた道の左右にある建物や道路を見ると、改めて俺は別世界へやってきたのだとため息を吐く。
到着してからこっち、ほとんど誰かと一緒に過ごしていてゴタゴタが続いていたから考える余裕も無かった。静かな朝は久しぶりだ。
「……っと」
少し陽が昇るのを見ていたら不意に涙が出ていることに気づいた。
もう向こうへは帰れないという事実が今頃になって胸を刺したらしい。
それでもルアンが母ちゃんをなんとかしてくれれば、未練は殆どないのが幸いか。
馬鹿をやっていた仲間は就職し、結婚して大人しくなった。
交流も少なくなり、たまの飲みも赤ちゃんが産まれればなくなっちまう。それが大人になっていくことなのだ。
で、母ちゃんはそういう遊びすらも全て捨てて俺を育ててくれていたのにあの体たらく……そして下手をすると会えても亡くなっちまう可能性の方が高い。
「最悪だよなあ……俺ぁ……。長生きさせたかったぜ」
「させてあげましょうよ」
「!」
不意に背中から抱き着かれて声をかけられドキッとする。声の主はサリアだった。
「できるのかねえ……」
「もしかしたらあるかもしれないじゃないですか。私、思ったんですけど、町同士じゃなくてあちこちの国を行き来できるようになったらそういう情報を得られるかも、って」
霊薬だかエリクサーとか……名前はどうでもいい。
とにかく不治の病を治療する薬について情報を仕入れればいいのではとサリアは言う。冒険者ギルドというところへ登録して情報を募れば流れてくる冒険者がなにかを知っている可能性もゼロではないという。
「……そうだな、俺の母ちゃんのことで俺が諦めてたらダメだよな」
俺は振り返ってサリアの頭に手を乗せると、くすぐったそうな顔をして目を細める。
やれるだけやってみるか。幸いトラックの移動はほぼ無限で、場所によっては速度を上げても問題ないのだ・
「よし……トライドさんとジャンさんに話をしてみるか」
「ですね!」
そうと決まれば善は急げだ――
◆ ◇ ◆
「昨日の話、受けさせてください」
「おお、本当か! うんうん、その言葉を待っていたよ! 大々的に宣伝して、往復……金額を決めてという感じか?」
「そうですね。向こうだと荷物一個からでもやっていて、荷物の大きさで料金が変わるシステムを導入していました。貨幣の価値がちょっと分からないので、例えば商人や郵便屋がどれくらいで請け負っているかなど分かれば調整したいですね」
「ふむ、面白い! ベリアスの結婚も楽しみだがそっちも楽しみだな!」
運び屋も生活がかかっているだろうし、そこは住み分けをきっちりしておきたい。
俺は少しお高めの金額を取る代わりに速度を重視するといった別のサービスを提供すれば納得してもらえると思う。
期待値としてはガチの運送屋としての働きだな。
何十箱もの果物を別の町へ届ける、生物を急いで運搬する……そういう『他でできない』ことをやる。それで俺は金を稼げるはず。トライドさんとジャンさんが言うように冒険者や旅行客の運びも
金を稼ぐのと同時に名前が売れればお得意さんになってくれる人もいるだろうし、情報をたくさん得ることができるかもしれない。
そして俺はもう少し交渉を進める。
「できれば領地同士の町がうまくいくと判断できたらトラックの移動範囲を増やして欲しい。家はロティリア領で」
母ちゃんがこっちに来るかもしれない。そして不治の病に侵されているので情報ができるだけ欲しいことを告げる。
するとトライドさんとジャンさんが顔を見合わせて少し考えた後に口を開く。
「……ふむ、ならば君はもっと大きな場所に移住すべきだな。もちろん、すぐにとはいかんが」
「私とトライドで王都に住めないか確認してみようじゃないか。あそこなら情報も仕事もたくさん入る。だが焦ってはいかんな。まずは我々の領地で仕事を進めようじゃないか」
「トライドさん、ジャンさん……。ありがとうございます!」
「良かったですね、ヒサトラさん」
そこからさらに話を詰め、俺達はトライドさん一家を乗せて再びロティリア領へと戻っていく。
さて、俺の新しい生活だ、はりきってやるとしようかね!
