大学3年生、秋目前、私は恋をしている。

バイト中なのに、告白をしたわけでもなく私の恋は無惨に散った。

1番最後に打ち上がる花火のような大きな音が心の中で鳴り響いた。

なるべく何も考えないようにしながら、噛み締める力を強め、目の前の商品をレジに通す。

最後、彼に言えば良かった、困らせるようなことを言えばよかった。私がそんなことを言える性格じゃないことは分かってる。

でも言えたらよかった。



相手は今年から同じゼミになったK君。

彼と話すキッカケになったのは7月、ゼミ活動で[大学近辺で新しい発見をしてプレゼンする」というペアワークでペアを組んだ時だった。

今まで2人で話したことがなく、互いに無言の時間が流れる。

それでも外に出ないと始まらないと言うことで大学から出て少し歩く。

「もう大学に3年も通ってるのに今更新しい発見って何気にむずいよな」

「うん、普通にカフェとか紹介しても面白くないもんね」

そう言ってまた足だけが目的もなく前へ進む。

ほぼこの日まで互いに面識がなかったため、その場には私たちの声よりミンミンと鳴き続ける蝉の音が広がっていた。

大学周りのカフェは全制覇したから、カフェ紹介なら誰にも負けなかったのに、と思いながらも新しいものを見つけるべく彼の歩くペースに合わせながら色々な建物に目をやる。

しかし、目新しいものは無くズラッと住宅が並んでいるだけである。

私はあまり異性と2人でどこかへ行った経験がない。

高校は女子校で大学生になって1人だけ彼氏ができたけど、その1人だけ。

だからこの場をどうすればいいものかわからない。

そんなことを言っても私はもう今年で21歳、コミュニケーション能力は最低限必須である。よし、頑張れ私。

「今日暑すぎない?夏だし仕方ないけど35℃あるらしいよ」

私がこの沈黙を打破するため、セミに負けじと話をふる。

「ホント暑いよな。40℃までいったら、俺この国を出ていく」

センターに分けた髪の間をつたう汗を手で拭い、笑いながら彼は言う。

「え、どこの国行くの?」

「南極とかかな」

「前世クマの人?」

「それは北極ね」

あー大ミスをしでかしてしまった!と思ったが、この日初めての笑顔を彼が見せてくれたので、まあいいっかと思えて私も表情が柔らかくなった。

この瞬間、私たちの笑い声は蝉の鳴き声といい具合に混ざり合って夏を演出していた。

すると、彼が突然走り出し何かを見つけたかのように指を指してきた。

「これ面白くない?」

「え〜〜なに?」
と言いながら彼の元へ駆け寄る。

そこには普通の郵便ポストが1つあった。

「ただのポストじゃん」

さてはコイツやる気ねえな、早く帰りたいがためにそこらのポストで済まそうとしてるな?

「普通ポストって手紙入れるところが道路に面してるじゃん?これ見てよ、道路に背を向けてる、要するに反対向き」

「言われてみれば確かにそうだけど……」

「めっちゃ珍しいって!!」

普段よく見かけるポストとは少し違い珍しくはあるが、それをどうプレゼンするんだと困った顔でいる私に対し、彼は自身あり気な表情を浮かべている。

「これ1本で押し切ろうぜ」

「マジ?」

「大マジ。逆にこれだけで挑んだ方が面白い気がする」

そう言い彼はスマホを取り出しパシャパシャと撮り始め、「よし」と歩き出した。

「えーー」という私の声は届いていない。

彼は「良いの発見したな」と呟きながら、ニコニコで歩いていく。

最初はサボりたいためにポストで済まそうとしているかと思ったが、彼の満足気な表情を見てると本当にこれでイケると思ってそうだなと感じてきた。

私はこの郵便ポストネタ1本でプレゼンが乗り切れるのか些か不安ではあるものの、彼を見ているとなんだか大丈夫な気もする。不思議なものである。

それから、趣味のことや、バイト、サークルの話をしながら歩いた。お互いにかなり打ち解け、私もいつの間にか肩の力が抜けていた。すると、彼が鼻歌でとっとこハム太郎のテーマ曲を歌ってきた。

いい年した大学生が歌う曲とも思えず、「ふっ」と鼻息強めで笑ってしまった。

「何でハム太郎?」

「俺めっちゃハムスター好きなんよ」

彼は嬉しそうな顔をして私に言ってきた。

「あの短足で健気に走り続ける姿とか可愛くて仕方なくてさ」

彼はそこからしばらくハムスターを語っていた。

自分の好きなものを一生懸命話す姿に、彼を横目で見ながらこの人良い人なんだろうな〜と感じた。

私はあれこれ難しく考えてしまう自分の性格が嫌い。

だから好きなものを好きと言えて語れる彼が羨ましくも思えた。

そんな時ふと過去のエピソードを思い出した。

「私はそんなにハムスターに詳しいわけじゃないけど、中学の音楽の授業でハム太郎のテーマ曲をリコーダーでしたことあるよ」

あまりに昔の話で少し恥ずかしさはあったが彼の話に対抗したくなり、自慢気な顔で彼に言ってみた。

彼は手を叩きながら笑ってくれた。

「まじ?最高じゃん」

そう言って彼はグッドポーズを向けてき、私は満足気に浸った。

黒歴史として永遠私の中に眠っていたハム太郎ネタが供養された瞬間だった。

「大学にきかーん」

彼はマラソンランナーのように両手をあげ大学の門をくぐった。

猛暑の中、かれこれ40分くらいは歩き回り、前髪は汗で濡れ、頬あたりに流れる汗を肩で拭こうとする彼の姿からは達成感が溢れていた。