コーラは容赦なく冷えていた。
口に含むと予想通り、強い炭酸で、一息に飲むのは少し苦しかった。
いつからだろう? 二人でコーラを飲めるようになったのは。炭酸飲料を飲めるようなったのは。
そう遠い昔のことではなかった気もするし、反してごく最近のことのようにも思えた。
洋はすごい勢いでコーラを飲み込んで、当たり前のようにゲップした。そうしてボトルを脇に置いて、僕の方を見た。
「で、失恋て理央の方はなんて?」
「これからも洋の彼女でいるって言われたよ」
僕はブツブツと告げた。
ペットボトルの内側で細かな泡が弾ける。
これは嘘じゃない、本当のことだ。
そっか、と少しホッとしたような、気の抜けた声が聞こえた。
相変わらず星は見えなかった。
「いつから理央のこと、好きだったんだよ」
「あー、お前がかわいい、かわいいって言うから意識するようになって」
「なって?」
「これは恋かなって」
「お前は少女マンガの読みすぎだろう!」
洋が肘で小突いてきた。
それはないよ。一生懸命作ってるんだからさ。僕の妄想力なんてその程度のものなんだ。
でもそれじゃあ本当のところ、いつから、どんな風に好きになったのかはいくら考えてもわからない。わかっているのは、この気持ちが痛いくらい本物だってこと。
はは、と苦笑いして、まだ半分以上残ってるボトルを体の真正面で両手で握りしめた。
「上手く言えないけど、かわいいなって思ってたんだ。そういうのって黙ってても伝わるのかな? 伝わらなくて困る話はよく聞くけど。
要するに今回のケースは、僕が理央を好きだというのがバレてしまって、いろいろギクシャクしてたけど、洋が二人きりにしてくれたお陰でめでたく失恋したってことだよ。
――報告はこれくらいでいい?」
残ってたコーラを持ち上げると、洋は喉を鳴らしてまたそれを飲んだ。まるでヤケ酒だ。
おい、と声をかけようとしたところで「あのさ」と話を切り出される。
「あのさ、理央が中学の時、バスケ部だったって知ってる?」
「······片品から」
「ああそうか、片品さんからか」
炭酸がキツかったせいかもしれない。
胸の奥が圧迫されて苦しい。きゅうっとなるのは洋を欺いているからじゃない。
洋は見えない星々を見上げていた。彼にだけ見える星がもしかしたらあるのかもしれない。
本当は僕にもその星が見えるはずなのに。
「お前! なに泣いてんの!?」
「······失恋したからじゃないかな」
「泣くか、マジで? お前の泣くの見たの、小学校以来だわ」
「いつ泣いた?」
「えー、ああ、あれじゃね? バスケの試合でスリーポイント外した時······って、小学生でスリーポイント、無理だろ」
うるせぇな、と言いながら服の袖で涙を拭った。
なんとも言えない涙だった。
それは本当に失恋の涙だったのか不明だった。
でも心が引き裂かれたような痛みが僕を襲った。
スリーポイントの入れられない僕、それはまったく普通の、ありふれた人間でしかなくて、誰からも特に評価されない存在でしかなかった。
僕は誰かの『誰か』になりたかったのかもしれない。
でも皆、同じじゃないだろうか?
誰かの『誰か』になりたくて、自ら縛られにいく。緩い縛りが欲しいのかもしれない。
無重力空間では、僕らは縛られないと無限遠まで流されてしまうから。
「まぁ、泣くなよ。お前がそんな風に思ってるなんて知らなかったよ。俺はなにも知らなかったふりしてるからさ、泣くな。いや、泣け。泣けば悲しくなくなる」
泣きながら僕は笑った。
洋は僕たちの間にあった紆余曲折を知らない。
でもそれでいい。洋が笑ってくれてれば、僕も、そして多分、理央も笑っていられる。
でなければ、僕たちが二人の間に作った高い壁の意味がなくなってしまう。
越えようにも、爪さえ立たない高い壁。
それが理央と僕の結論だ。
思えば初めての失恋だった。
洋みたいに明るくてモテたりしないから告られたこともないし、自分から告る勇気もなかった。
今までは失恋しても心の中で勝手にしょんぼりしてるだけだったから、悲しみはすぐに拡散されていった。
相手から拒絶されるのは、本当の痛みが伴うんだなぁと、コーラを一口飲んだ。
じわーっと寒さが身に染みて、長居するのは勘弁だなと思い始める。
ずっと思いつく限り、慰め続けられるのも性に合わないし、それより僕は見飽きた天井の下で、明かりを消して、僕の見えない星を見つめていたかった。
僕の心の中にだけ住んでいたかわいい小動物のような理央。僕だけがかわいいって思うわけじゃないんだよなぁ。
そして、恋は早い者勝ちだということを、学んだ。