「ヒサトラさん、今日はクワリエの町までパンの出荷と八百屋さんの野菜、それと冒険者の方を運びますよ」
「オッケー、他に寄らないなら日帰りだな。帰ったら飯を食いに行こうぜ」
「はーい♪」
――あれから一か月と少しが経った。
俺がもらった家は事務所兼住居となり受付を増設させてもらった。
そうすることで荷物や手紙、はたまた人の移動をするためのスケジュールを組むことができるからだ。
とりあえず依頼があれば移動し、途中にある町や村にお届け物があればそこへ向かうという形を取った。
もちろん近い町もあれば一日で到着できない町も存在するので、そこをスケジューリングする必要がある。
今日はクワリエという町へ向かう。俺が住んでいるこの町から二十km程度なので日帰りは全然余裕というわけ。
道が広いから八十kmくらいでぶっ飛ばしても事故にならないことも実証済みだ。
とりあえずロティリア領とサーディス領の町と村には全て顔を出し、乗り合いバスのように立ち回ってもいるので知名度もまずまず。金もそれなりに稼げるようになってきた。
これが王都住まいになったらもっと利用者が増えるだろうし、忙しくなる予感がする。多分。
逆に王都から数日かけてあちこちの領に移動するなら、移動販売という手もあるがそれはまた慣れたらだろうなあ。
で、従業員は俺とサリアがメインだけど、サリアは俺に着いてくるため、居ない間に受付をしてくれる人を置きたかったので一人雇っている。
「それじゃ今日もお気をつけてー!」
「リンダ、そっちは任せたぜ」
「もちろんです! お給料のために……仕事の後のお酒のためにも!」
「はは、助かるよ。そんじゃ行ってくる」
リンダは20歳の女性でちょうど仕事を探していたところだった。
俺達が王都へ移り住むまでという条件の下、雇っているが、元気と調子がいいため受付としては優秀だったりする。
金が必要な職でもないし、横領も心配ないので安心して遠征ができる。
「それじゃコンテナに乗ってくれ」
「おお! ついにとらっくに乗れるな、待ってたんだよ!」
「はい、あげますよー」
慣れたものでサリアもゲートのスイッチを扱い昇降させると、冒険者達はコンテナに乗り込む。そしてコンテナ内に設置したソファに座り込む。
いくら荒い運転をしてもトラックは倒れない、というスキルを受けてコンテナは片側のみ開けっ放しにしてある。振り落とされないよう鉄柵を設けてあるので景色を楽しむことも可能だ。
日本じゃ絶対にできない運用法だがな。
そんな感じで馬車よりも速く、魔物に襲われてもダメージが通らないトラックはちょっと金を出してでも乗りたいという人気移動法となった。
だから固定できるソファとシートベルトっぽいものを作ってコンテナに乗れるようにしてみたのだ。どうせそこまでの大荷物はねえし。
「ふふ、子供みたいにはしゃいでましたね」
「ああいうのならいいんだが、サリアはナンパに気をつけろよ」
「大丈夫ですよ。私にはこれもありますし」
そう言って助手席にのるサリアが戦隊ものの武器を掲げてウインクする。
驚いたことだがこのおもちゃはこの世界仕様と変化しており、魔力を込めるとマジックソードになるのだ。さらにこのおもちゃは銃剣の類に変形する『よくあるタイプ』の戦隊モノの武器だったようで、銃モードの時は魔力弾が出る。
しかも魔法を撃つよりも強力なやつなので、硬いサソリ型の魔物であるサソードですら一撃だった。
軍事利用されると困るので滅多には使わせないけどな。
そんなこんなで怖くなり、開けていない積み荷がまだある……。なにが入っていると思うよ?
まあ、暇ができたら開けるかな……
◆ ◇ ◆
「お疲れさん、到着だ」
「面白かったぜ! また機会があったら乗せてもらうよ」
「速いわねこれ。でも魔物は避けるんだ?」
「轢くのはあんまり気分がいいもんじゃねえからな。戦って倒すならまだしも」
女冒険者はよく分からないけどそういうポリシーがあるのも悪くないと言いながら金を払って立ち去っていく。
人を降ろした後は荷物の宅配だ。
野菜とパンを注文した家や店へ荷車を使って配達する。
このへんは宅急便とかに近いサービスだなと思いながらサリアと奔走するのだ。
「ありがとうね。出来たてがあまり時間をかけずに届けてもらえるから助かるよ」
「そこが売りですからね。……金額OKです、毎度!」
「そういやあんたが居る町の領主様の娘さん、こんど結婚式なんでしょう?」
「そうですね、俺もトラックで出し物を頼まれているんでその付近は休みなんです」
「いいわねえ。お料理もいいものが出そうだし! それじゃあ」
レストランのおばさんはいつも話が長い。
しかし、アグリアスとベリアスの結婚式は領地同士の話なので、互いの領地にしてみればいい話であるため俺も悪い気はしない。
そんな彼女達の結婚式は一週間後。
俺とサリアも出席を頼まれていて、トラックを使ったイベントをやる予定で、俺とサリアからプレゼントも用意していたりする。
「終わりましたよー」
「おう、お疲れ! そんじゃ帰ってリンダと飲みに行くか」
「ですね!」
そして結婚式当時となり――
「ほんとにこれでいいのか……?」
「いいんじゃないですか? 楽しそうでしたし!」
俺はコンテナ両脇のウイングを完全に上げた状態のトラックを眺めながら首をかしげる。しかし、ウェディングにデコレーションされた車体を見ながらサリアは喜んでいた。
「……これがデコトラというやつか?」
「なんです?」
「いや、なんでもない、それじゃ町の入り口まで回すぞ」
サリアを乗せてトラックは町の入口へ。
