周囲の人間が全て敵に見えるようになったのは間違いなくこの日からだった。
 中三の七月。肌を焦がすような日光に陽炎が立ち昇る。
 晴れ渡るような雲一つない青空は見るものの心を晴れやかにさせる。そんな日。
 俺の体からは汗が止まらず、じっとりとした感覚に一刻も早くシャワーを浴びたくて堪らなかった。
 だが、その時流れていた汗は記録的猛暑の外気に由来するものではなく、むしろ別種の冷たい汗だった。

「お前なんかが星恩受けるの? 恥ずかしくないわけ?」

 放課後の教室で、俺、葛谷啓太(くずやけいた)が座る席の目の前に立つ少年が『進路希望調査』と書かれた紙を見ながら、そう言った。

「なぁ、何とか言えよ。お前っていつもそうだよな。教室の隅の方で、こそこそしててさ。陰キャは陰キャらしくもっと底辺の高校が似合ってるよ」

 教室内はクラスメイトが点在し雑談している、至ってよくある放課後だった。
 ほんのさっきまでは。
 突然始まった公開処刑。普段交わることのない二人が何やら不穏な雰囲気ともなれば、教室内は、今、口を開いてはならないという暗黙の了解が、皆の共通認識となった。

 何せ、俺の目の前で人を心底見下したような目で見下ろすこの少年は学年の人気者。相手の言葉を借りるのであれば生粋の陽キャラというやつで。
 片や俺はクラスの隅でなるべく目立たぬように、数人の仲間達とゲーム談議に華を咲かせるような日陰者。
 その二人の相性なんて火を見るより明らかで、嫌でも周囲からの注目を集め、かつ、誰も口を挟めない地獄の雰囲気が完成していた。

 俯いたまま口を開かない俺に苛立ちを覚えたのだろう。
 ちっ、と舌打ちし思いついたように少年が手に持っていた紙を宙に掲げる。

「皆。こいつ星恩に行きたいらしいんだけど相応しくないよな。なぁ? 相応しいと思うやつは手挙げて?」

 あぁ、これはやばい。
 体中から嫌な汗が噴き出すのを感じる。
 藁にもすがる思いで、いつも行動を共にしている友達へと目を向ける。
 だが、「友達」からの視線は、いつまで経っても返って来ることはなかった。
 教室の中に手を挙げているものは誰一人いない。
 その事実を認識した瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。