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「へー、初の正式なドラマ出演か。おめでと」
「なんか軽いな」
ガーッという機械音に消されそうなほど颯真は軽く言ったので私はムッとした。
ここは学校の図書室の中にある別室。
小さい部屋で生徒が使用できるコピー機が二台あり、ドアは当然開いている。
今日は久しぶりに学校に来た颯真にノートを貸して、颯真は片っ端からコピーをとっていた。
時々遠くから颯真を見たさに普通クラスの女子達が覗き込む。
その度に颯真は営業用の硬派なスマイルだけ浮かべれば、女子達はキャーと声を上げて喜んで去って行く。
学校で芸能クラスの生徒にサインを貰ったり何かを渡したりするのは校則で禁止されているのでそういうことは言ってこない。
そもそも普通クラスと芸能クラスは制服のネクタイが違うのでどちらの生徒か一発でバレる。
普通クラスの子が芸能クラスの子を困らせていたとなれば、すぐさま教師から生徒指導室に呼ばれ成績にまで響くため基本生徒達はやらないのだ。
何も問題の起きないような学校に思えるけれど、裏で悪口を言われたり、嫌がらせが無いと言えば嘘だ。
そうやって私も颯真のことで標的になった事があるし、颯真が有名になってきたとはいえ今まで親しくしていた私がこれで変に離れると恐らく颯真は悲しむだろう。
颯真もあの事件に責任を感じかなり気にしているが、そもそも悪いのは彼女であって颯真では無い。
それを口だけではなく態度で示すためにも、私は今までと変わらず颯真と過ごすことに決めていた。
やっとコピーを終え、自分たちのクラスに戻る。
放課後もあってクラスに戻ると誰もいなかった。
「今、あの人いるの?」
周囲を確認して颯真が言い出した。
「鹿島さん?
多分学校うろついてるんじゃないかな。
鹿島さんもここの学校だったんだよ、それも二年生」
「今は側にいない訳ね」
ふー、と息を吐き、自分の椅子に座った颯真は机の上の大量にあるノートのコピーを科目別にまとめ出した。
私も近くの席に座ってその様子を眺める。
「あの恐ろしく美形の幽霊、なんでお前の側にいるわけ?」
理由を話せ、という圧力に負け、私は彼が出逢ってからの話を一部抜いて話すことにした。
流石に千世さんの名前は出せないし、好きな人がいて心残り、みたいなふんわりさで芸能人であることなど話を進めるのはかなり骨が折れた。
颯真はじっと聞きつつ、時折眉を寄せて最後まで口を挟むことはしなかった。
聞き終わり、颯真は少し黙った後、
「トモって幽霊とか見えてたのか」
「うん、まぁ」
「知らなかった。
なんで言わなかったんだよ」
「言ったって誰が信じるの。
颯真だってあの事件があって鹿島さんが見えたから信じてるんでしょ」
「まだ正直信じ切れてないけどな。
いや、トモが嘘をついているとは思わないけどさ」
「そういうもんだよ。
見えなかったら余計に信じるわけが無い。
それに見えるってのはあまりいいもんじゃ無いんだ。
鹿島さんは元々凄くいい人だったから、一緒にいるのも上手くいってるし先日も必死に助けてくれたし。
本来は関わるべきものじゃない。
だって、死者と生者、なんだから」
ほとんどが自分に言い聞かせているのはわかってる。
どんなに好きになっても叶わない恋。
禁断どころじゃ無い、どうあがいてもこんなのはありえない世界なのだ。
「お前、もしかしてあの男のこと、好きとかない、よな?」
ゆっくりとしたその言葉を聞き、跳ねるように顔を上げる。
颯真の目は逃げることを許さないように私を見ていた。
そんな目が怖くて視線を逸らす。
「そんな訳無いよな。
あの人はこの世に未練を残すほど好きな人がいて、お前は後輩だから優しくされてるんだし。
そもそも、死んでる相手に好きとかありえねぇってわかってるんだろうけど」
颯真の容赦ない言葉は私の心をえぐる。
多分気付かれている、私が鹿島さんを好きなことを。
だから忠告してるんだ。
でも。
「恋は落ちるものだってのを漫画かドラマで知った気がするけど、初めて実体験したよ。
きっと相手がどういう立場であろうと、恋をしてしまうとそういうハードルなんて無関係なんだろうね」
「おい」
「でもね、恋することは誰でも自由だと思うんだ。
あの人には大切な人がいて、私はそれを知ってる。
だからこの気持ちをぶつけることで相手を困らせたくない、それはわかっているから」
やっと鹿島さんは気持ちに折り合いがついてきたのだろう。
それを私が余計なことを言うことで消えることを遅らせたくは無い。
むしろ遅れるのなら私のことを気にしてくれていた証しだ、なんて思う自分もいるけれど。
颯真は大きなため息を吐いて頭をガシガシとかいた。
「いいんじゃね?」
「え?」
「どうせあの人は消える人なんだ。
それまでの間、トモが好きに思っていることくらいバチ当たらないだろ。
消えて時間も経てば忘れるさ」
消えて時間も経てば忘れる。
そうなのだろうか。
私にはそんなこと、想像できない。
ふと思い出したことを颯真に話す。
「話が変わるけど今度の役が遊園地で撮影なのよ。
で、鹿島さんが相手役しながら演技指導してくれるっていうんで、初お一人遊園地に行ってくる」
「は?!お前、何言ってるかわかってんの?!」
「そりゃ最初は一人でってのは嫌だったよ?
でもデート経験も無いし遊園地も小さい頃行ったきりだから、恥を捨てて予行で練習しておけって」
颯真は呆然と見ていた後、顔に手を当て項垂れた。
「いいよ。わかったよ。
どうせ期間限定だ」
「ん?」
「いつか、俺が遊園地連れってやるから!」
「いやー、人気アイドルと遊園地は無理でしょ」
私が苦笑いでそう言えば、颯真は顔を両手で覆ったまま、幽霊に先を越されたと意味不明な言葉を呟いて机に突っ伏した。