大通りをトラックでパレードをしながら式場へ向かいそこで誓いをする。本来は馬車でやるそうなのだがこの大きな鉄の塊が良いとアグリアスとベリアスから申し出があり、デコったというわけ。だから大通りだけしか通れない代わりにゆっくりと移動する予定となっている。
「お待たせしましたよっと」
「ふふ、大丈夫だよ。仕事もあるのにすまないね」
「あんちゃん、久しぶりだな!」
「お、ボルボもちゃんと立派な服を着ているな」
「お互い様だっての!」
場にはボルボも居て、鼻の下をこすりながら俺の尻を叩く。
両親と和解したこいつはきちんと冒険者としての訓練を受け始めていて、成人したら狩りにも参加するらしい。教えているのがあの時、俺にのされたBランク冒険者だというのだから世の中判らないものだ。あの後なにがあったのかは教えてくれないが根性を認めてくれたらしい。
「ヒサトラさん、今日はありがとうございますわ。天気も良く、最高の日を迎えることができました」
「別に俺はなにもしちゃいねえよ?」
「いいえ、あの時『とらっく』で助けてくれなかったらわたくしとサリアはゴブリン達にさらわれてどうなっていたかわかりません。だから本当にありがとう」
「ということです」
サリアが胸を張ってドヤ顔をする。
確かにあの時、偶然彼女達の間遠いでなければ俺も路頭に迷っていた可能性が高い。もしかするとルアンが助け舟を出してくれたかもしれないがこうやって仕事ができるツテもできなかっただろう。
こうやって祝福できるのはある意味、お互い様なのかと苦笑する。
「では、そろそろ行こうか」
「はい。ジャンさん……それにしても随分、兵士というか騎士が沢山いる気がするんですけど」
「うむ、国王陛下がいらしているからな」
「は……?」
「ヒサトラさん、国の王ですよ」
「知ってるわい!?」
サリアが知らなかったの? と言わんばかりに耳打ちしてきて俺は彼女の口を左右に引っ張る。おっと、ドレスが汚れないようにしておかないとな。
それにしても――
「なんで国王様が? 領主の息子と娘の結婚だから?」
そう疑問を口にする。
するとすでにコンテナに乗り込んでいたトライドさんが身を乗り出してきて口を開く。
「ああ、それは身内だからだよ」
「身内!? 国王様の身内が居るんですか、それらしい人は……」
「お母様は陛下の妹なの」
「アレが!?」
アグリアスが笑顔でそう言い放ち俺は驚愕する。
飯を食うか寝ているしかしていないグータラ奥さんが? 馬鹿な……。そう思っていると、エレノーラさんが頬を膨らませて口をとがらせていた。
「失礼ね、ヒサトラ君?」
「ああ、いや、美しいとは思いますけど、いつも寝ているし……」
「王族って執務をする人以外は割と暇だからねえ。私も結婚するまではお茶会とかばかりだったし」
今もだろうとは言わないでおく。今日はアグリアスの晴れ舞台なのだから。
「はっはっは、エレノーラは今でも可愛いぞ! では、ジャン開始といこうではないか」
「そうだな! では頼むぞヒサトラ君」
一家がコンテナに乗り込んだのを確認して俺は運転席へ。サリアはアグリアスと一緒についているので今日は俺一人で運転席だ。ちなみにリンダは休みなのでここにはいないのである。
ゆっくりとトラックを動かし、大通りへ。一度練習をしているので特に問題なく進んでいく。
両脇で手を振ったり声をかけたりする人が楽しそうで何よりだと思う。
町の家屋にも色々と飾りをしていて、この一日のために町の人達が善意で協力してくれていた。人望あってのことだろう。途中途中には騎士や兵士も警備をしているのが見える。
「はー……本当に国王様ってのがいるんだな……」
本当にゆっくり進み、みんなに見送られて式場へ。
ここで俺の出番は終わり、一家は式場内へと入っていく。ウェディングドレスをまた変えるらしく、お金持ちらしい結婚式になりそうだ。
「ふう……サリアのドレス姿もキレイだったな」
アグリアスもエレノーラさんもきれいだったが、サリアも負けてはいなかったと思う。
いつか彼女の結婚式も、と思うと少し残念な気もするがあの子なら引く手あまただろうし、俺みたいなのと一緒にならなくても良いだろう。
空を仰ぎながらそんなことを考えていると――
「君がこの乗り物の御者かな?」
「え? ああ、そうですよ。それが?」
――スラっと長身をして鼻の下に少しだけ髭を生やした紳士が笑顔で声をかけてきた。
「こっそり町中で見せて貰っていたが、さらにスピードが出るのだろう?」
「え、ええ、そうですね」
「いいね、是非、私も乗せてもらいたいものだ」
「はは、これで仕事をさせてもらっていますからね。お帰りの際はこちらまで、なんて」
「おお、それはいい案だ! エレノーラが自慢していて悔しかったが……」
「え?」
今、エレノーラさんを呼び捨てにしていた。そしてこの風貌……まさか……
「あの、失礼ですが……まさか、国王様、ですか……?」
「む? そうか異世界人だったな、顔を知らぬのも無理はないか。その通り! 私がこのビルシュ王国の王、ソリッドである!」
「やっぱりか……!」
髭のおっさんは国王様だった。なんでここに居るんだ……!?
「こ、国王様!? ……あ、結婚式始まるみたいですよ?」
「むう!? それはいかん! 後で会おうヒサトラ君!!」
「ええー……」
「なんで嫌そうなのだ!? ええい、待っておれよ!」
なんで喧嘩するみたいなノリで言ってくるのか。
俺は軽く手を振りながらソリッド国王を見送り、とりあえずこの場を切り抜ける。
「なんとなくエレノーラさんの兄って言われたら納得するな。顔も目元が似てたし」
アグリアスが17歳で彼女を生んだのが20歳だったらしいから奥さんは37歳。兄なら40歳くらいかね?
