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死者の顔は顔面蒼白。
魂が抜けたようになっている。幽霊だけれど。
どうやら彼は自分が事故死したことも、既に五年も経っていることすら知らなかったらしい。

彼は交通事故に遭いその場で地縛霊となった。
地縛霊というのはその土地に縛られる。
本来その場所から動けないはずが、おそらく私に憑いてしまった事で動けたのだろう。
だから彼は今、私に憑いている幽霊。
それをあえて指摘するのは危険に思えて黙っていることにした。

「マジかよ。
俺、死んだのか」

長い沈黙の後、ようやく彼が呟いた。
スマートフォンを弄ることは不思議なことに出来るようで、検索しては自分の死亡記事やファンの反応を見て現実がわかったようだった。
彼がスマートフォンから顔を上げ私を見る。

「君、高校生?」
「高一です」
「俺高二。
いや、もう五年前の話か。
高一なら五年前のドラマなんて知らないよなぁ、それが俺のメインキャスト初出演のドラマだったし」
「すみません、同じ業界にいながら存じ上げず」

彼が目を丸くして、私を上から下にじろじろと見た。

「へー、芸能界にいるのか。
美人だもんな!背も高いし。
モデル?」
「はい。将来の夢は女優ですけど」

この夢を話したのは家族と親友、社長以外初めてだ。
同業者なんてもってのほか。
理由は下手をすると足の引っ張り合いに利用されてしまうから。
なのに不思議と話してしまった。
相手が幽霊というのもあるのだろう。
彼は笑みを浮かべ、

「俺も実は元々モデルだったんだ。
夢は俳優だったから、モデルをする傍ら演劇の練習したりしてた。
時々名前も無いちょい役とかで出させてもらってたけど全然芽が出なかったな。
だけどたまたま見学に来てた監督さんに声かけて貰って、あのドラマにたどり着く仕事を得たんだ。
何がチャンスに繋がるかわかんないもんだよ。
だから頑張りな、俺は死んじゃったけど」

ははっ、と彼は明るく笑ってそして俯く。

「約束、果たせなかったな。
あいつ、どうしてるんだろ」

彼のその切なそうな声に興味を持ってしまった。
約束というから仕事なのかと思えば、あいつという言葉からこれはきっと恋の話だ。

「約束ですか?」

彼が寂しげに笑う。

「千世っていう中学からの友達にさ、ドラマの放送最終回一緒に見てから告白するつもりだったんだ。
それも結婚前提で付き合って欲しいって。
この仕事貰ったとき思わせぶりに、話したい大切なことがあるから待っててくれ、何て言ったけど、五年も過ぎてるんじゃ・・・・・・」

そうか。
彼がこの世に未練を残しているのは芸能界ではない、彼女への思いなんだ。
五年。
年齢を考えれば女性に彼氏がいたっておかしくないし、早ければ結婚している可能性だってある。

「しかし俺、どうすればあの世に行けるんだろ。
五年あそこにいて誰も気付かれなかったし、そもそも五年経った実感無いし」

成仏する方法、それはこの世の未練を断ち切るしかない。
それは彼女に告白することなのか、どうなのか。
だけれどまずは、その好きな人に会わなければおそらく無理だろう。

「君、名前なんて言うの?」

ふいに彼が無邪気な笑顔で問いかけてきた。
だいたいこの続きは想像がつく。
同じ業界で夢を成し遂げたのに反面、成仏出来ないほどの本当の夢を成し遂げられなかった彼を思うと、私は想像できる続きをきっと受け入れてしまうだろう。

「柏木 知世です」
「ともよ?漢字は?」
「知識の知に世代の世です」
「すげぇ、千世も数字の千に同じ世だよ。
なぁ、頼む!
千世がどうしてるか知りたいんだ。
俺を千世に会わせてくれ」

ほらね、予想通り。
そう言われてしまえば逃れられない。
私はすがりつくような綺麗な顔の幽霊に、ため息をつきつつ期間限定なら約束しますよ、と答えると彼は破顔してあぁ約束だと私に右手を差し出した。

「じゃぁ改めて。
初めまして、鹿島 渉です」
「初めまして、柏木 知世です」

初めて握った幽霊である彼の手は私の手より大きいのに、何の体温も感じなかった。