口に含むと予想通り、強い炭酸で、一息に飲むのは少し苦しかった。
いつからだろう? 二人でコーラを飲めるようになったのは。炭酸飲料を飲めるようなったのは。
そう遠い昔のことではなかった気もするし、反してごく最近のことのようにも思えた。
洋はすごい勢いでコーラを飲み込んで、当たり前のようにゲップした。そうしてボトルを脇に置いて、僕の方を見た。
「で、失恋て理央の方はなんて?」
「これからも洋の彼女でいるって言われたよ」
僕はブツブツと告げた。
ペットボトルの内側で細かな泡が弾ける。
これは嘘じゃない、本当のことだ。
そっか、と少しホッとしたような、気の抜けた声が聞こえた。
相変わらず星は見えなかった。
「いつから理央のこと、好きだったんだよ」
「あー、お前がかわいい、かわいいって言うから意識するようになって」
「なって?」
「これは恋かなって」
「お前は少女マンガの読みすぎだろう!」
洋が肘で小突いてきた。
それはないよ。一生懸命作ってるんだからさ。僕の妄想力なんてその程度のものなんだ。
でもそれじゃあ本当のところ、いつから、どんな風に好きになったのかはいくら考えてもわからない。わかっているのは、この気持ちが痛いくらい本物だってこと。
はは、と苦笑いして、まだ半分以上残ってるボトルを体の真正面で両手で握りしめた。
「上手く言えないけど、かわいいなって思ってたんだ。そういうのって黙ってても伝わるのかな? 伝わらなくて困る話はよく聞くけど。
要するに今回のケースは、僕が理央を好きだというのがバレてしまって、いろいろギクシャクしてたけど、洋が二人きりにしてくれたお陰でめでたく失恋したってことだよ。
――報告はこれくらいでいい?」
残ってたコーラを持ち上げると、洋は喉を鳴らしてまたそれを飲んだ。まるでヤケ酒だ。
おい、と声をかけようとしたところで「あのさ」と話を切り出される。
「あのさ、理央が中学の時、バスケ部だったって知ってる?」
「······片品から」
「ああそうか、片品さんからか」
炭酸がキツかったせいかもしれない。
胸の奥が圧迫されて苦しい。きゅうっとなるのは洋を欺いているからじゃない。
洋は見えない星々を見上げていた。彼にだけ見える星がもしかしたらあるのかもしれない。
本当は僕にもその星が見えるはずなのに。
「お前! なに泣いてんの!?」
「······失恋したからじゃないかな」
「泣くか、マジで? お前の泣くの見たの、小学校以来だわ」
「いつ泣いた?」
「えー、ああ、あれじゃね? バスケの試合でスリーポイント外した時······って、小学生でスリーポイント、無理だろ」
うるせぇな、と言いながら服の袖で涙を拭った。
なんとも言えない涙だった。
それは本当に失恋の涙だったのか不明だった。
でも心が引き裂かれたような痛みが僕を襲った。
スリーポイントの入れられない僕、それはまったく普通の、ありふれた人間でしかなくて、誰からも特に評価されない存在でしかなかった。
僕は誰かの『誰か』になりたかったのかもしれない。
でも皆、同じじゃないだろうか?
誰かの『誰か』になりたくて、自ら縛られにいく。緩い縛りが欲しいのかもしれない。
無重力空間では、僕らは縛られないと無限遠まで流されてしまうから。
「まぁ、泣くなよ。お前がそんな風に思ってるなんて知らなかったよ。俺はなにも知らなかったふりしてるからさ、泣くな。いや、泣け。泣けば悲しくなくなる」
泣きながら僕は笑った。
洋は僕たちの間にあった紆余曲折を知らない。
でもそれでいい。洋が笑ってくれてれば、僕も、そして多分、理央も笑っていられる。
でなければ、僕たちが二人の間に作った高い壁の意味がなくなってしまう。
越えようにも、爪さえ立たない高い壁。
それが理央と僕の結論だ。
思えば初めての失恋だった。
洋みたいに明るくてモテたりしないから告られたこともないし、自分から告る勇気もなかった。
今までは失恋しても心の中で勝手にしょんぼりしてるだけだったから、悲しみはすぐに拡散されていった。
相手から拒絶されるのは、本当の痛みが伴うんだなぁと、コーラを一口飲んだ。
じわーっと寒さが身に染みて、長居するのは勘弁だなと思い始める。
ずっと思いつく限り、慰め続けられるのも性に合わないし、それより僕は見飽きた天井の下で、明かりを消して、僕の見えない星を見つめていたかった。
僕の心の中にだけ住んでいたかわいい小動物のような理央。僕だけがかわいいって思うわけじゃないんだよなぁ。
そして、恋は早い者勝ちだということを、学んだ。