もっと若そうに見えるのは兄妹揃って恐ろしいことだが。
「そいつにちょっと乗せてくれよ!」
「お、式が終わるまでならいいぜ」
俺はトラックを追いかけて来た子供たちの相手をして時間を潰し、サリアお手製の弁当を食してから運転席で待つ。
実は結婚式に通常の招待客として参加して欲しいと何度も誘われたのだが、マナーも知らないしここは異世界人の俺は身を引かせてくれってことで納得してもらった。
その分、トラックの運用については我儘を聞いたからこれでトントンだろう。
「式は順調そうだな」
パイプオルガンのような音色が少し離れたところから聞こえてくる。誓いの後はブーケトスに食事と続いて二次会があるかどうかって感じらしい。
親族はジャンさんの屋敷で寝泊まりするので、俺の部屋の空きはないため宿かトラックだな。
「まだ時間がかかるし、大人しく待つか――」
◆ ◇ ◆
「ヒサトラさん」
「ん……」
「ヒサトラさん、起きてください。終わりましたよ、結婚式」
「お、おお……? ふあ……サリアか。無事に終わったみてえだな」
いつの間にか寝ていたらしく、助手席からサリアが俺の身体を揺すって起こしてくれていた。
あくびをかみ殺しながら視線を前方の外に向けると、ぞろぞろと参列者が出てきているのが見える。
「今から二次会ですよ、お仕事をしましょう♪」
「おっと、コンテナをビアガーデン仕様にしねえと!」
俺とサリアはさっとトラックを降りて、コンテナのソファを端に置くと今度は二家族分のテーブルセットの用意を始める。
サリアは昇降機を使わなくてもいいようにコンテナへの階段を設置し、絨毯を広げていた。
ちなみに式場の庭にある広場のど真ん中にトラックを置いているので、この場所なら他の人たちの様子もうかがうことができるのである。
「よし、コンテナに絨毯も設置したし、後は料理と酒を待つだけだな」
「そうですね。あ、お昼は食べました?」
「おう、美味かったぜ」
「良かったです!」
設営が終わってサリアと話をしていると、トライドさんが少し赤い顔で俺に声をかけてくる。。
「やあやあヒサトラ君! ご苦労様、これが私達の席かな?」
「ですね。後は食事とお酒が運ばれて来たらいつでも開始できますよ」
「うんうん、君は仕事が出来る男だねえ。では今日の主役を呼んでこないと」
ちょっと怪しい足取りが心配なので気を付けてと声をかけると、片手を上げて振っていた。意識ははっきりしていそうだ。
程なくして見知った顔がやってきた。
「やっほー、ヒサトラさん」
「エレノーラさん、お疲れ様です。寝ていないところを見ると、空気を読んだみたいですね」
「まあね! 娘の晴れ舞台で寝るわけにはいかないもの。ああ、そうそう兄さんがヒサトラさんと話したいって言ってたけどもう話した?」
「いえ、さっき式が始まる前にちょっと顔を合わせただけですね」
「あ、そうなのね? なら呼んで来ましょうか」
いや、こんな目立つところで偉い人と話をしたくないんだけどな……
事務仕事をしている時に社長が来て話してたらなんか叱られているとか思われてそうって感覚に近いものがある。止めようとしたんだが、国王はすでに近くに来ていたようで、
「やあ、エレノーラ」
「ああ、兄さん。ヒサトラさんに話があるんでしょ?」
いつの間にかトラックコンテナの上に立っていた。どっから乗ったんだ? というか護衛は?
「そうそう。トライド君とジャン君から聞いているが――」
「はい、すみません! お料理をお持ちしましたので少し移動していただけますか!」
「ああ、すまないね。それで――」
「お酒っす! あ、陛下! どれがいいですか! なんでも揃っていますのでご所望のものがあれば是非!」
「マックリー地方のワイン29年物を頼むよ。毒見役に渡しておいてくれ、代金は後で回す」
「へい!」
「ふう……それでだ――」
「陛下! もうこちらにおられましたか、ちょうど今、主役を連れて来たところですよ、さ、べリアスにアグリアス、こちらへ。陛下とエレノーラさんも」
「ぐぬう……!」
……何度か俺に声をかけようとするが、タイミングが悪く、全然話ができないでいた。最終的にジャンさんにまで阻まれ席につくことになってしまった。
「いやあ、陛下って親しみやすいからみんなに好かれているんですよね」
「いい人だと言うことは分かったよ」
平民相手でも怒鳴ったりしないからな。常識人なんだと思う。だからみんな話しかけてくるんだろう。
ま、今日は祝いの席だ。俺より、そっちに顔を出して欲しいからあえて声はかけない。
コンテナの上が一気に騒然となったのを見て苦笑していると、横から袖をひかれて振り返る。
「もう、いいんじゃありませんか?」
「……そうだな。アグリアスとべリアスのところへ行くか」
サリアがどこかで貰ってきたグラスを手にし、俺はコンテナに上がるのだった。
今日はもう運転しないし、これくらいはな?
「皆、遅くまでありがとう! 陛下も本当にありがとうございました」
「我が国の出来事だ。構わんさ」
結婚式は無事に二次会まで終え、片づけは明日から始めるとしてお開きとなった。
俺とサリアも二次会ではワインや果実酒などを会場の隅で嗜みながらにぎわいに参加していた。
とりあえず会場から出ていく人達を見送って、誰も残っていないことを確認してからコンテナを閉じる。
そのまま運転席に移動して衣装を着替えて就寝準備を行う。明日は式場と一緒にコンテナを掃除する予定だ。
ちなみに庭は酔っ払いの墓場と化してしまい、明日が憂鬱になる。
「私が上を使っていいんですか?」
「まあ、いつも通りだろ。おやすみ」
「はい、おやすみなさい!」
サリアが天井の蓋をとじて姿を消したので、俺もカーテンを閉めてから寝転がる。
目を閉じると意識が飛びそうになり、昼寝をしたにも関わらず眠気があることに気づいた。ということは意外と緊張して疲れているようである。
「国王様か……」
とりあえず国王様と話をしたいというのは元々俺が頼んでいたことなので早くなったとほくそ笑む。
ただ、ロティリア領とサーディス領の運送業がストップしてしまうので、アテにしていた人たちには申し訳なく思う。王都に越せば拠点が変わるので、引き受けるのが難しくなるからだ。
一応、王都までは百五十kmの距離なので飛ばせば数時間で行くことはできるけどな。
それでも生活環境は一変するだろうし、慣れないことも出てきそうだ。
……サリアはついてくるかな? 流石に自領地でなくなったらトライドさんも許さないかもしれないし、そうなったら一人で頑張るしかない。
どちらにせよ話をするまで待ちだな……そう考えながら意識を手放した。
◆ ◇ ◆
――そして翌日。
いい天気になったものの、開けたコンテナはモザイクがかかるレベルで荒れていた。これをサリアにやらせるのは酷だと思ったが、メイドはこういう仕事はお手のものらしい。手際のいい彼女を横目に、車載していたデッキブラシと洗剤で掃除をしていると、式場のスタッフが話しかけてくる。
「大変ですねえお互い」
「まあ、お金はもらってますし仕事ですから」
「はは、あんなきれいな奥さんと一緒ならやる気も出るでしょう、羨ましい限りですよ」
「え、いや違――」
と、訂正する間もなくスタッフさんはその場を離れ、俺はデッキブラシ片手に固まった。むう、そう言う風に見えるのかねえ……
「ヒサトラさーん、こっちはこれでいいですかね?」
「おう!? ……あ、ああ、いいんじゃないか? 後はそっちから水をバケツで流してくれ。俺がブラシで外に押し出す」
「はーい!」
急に話しかけられてびっくりした……。結婚式があってさっきみたいな話をされたら意識しちまうだろうが……。
赤くなった顔を背けて流れてきた水を外に追いやる。
ちなみにバケツは魔法石とやらが入っていて、魔力を込めると空気中の水分を集めて水を生み出してくれる便利アイテムなのだ。
俺が使うとほぼ無限に水が出る。
これがチートというやつか、などと誰にも理解されない呟きをしていたりするのは内緒だ。
「ふう、こんなもんかな。後は乾かしてから閉じればいい」
「ですね! そろそろお昼ですし、なにか食べに行きませんか?」
「お、いいな。散歩がてら店を探すか」
タオルで汗を拭いてからトラックの鍵を閉めていると、正面入り口から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、ヒサトラ君!」
「あ、国王陛下」
「ごきげん麗しゅうございます」
「はっはっは、そう堅くなくていいぞ。私もお忍びで来ているからな」
「お忍び……」
入って来た方を向くと、建物や植栽の陰という陰に騎士の姿が見えるのだが……。
「む……!」
「どうした、敵か!」
「……いや、ねずみだった」
「問題ないな。引き続き警戒を」
「了解」
お忍びに対してツッコミを入れたかったが、俺の望む回答は得られないだろう。なので、国王様に声をかけることにした。
「どうしました? お話は屋敷でやると思っていましたが……」
「その話だよ。トライド達から話は聞いているから、後は私と君の問題だけだ。どこかへ行くのか?」
「ええ、お昼ご飯へいこうかと」
サリアが笑顔で答えると、国王様はなるほどと頷いてから入り口を親指でさしてウインクする。
「なら飯を食いながら話をしようじゃないか。いいだろう?」
「国王様が大丈夫なら」
「決まりだな。それと私はお忍びだ、国王様はやめてくれ。ソリッドでいい」
「いやいや……ソリッド様、でいきましょうか」
「まあいいか。ではいこう!」
俺達が歩き出すと、大勢の騎士達も動き出す。
よく見たらあちこちにいっぱいいるぞ……。
そんな調子で違和感を感じつつもついていき、やがて目当てであろう店へと到着。
「いらっしゃいま……ひっ!?」
「奥の方は空いているかね?」
「ど、どうぞ……ご案内します」
……ウェイトレスが引き吊った顔をしたのはソリッド様が来たから……ではなく、俺の後ろにいる大量の屈強な騎士達のせいだろう。
「ユニコーン隊は西へ。ペガサス隊は東だ」
「ハッ!」
「将軍、店の裏で残飯を取り合って喧嘩をしている猫を発見しました」
「餌をやって懐柔しろ。騒がれるのは困る」
「すぐ対応します」
「野次馬は如何いたしましょう?」
「この店から離れるように対応するんだ。抵抗するような拷問しろ」
「承知しました」
止めてやれ。
みんなお前等を野次馬してるんだって気づけ……!!
「おススメを三つ頼むよ」
「かしこまり……ました……」
「ソリッド様はこういうお店で大丈夫なんですか?」
「たまにはいいのだよ。城で食べるものは素材も腕もいいが、飽きてしまうからな。では、早速だが運送についての話をしようか」
「はい」
俺は襟を正してソリッド様の言葉を待つ――
「さて、早速で悪いが君のことを話したいと思う。トライドから聞いた話では、いま君はあの鉄の乗り物を駆って運送業をしているそうだな。で、目的のために王都で情報を集めたい、と」
「そうですね。ご存じかと思いますが俺は異世界人です。で、恐らく一年以内に俺の母親も召喚されるんですが、向こうの世界でも特に治療が難しい病に侵されているんです。そのためこっちの世界に不治の病を治す薬がないか情報を知りたいと考えています。王都の方が人は多いということで、できれば移り住みたいと考えています」
聞かれたことにハッキリ返答をする。
これは最初から決めていたことなので淀みなくスラスラと口から出すことができた。
移住に関しては、通常なら町へ行って申請すれば問題ないんだけど、トラックという異質なものがあるのでソリッド様にお伺いを立てないといけないってわけだ。
まあ、要するに今は面接みたいなもんだな。
「なるほど、母親が……それは何故わかるのかね?」
「っと、それは……」
女神ルアンが、と言いたいところだがそれは話していいものだろうか……? 少し考えていると、サリアが袖を引っ張って耳打ちをしてくる。
「(ヒサトラさん、ここは女神様のことを話してもいいと思います。実際ここにトラックがあるのは事実ですし、それならお母様のことも説明がつきます。それとこの国はルアン様を信仰しているので、悪い方向にはいかないかと)」
「(そ、そうか?)」
まあサリアがそう言うのならと、俺はここに来た経緯を話すことにした。他の人間がトラックを動かせない以上、ルアンが実在するかどうかについて調べる方法が無いしな。
「他言無用でお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「私の口はかなり固い。安心してくれたまえ」
「……俺がこの世界に来たのは女神ルアンによって送り込まれたからです」
「!? ……続けたまえ」
頷いた俺は送り込んだルアンと実際に話すことができたこと、元の世界には戻れないこと、トラックと俺は一心同体で他の誰にも動かすことができないなどの秘密をソリッド様だけに聞こえるよう小声で語る。
すると、ソリッド様は目を丸くしながら黙って聞いてくれていた。
「――というわけなんですが」
「……」
「陛下?」
サリアが声をかけるとソリッド様はハッとして頭を振り、俺に頭を下げた。
「それが本当なら凄いことだ。是非もない、こちらからお願いしたい。王都へ来てもらえないだろうか」
「もちろんお願いします!」
「うむ、ルアン様の導きでやって来た青年が未知の乗り物を駆る……いい、実にいいよ、君ぃ!! よし、トラックには女神様のマークをつけようじゃないか。ルアン様もお喜びになるだろう」
「ま、まあ、大丈夫ですよ」
「お待たせしました、オススメランチになります!」
「ああ、そうだ! 私を王都まで送るのをやって欲しいな、騎士達は後ろに載せて!」
「……これは美味い……」
そこでお昼ご飯が届き、皿が置かれるがソリッド様は興奮冷めやらぬと喋り続ける。いつの間にかやってきていた毒見役がもくもくと食べているのにも気づいていないようだ。あ、あ、それは食い過ぎじゃねえかな。
「陛下、どうぞ」
「ふうむ、楽しくなってきたぞ! ……お!? 私のランチこれだけ!? これでは足りん、もう一つ持ってくるのだ!」
「また食われるんじゃ……。ってお前等、次の毒見役をじゃんけんで決めてんじゃねえよ!?」
「あ、美味しいですよヒサトラさん、冷めないうちに食べましょう」
ま、まあ、思った以上に食いついて来てくれたので予定通り王都へ移住できそうだ。
トライドさん達には世話になったし、なにかしてあげたい気もするが――
そんなことを考えながら窓の外に目を向けると、空は相変わらずいい天気だった。
◆ ◇ ◆
「では、少し借りるぞ」
「ええ。ヒサトラ君、待っているぞ」
「はい。お迎えに上がりますよ」
「とらっくに揺られて寝るの癖になるのよね結構」
「ふふ、わたくしはもう向こうへ帰らないので残念ですわ」
翌日、掃除を行ったトラックのコンテナの水捌けが終わり渇いてソリッド様を送り届けることになった。
騎士はなんだかんだで全員載せるのは無理だったので、話し合い(物理)の末に数十人が乗ることに。
ソリッド様はもちろん助手席で、サリアは後ろの寝台に乗ってもらう。この布陣ならトラックを楽しんでもらえるだろう。
ここから王都までぶっ飛ばして数時間。
なので、往復しても夜中には絶対ここへ戻ってくる。で、明日ロティリア領へトライドさん達を送り届けることで今回のイベントは終了だろう。
「それじゃ、また明日!」
「うむ、気をつけてな。陛下、またお伺いさせていただきます!」
「兄さん、いいお酒用意しておいてねー」
「我が妹ながら恐ろしいやつ……」
そんな会話を窓から繰り広げていたが、やがてトラックは町の外へ。ボルボは俺と話したそうだったが、約束があるとギルドへ行ったので帰って来てから少し話すかな。
「シートベルトつけておいてくださいね。後ろはどうですー?」
「心配ない! 少し狭いが、いい景色だ」
サリアに小窓を開けてもらい確認すると、落ちないようにしている柵の前で興奮気味だった。
なら大丈夫かと、俺は街道に出た瞬間アクセルを少し強く踏む。
「おお……!? は、速いな」
「ええ、これのおかげですぐに王都まで行けますよ。もう少し速くしましょうか?」
「い、いや、大丈夫だ……ふう、これは凄いな。これがあれば、新鮮な魚を持って帰ることもできるんじゃないか」
「ああ、向こうの世界だと魚を凍らせて運搬を生業にしている者いましたね」
「やはりな! うむ……あそこの魚を食べてみたい……頼むか……?」
なんだか夢のような話だとぶつぶつ言っていたが楽しそうだった。
乗り物酔いとは無縁なトラックなので窓を開ければ風を切って気持ちが高揚する。
「よーし、もう少し速いところがみたいな!」
「周りはなにも無いし……いいですよ。サリア、掴まってろよ」
「はーい」
そして一気にアクセルを踏むと、メーターは一気に90Kmを越えた。
「お、お、お……!? は、速!?」
「これくらいにしておきましょうか、あんまり速いと怖いですよね」
「い、いや! だ、大丈夫だ! やってくれ!」
何故イキったんだ……?
なら100Kmまであげてみるかとスピードを上げると――
「あばばばば……」
「ソリッド様ー!?」
――やはりというか、ダメだった。
まあ、他人の車の助手席に乗っていると不安になるのあるよな。あれと同じだろう。
え? 違う?
ま、まあ、とりあえず後はゆっくり行くとしようか……
サーディス領から約四百五十kmの場所に位置する王都。
百キロのスピードはソリッド様と後ろの騎士が悲鳴を上げたので、七十キロ程度の速度で真っすぐ突き進んだ。
その結果、六時間ちょっとで王都へ到着した。
馬車って早くても時速十キロくらいのはずだから、一日以上かかる道を六時間で移動したのである。
「も、もう到着した、のか? 行きは町を経由してようやく辿り着いたのに」
「あれが王都ですね、立派な城壁じゃないですか」
「うむ、ありがとう。ゴブリンやら魔物が多いとやはり防衛が必要だ。そこに金は糸目をつけん」
「さすがでございます、陛下」
面白い人だがしっかり国のことを考えているようだ。ちなみにこの国に村は存在しないらしく、必ず町と言えるレベルまで発展させてから防衛できるようにするのだとか。
人間関係が中々大変そうではあるが、そういう場合は移住してもらえばいいとのこと。まあ、そこじゃなきゃ絶対ダメってことはあまりないだろうしな。
「うーむ、もう一往復して残りの騎士と馬車を回収しても本来帰る時間より早いんじゃないか?」
「はは、恐らくそうですね。街道の道が広いし、速度を上げてもそれほど問題になりませんから。向こうの世界だとこうはいきません」
「なるほどなあ。まあ、とりあえず後から帰ってくる者達はゆっくり戻ってきてもらうとして、私たちは城へ行くとしようか」
「分かりました」
街の入り口となる門までトラックを近づけていくと当然だが槍を持った衛兵がバタバタと迫ってくる。
だが、シートベルトを外して窓から顔を出したソリッド様が手を振って笑いかけた。
「おおーい、私だ! 門を開けてくれ、城までこれを移動させる」
「へ、陛下!? エレノーラ様のところへ行ったのでは?」
「おお、結婚式は終わった。妹も元気そうだった」
「それはなにより……どうぞ!」
衛兵が道を開けてくれ、ゆっくりとアクセルを踏む。
両脇で敬礼している衛兵の顔が驚きに変わるのが見えたが、恐らくコンテナの騎士達に驚いているようで、背後から声が聞こえてくる。
「これすげぇぞ! 半日もかからず帰って来た!」
「うぇぇぇい!」
「楽ちんすぎて怖い。正直欲しい」
「そこ乗れんのか!? いいなあ、楽しそうだ」
うん、遊具ではないぞ。
そのまま町へ入ると他の町と同様に人々から注目を集めていた。ソリッド様が窓から顔を出して手を振るのでさらに注目を浴びるが、幸い道を塞ぐようなことは無かった。そのまま大通りを走っていくと目の前に大きな城が見えた。
「おお……城だ……。でけぇな。というか結構離れたところに向こうにあるんだな」
「なんだかんだで広いからな。運送業をするなら家とトラックを止めるスペース、それと店を用意せねばならんな。城の庭に作るか」
「やめてください。安全面もやばいし、恐れ多くて誰も依頼に来ないかと……」
「むう」
不満げにならないでもらいたいぜ……。城に普通の人が入ってくるのは流石に警備上不味いだろう。
「普通に町中でいいですよ。トラックの取り回しができると一番いいですかね。ロティリア領でもそうですけど、道が狭いとやっぱりトラックは活かせないですから」
「いつも他の町についたら入り口に置いて宅配していますもんね」
サリアの言葉に頷くとソリッドさんは顎に手を当てて町をじっと見つめていた。
なにか思うところがあるのだろうか?
そんな感じでしばし無言のまま進むと、やがて城へ。
全員が降りたのを確認したところで、俺とサリアは再びトラックへ乗り込もうとしたところで、
「む、寄っていかんか? まだ時間はあるだろう」
「あー、トライドさん達も送って行かないといけませんしね。今から帰ったら夜ですけど、翌日送らないといけませんし」
サーディス領からロティリア領は半日かかるし、早い方がいいだろう。
ソリッド様は残念そうに肩を竦めるが、すぐに笑顔になり握手を求めてきた。
「では、話し合いは次だな。いつ来ても過ごせる準備はしておくから、尋ねて来てくれ。城の者には伝えておく」
「ありがとうございます。必ず声をかけさせていただきます」
「ヒサトラさん、楽しかったよ! 魔物がびびって近づいてこないのは面白かった」
「つーか速すぎるな! 陛下の移動は全部これにしてくれ。そして載せてくれ」
降りた騎士達も笑いかけてくれながらそんなことを言う。
受け入れてくれるのはありがたいことだと俺はトラックを町の外へと移動。再びトライドさん達の下へと戻るのだった。
「いい人達ですね」
「だな。王都に移り住んでも、楽しくやれるといいな」
◆ ◇ ◆
「……行ってしまいましたね陛下」
「むう、もう少しゆっくりしていけばいいのだがな。近くでじっくり見たかった」
「後ろの荷台部分は快適でしたよ。少し揺れますけど、結婚式の時のように椅子を固定しておけば景色も眺めつつ旅ができるかと」
「まあ、荷物運びが主だからそこはヒサトラ君に任せよう。しかしどうやっても稼げる金の卵だな……」
騎士が冷静に判断してソリッドへトラックの使い道について進言すると、彼は肩を竦めながら口元に笑みを浮かべた。
「彼のためにも治療薬を探しましょう陛下。恩を売っておいて損はない相手かと」
「当然だ! それに、彼自身も面白そうな男だしな。よし、トラックを置ける土地と店を用意するぞ、広ければ広い方がいい。大通り寄り……いや、町の入り口がいいのか……?」
「仕事が多そうだし、やはり入り口付近でしょう。一つ専用の土地があっても――」
城へ入りながら王と騎士達はああでもないと意見を出し合う。
これから忙しくなるぞ、とソリッドは肩を回しながらほくそ笑むのだった。
「トライドさん、戻りましたよ!」
ジャンさんの屋敷にトラックを入れると、音を聞きつけたトライドさん一家が出て来た。車上から声をかけると、驚いた顔で駆け寄ってくる。
「も、もう戻ったのか……!? 明日になると思ったのだがな」
「サリアと俺だけなんで飛ばして来ましたよ。途中で後から王都へ戻る騎士さん達が野宿に入っているのとすれ違いましたよ」
「速いわねえ。兄さんはご満悦だったんじゃない?」
「ええ、飛ばしすぎて途中びっくりしてましたけどね」
「まだ私はトラックの真の力を見ていないということか……!」
トライドさんはそんなに飛ばせるのかと感心する。でもそんなにかっこよく言うことでもない。
それにロティリア領までの道のりは森が多いからあんまりスピードを出せないからな。真価を発揮する場面ではなかったし、そんなものだろう。
「でもこの時間だし、ゆっくり休んでから帰りますかね」
「そうだなあ」
「いや、このまま帰るわよ。寝台で揺られながら寝る……!」
いい時間なので朝イチに帰るかと思ったが、エレノーラさんはこれで寝ながら帰りたいらしい。すると困った顔で笑いながらトライドさんも了承し、荷物をコンテナに乗せて助手席側から乗り込む。
今回はアグリアスを置いて。
「お父様、お母様、また里帰りした時にお話ししましょう」
「うむ。達者でなアグリアス。べリアス、娘を頼むぞ」
「はい、必ず幸せにしてみせます」
式でも誓っていたと思うが、娘のアグリアスを置いて帰るのでトライドさんも真剣だ。それにべリアスさんも応えると二人は笑い、頭を下げた。
「出してくれ」
「はい。ジャンさん、お世話になりました。王都に行く前に一旦荷物運びは終了することを通達してから王都へ向かいます」
「よろしく頼むよ。残念だが、テストケースとしては十分だったしな。今後は王都で依頼をお願いすることになるだろう」
「あんちゃん、元気でな! 冒険者になったら会いに行くよ!」
「ありがとうございますジャンさん。ボルボ、頑張れよ。待ってるからな」
俺がサムズアップすると、ボルボも返して笑う。
「ありがとうヒサトラさん! あなたのおかげで無事に結婚できましたわ」
「お幸せに、アグリアス」
「サリアも今までありがとう」
「お綺麗でしたよお嬢様! お仕えしたことを誇りに思います」
奇妙な縁だったが、偶然とはいえあの時、ふたりを救出できたのは良かったといえる。きっと忙しくなるからしばらく会うことはないだろうが……またいつかということで俺とサリアは手を振り、笑顔で別れることができた。
そして静かな道にヘッドライトが流れていく。
エレノーラさんはすでに寝息を立て、サリアも船を漕いでいる。
「サリア、まだ到着するまで時間がかかるから上で寝てろ」
「でも……ヒサトラさんが起きているのに……」
「いいから」
俺が言うと困った笑顔でわかりましたと移動を始め、上の段で横になってくれた。
サリアはずっと働いてくれているからな。
結婚式もアグリアスがついていて欲しいと言っていたので、付きっ切りだったし疲れているはずだ。
コンテナも俺だけで掃除で良かったんだが、絶対俺より早く起きているんだよな……。
素直に寝てくれて助かったな。
「……ふう」
「お疲れ様ですトライドさん。行っちゃいましたねえ」
トライドさんがネクタイを緩めながら息を吐く。国王様の妹が結婚相手とはいえ、やはり緊張はするだろう。ようやく一息付けたのはそれだけじゃなく、娘を送り出したのも含まれているのかもしれねえな。
「うむ。まあ、娘というのはそういうものだ、君にも娘ができたらわかる」
「こういう場合ってトライドさんの家はどうなるんですか? 婿を取るもんだと思ってましたけど」
実際、兄弟の次男とかを婿に迎えて家を継ぐ、というのが基本になるはずなんだよな。
そうじゃないと跡取りが居ない家は潰れちまう。もし、アグリアスに弟が居れば問題なしだが、今回は一人娘が行ってしまったからな。
「まあ、私達もまだ若いから新しい子を産むこともできるし、男の子が産まれたらこっちを継ぐことで同意しているよ。ジャンのところはボルボも居るしな」
できれば男の子が欲しいということで、また子作りに励むのだとか。アグリアスが居なくなったから遠慮も要らないとは羨ましい限り。エレノーラさん、美人だしな……性格はアレだが。
「私たちのことはいいさ。また会いに来てくれればな。それより陛下とはどうだった?」
「良い返事がもらえましたよ。準備が出来たら王都へ引っ越し……トライドさん、ここまで本当にありがとうございました。もしトライドさんじゃなかったらここまできちんとした生活は無理だったと思います」
「ふふ、アグリアスを救ってくれた礼としては小さいと思っているけどな。いや、しんみりしてしまった、いかんな歳をとると」
「はは、今、若いって言ってたじゃないですか」
俺がそうやって冷やかすと、口元に笑みを浮かべつつも目には涙があった。
やっぱり寂しいんだろうな、と、後ろのエレノーラさんを見ると彼女も寝ながら涙ぐんでいた。
休みはしっかり取って遊びに帰るのもいいかもしれない。なんて考えつつ、無言でロティリア領までトラックを走らせる。
――そして、配達や移送についての説明を行い、今後は王都で受け付けることを伝える。みんなには残念がられながらも応援すると励ましてくれた。
トライドさんは販路を増やせないか、なども考えているそうで感謝しかない。
全ての片づけが終わった俺達は、いよいよ王都へと引っ越すことになる――